第7話 年下の少女:アープリア
「……ビジイクレイトお兄様」
ウソだ。
何が、といえば、先日図書室で倒れていた少女と、もう会わないと記したことだ。
後日、ビジイクレイトたちが勉強のために神殿へ向かったところ、神殿の入り口に侍女たちを連れて、倒れていた少女が待っていたのである。
「アープリア様が、お会いになりたいと」
「アープリアと申します。昨日は、助けていただいてありがとうございます」
侍女に促されて、図書室で倒れていた少女、アープリアは、ビジイクレイトにお礼を言う。
「あの……お兄様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
そして、お礼と同時にとんでもない要求をしてきたアープリアは、そのまま、ビジイクレイトと一緒に神殿の図書室で勉強するようになったのだった。
そんなことがあって、一ヶ月。
いつものように神殿の図書室で勉強しているビジイクレイトの膝のうえに、アープリアが乗ってくる。
「ビジイクレイトお兄様。ビジイクレイトお兄様」
勉強を始めた時は一緒に黙って本を読んでいたのだが、一時間もすれば飽きてしまい、ただビジイクレイトの名前を呼ぶ、まるで主の仕事の邪魔をする愛玩動物のようになるのがいつものアープリアである。
一ヶ月前くらいは、アープリアの侍女たちが彼女を諫めていたのだが、言っても言ってもアープリアがビジイクレイトにくっついてくるので、今ではもう誰も注意しなくなってしまった。
(……まだ4歳だもんな)
親元を離れるには早すぎる時期だ。
(少しでも心を安らげるのなら、これくらいは別にいいか)
そう思い、正直なところ勉強の邪魔になっているアープリアの行動を、ビジイクレイトも許容して対応するようにしている。
簡単に言えば、アープリアの遊び相手になっている。
もっとも、本が読み終わったあとの話だが。
今日確認しようと思っていた内容を終えて、本を閉じ、ビジイクレイトはアープリアと目を合わせる。
「お外で少しお散歩しましょうか」
「はい!」
満面の笑みで答えるアープリアは、嬉しそうにビジイクレイトに抱きついたままぴょんぴょんと跳ねる。
(……うーん。犬っぽい!)
そんなことを思いながら、ビジイクレイトはアープリアの頭を撫でてあげるのだった。
「そういえば、ビジイクレイトお兄様。今日は、お兄様のお父様のお誕生日というお話を伺ったのですが」
アープリアと神殿の周りの森の散歩を終えて、お昼ご飯を一緒に食べていると、そんなことを聞いてきた。
「ええ、今年は家族だけでささやかに祝うつもりです」
例年は、豪華なパーティが催されていたそうだが、ビジイクレイトの母親が亡くなったため、規模を縮小したそうだ。
「……私からも贈り物がございますが、キーフェ・アイギンマンへお渡しいただいてもよろしいでしょうか?」
キーフェは領主への敬称である。
侍女の一人が、木箱を持って立っていた。
4歳にしては立派すぎる心遣いだ。
おそらくは、侍女からビジイクレイトにそう伝えるようにお願いされていたのだろうが。
「かしこまりました。父にお渡ししておきましょう」
ロウトが侍女から木箱を受け取り、中を確認していく。
「……えーっと、なんだっけ」
まだ、何か侍女からお願いごとをされているのだろう。
ぽつぽつとつぶやいて、何かを思い出すようにアープリアは目線を上げている。
そして、思い出したように、両手を合わせた。
「今日は、ご家族がいらっしゃるのですよね?ビジイクレイト様以外には、どなたが参加されるのですか?」
(……情報収集か)
アープリアが、元々どの程度の地位を持つ貴族の娘だったのかわからないが、侍女たちは土地を治めるアイギンマンの家の情報を喉から手が出るくらいほしいのだろう。
親から離された、主のために。
もしくは、自分のために。
といっても、ビジイクレイトも大した情報を持っているわけではないのだが……ケモノ扱いされている子供なのだから。
「今日の夕食会には、父と私と……私の姉が参加するそうです」
「お兄様のお姉様……」
「挨拶はしておりますが、一度お会いしただけなので、私も詳しくは知らないのです」
今のはアープリアに対してではなく、後ろに控える侍女たちに向かって言ったものだ。
おそらく、ではあるが、ビジイクレイトよりも彼女たちの方が姉について情報を持っているのではないだろうか。
(少し聞いた話では、かなり有名人っぽいし)
とはいっても、アイギンマンの家の人物である。
そして、ビジイクレイトにとって、アイギンマンの家の者の中に、信頼できる人物は今のところいない。
『ケモノ』と呼ばれるからだ。
「ビジイクレイト様。アープリア様よりキーフェ・アイギンマンへ、フォウチュ産の果実酒をいただきました」
ロウトが小声でアープリアからの贈り物を報告してくれる。
贈り物をする際、本来はアープリアから話を切りだして話題にするのが作法なのだが、4歳の子供に期待するには難しいだろう。
「もう、すっかり春ですね。雪も溶けてしまいました。私はアイギンマン領で生まれ育ったので、詳しくはないのですが、北の方ではまだ残っているのでしょうか」
フォウチュは、シピエイルの北に位置する農業が盛んな土地だ。
ゆえに、雪から話題を誘導したのだが。
「そうなのですか。私も、ボーフリーデンから出たことがないのです……あ」
アープリアの肩に、侍女が布を被せた。
「……今日は冷えますから」
侍女の顔を見て、アープリアは口を押さえている。
(……ボーフリーデン。シピエイルの中央。王が住む真船の都、か)
なんとなく、アープリアの正体がわかりかけてきたが、本人や侍女は隠すつもりのようだ。
余計な詮索はしないほうがいいだろう。
「確かに、そろそろ日も高い位置をすぎました。私も、午後の授業がありますから」
もちろんウソだ。
授業なんてない。
しかし、これ以上会話を続けてもアープリアは失言を続けるだろうし、そんなことをビジイクレイトが気にかけるのも面倒なことだ。
ビジイクレイトが昼食を終えようとすると、アープリアが不満そうに頬を膨らませている。
「……また、明日会えますから」
「お待ちしています」
そっとハグをすると、アープリアの頬からふしゅーと空気が抜けていく。
もはや、決まりとなっているお別れのハグをしたあと、ビジイクレイトは屋敷へ戻るのだった。
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