第6話 神殿の図書室
「……それでは、閲覧時間は昼の鐘が鳴るまでですので」
『祈祷』を終えると、神官はあっさりとビジイクレイトの図書室への入室を許可した。
……『祈祷』で出てきた虹色のガラス玉のようなモノは神官にとられたが。
あれが神殿への敬意を示すモノらしい。
「大丈夫ですか?」
ロウトが心配そうに声をかけてきた。
「ん?」
「魔聖力を放出する『祈祷』はとても負担がかかるそうです。大人でも動けなくなることがあると聞いたことがあります」
「いや、特に問題はないな」
言われると、確かに少々疲れている気もするが、大したことではない。
「魔聖力は、『神財』や『魔聖法』を使う時に必要になる力だっけ」
「はい。貴族は武術以外にも、魔聖力の扱いに長けていなくてはいけません」
「じゃあ、今回のことは、良い訓練になったのかもな」
問題はないとビジイクレイトは笑う。
「笑い事ではありません。問題は、あります」
声が聞こえた方をみると、ブラウが険しい顔をしている。
「魔聖力の結晶、魔聖石は、貴重品です。あのように軽々しく……」
「神殿での『祈祷』で出てきたモノだ。権利云々言い出したら面倒でしょ?」
「しかし……」
「それに……あの神官のことで何か言っても、誰も助けてくれないだろうし、ね」
ビジイクレイトの言葉に、反論出来ないのだろう。
ブラウを含め3人ともうつむいてしまう。
父親に派遣されているといっても……いや、父親に派遣されているからこそ、ビジイクレイトに対する扱いを理解しているのだろう。
「さぁ、そんなことより。本当に、屋敷の図書室よりも広いな」
終わったことを気にしても仕方がないので、ビジイクレイトは意識を神殿の図書室に向ける。
レインハルのいうとおり、ここなら読んだことのない本も多そうだ。
「ビジイクレイト様は本がお好きですね」
「まぁ、それなりにな」
一応、前世では小説を書いていたのだ。
本を読むのが嫌いなわけがない。
「勇者様にご指導をおねだりしていたので、お体を動かすのがお好きだと思っていましたが……」
「別に、体を動かすのも嫌いじゃないよ。それに、勇者も本を読んでいたって言っていただろ……ん?」
人の気配はないが、一応小声で会話をしながら図書室を進むと、隅の方に何か白いモノがある。
それが何か瞬時に察したビジイクレイトは、すぐにその場に駆け寄った。
「ビジイクレイト様、いったい……」
ロウトたちも駆け寄ってくる。
「……子供だ」
図書室の隅の方に、白い衣装で身を隠すように丸まっていた少女がいた。
その顔は涙で濡れ、荒い息と体の震えから、明らかに疲労していることがわかった。
「あ……う……おかあさま……おかあさま……」
いや、疲労どころではない。
ぶつぶつと合わない視点で、母親を呼び続けている。
どう見ても、様子がおかしい。
ビジイクレイトはゆっくりと頬に手を当てる。
顔が熱い。
「……っ。近くに誰かいないか? この子の母親は?」
「……探してまいります」
ゲルベがそっと早足で歩いていく。
その動きは素早い。
「こんな小さい子が、一人で……」
見たところ、4歳か3歳といったところだ。
艶のある金の髪の奥にある顔は、とても幼い。
「ビジイクレイト様より、1つか2つ下、くらいですね」
暗にビジイクレイトも似たようなものだと言われた気がした。
「あとは俺より3つ上の者だけか、ここにいるのは」
「ここには子供だけですね」
ロウトが受付に目をやる。
あそこには一応大人がいるが、アレは違う。
おそらく子供よりも役に立たないだろう。
「さて、どうするか……せめて、原因がわかれば……」
少女がなぜこのような状況になっているのか原因がわからなければ、動かしていいのかも判断がつかない。
「ビジイクレイト様……もしかしたら、『祈祷』が原因かもしれません」
ブラウが受付の方を睨んでいる。
「あの神官、魔聖杯を取り出すときに手慣れていました。普通、図書室への入室の際に『祈祷』は必要ありません。私たちが子供だけで入室を求めたので、『祈祷』を求めたのであれば……」
「子供だけで図書室を訪れたこの子にも、同じ事をしていた、か」
魔聖杯への『祈祷』は、大人でも倒れることがあるとロウトが言っていた。
ビジイクレイトにはそこまで負担がなかったのは、単にビジイクレイトの中には高校生のジイクの意識があったからだと思っていたが、それは思い違いの可能性が出てきた。
(……俺が『祈祷』をする前にこの子の魔聖力が魔聖杯にそそぎ込まれていたから……)
結果としてビジイクレイトが少しだけ魔聖力を『祈祷』でそそぎ込んだだけで魔聖石が出来上がった。
「お……かあぁさま……おかあ、さま」
少女は母親の名前を呼び続けている。
涙は止まらずに、頬に当てているビジイクレイトの手に体重をかけていた。
ぬくもりがほしいのだろう。
これだけ、体温が熱いのに。
母親のぬくもりを求めている。
ビジイクレイトは、そっと少女を抱きしめた。
「……大丈夫だから。大丈夫、大丈夫……お母さんには、きっとすぐ会えるから……」
ビジイクレイトが抱きしめると、少女は一瞬動きを止めたが、そのまま彼女の方からもビジイクレイトに抱きついてきた。
「おかあ……さま。おかあさま……」
「うん……大丈夫。大丈夫……」
ぽんぽんと背中を優しく叩いてあげる。
しばらくすると、少女の体から震えが消えて、呼吸も浅くなった。
そして、少女の呼吸が小さな寝息に変わる頃に、ゲルベが少女の保護者と思われる女性たちを連れてきた。
「姫様! ご無事ですか!?」
彼女たちは少女の無事を確認すると、ビジイクレイトたちにお礼を言って去っていく。
「よかったですね。ビジイクレイト様」
「ああ、俺が誘拐したとか疑われなくてよかったよ」
ほっとしているビジイクレイトにロウトは白い目を向ける。
「そんなことを言っているわけじゃないのですが……」
「そんなことを警戒しないといけないだろ? 『ケモノ』って言われているんだから」
ロウトは口をつぐむ。
図書室の受付にいた神官が言った『情なきケモノ』とは、おそらく周辺の貴族が口にしている言葉だ。
葬式で見せた態度と、そして、ビジイクレイトの髪の色。
銀色に、濃い黒に近い藍色の部分が垂れ下がった獣の耳のように見えるのだ。
だから、ビジイクレイトを『ケモノ』と呼ぶことが、悪意ある貴族たちの間で広まっている。
「それにしても、悪いことをしたな」
「……なにがですか?」
ブラウがうつむいたまま聞いてくる。
「母親に会えるって、あの子にウソをついちゃったな。会えるわけがないのに」
少女は白い服を……この神殿の巫女服を着ていた。
つまり、彼女は神殿に追いやられた貴族の娘ということになる。
彼女を迎えに来た女性たちは、身の回りの世話をする侍女なのだろう。
少女の母親は、彼女を捨てたのか、亡くなったのかはわからないが、少女が自分の親に会える立場でなくなったのは、間違いない。
「謝りたいけど……もう会うこともない、か」
ビジイクレイトはロウトたちを連れて、神殿の図書室を離れる。
これからも勉強のために足を運ぶつもりだが、少女は図書室に近づかないだろう。
もう会わない少女に心の中で謝罪して、誰も待っていない屋敷へビジイクレイトは帰宅した。
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