第5話 3人の従者:ロウト ブラウ ゲルべ

「……まぁ、いっか」


 ビジイクレイトが歩き出すと、三人の子供たちが付いてくる。


 父親につけられた従者たちだ。


 実は、現在ビジイクレイトの身の回りの世話をしてくれるのは彼らしかいない。


 ほかの大人の給仕や護衛は、いつの間にかビジイクレイトの周りからいなくなっていたのだ。


 一応、優秀な子供たちなので生活に苦労はないが、子供だけの生活に、不安を覚えることは多々ある。


「今日も授業はないのですか?」


 三人の従者のうちの一人、赤い髪が特徴の少年、ロウトが質問してくる。


「ああ。この館の図書室にある本は読んでしまったし、神殿に行く」


「神殿、ですか」


 青い髪の少女ブラウが軽く息を吐いた。


「何かあるのか?」


「……あそこは、あまりおすすめしません」


 答えたのは、ブラウではなく黄色い髪の少女、ゲルベだった。


「……おすすめしない?」


「神殿は、心ない言葉をかける者も多いですから」


 神殿で働く神官たちは、基本的に貴族だ。


 しかし、通常の貴族とは違い、戦う力を持たない者や、一族に連なるにはふさわしくないと判断された者たちが追いやられる場所でもある。


 陰口は貴族でも多いが、直接罵倒してくるような品のない者はほとんどいない。


 しかし、神殿にいる神官たちは、そうとは限らないようだ。


「ふむ……まぁ、行ってみないと分からない。何事も経験だ」


 しばらく歩き、門番に神殿へ向かう許可を得て、ビジイクレイトははじめて神殿へとたどり着いた。


 ……ウソである。


 二回目だ。


 一回目は、神殿だと思わなかっただけだ。


「……うん。確かに、神殿だと言われると、それっぽい建物だ」


 至る所に神様だと思われる彫像や絵が飾られており、どこを見ても綺麗に整えられている。


「さてと、図書室は……」


「こちらでございます」


 ロウトが道案内をしてくれる。


 彼らは神殿について詳しいようだ


「そういえば、図書室の利用許可は必要ないのか? 神殿長に挨拶は……」


「神殿長は、お忙しい方ですので、ご挨拶は難しいかと存じます。神殿を守るアイギンマンの子息であるビジイクレイト様が図書室を利用するのに何の問題もございません」


 ロウトの答えに耳を傾けながら歩いていると、受付のカウンターがある部屋が見えてきた。


 あそこが、図書室なのだろう。


 ロウトが受付をしている神官に話しかけると、険しい顔をして戻ってくる。


「……どうした」


「いえ……ビジイクレイト様のお耳に入れるようなお話では……」


「申し訳ございませんねぇ!」


 大きな、下品な声が聞こえる。


 受付をしている神官の声だ。


 年は若いが、ニタニタと笑みを浮かべる顔に、好むべき点はいっさいない。


「ここは神聖なるアイギンマン領の神殿でして!むやみに図書室を利用させるわけにはいかないんですよ」


「私は、そのアイギンマンの子供だが?」


 ビジイクレイトの答えに、神官の男が下品に笑う。


「ええ。しかしながら、キーフェ・アイギンマンは私たちのような神官にもお心配りされる尊きお方。そのご子息様といえど、自身の母親の死に涙も流せない魔境の『ケモノ』のような者には、神殿への敬意を見せていただかなくては、近づいてほしくもないと思うのは当然でしょう」


(……本当に言いやがった! しかも直接!)


 歯に衣着せぬ。

 と言えば聞こえはいいかもしれないが、不敬が過ぎるのではないだろうか。


 一応、ビジイクレイトは貴族。しかも、この神官が言うように、ここの領地を治めるアイギンマン家の子息なのだが。


(……でも、まだ5歳か。大人に嫌み……嫌みというか、もはや罵倒だが、言われて反論するのも気味が悪いのか?)


 それに、とビジイクレイトは思い浮かべる。


 葬式の時にこちらを睨みつけていた、父親の姿を。


「キーフェ・アイギンマンも嘆いておられましたよ。まさか自分の子息があのような情なきケモノだとは……」


「わかった。もういい」


 神官の言葉を、ビジイクレイトは遮る。


「おや? もういいとは? まさか、キーフェの子息ともあろうものが、目的も果たせずにすごすごと逃げ帰るのですか?」


(……コイツ)


 ここで帰ったら、少し言葉をかけただけで逃げ出した臆病者だとか言いふらし、ビジイクレイトの評判を落とすのだろう。


 正直そんなくだらないことにはつき合えない。


「帰りはしない。それより、何をすればいい?」


「はい?」


「敬意を見せろと言っただろ? 何をすればいいんだ?」


「ビジイクレイト様!」


 ロウト達が止めるが、気にせずにビジイクレイトは神官をじっと見る。


 神官はわざとらしく何かを思い出すように手を打った。


「あー……ああ、そうですね。言いました。ええ。しかし、何をすればいいとは……キーフェ・アイギンマンの子息なのに、ここまで無知だとは。なんと嘆かわしい」


 いちいち人をバカにしないといけないのだろうか。

 神官は大きく息を吐いている。


 答えるのも面倒臭いのでそのまま神官の答えを待っていると、呆れたような顔を隠しもせずに、神官は話し続ける。


「神殿へ見せていただく敬意なんて、考えればすぐにわかるでしょうに……」


「……で、何をすればいいんだ?」


「『祈祷』ですよ。『祈祷』」


 そういうと、神官は受付の棚から、1.5リットルのペットボトルくらいの大きさのモノを取り出し、ジイクの前に置いた。


(……煌々と燃え続ける炎。粛々と沸き続ける水。微かに流れる土。舞うように吹く風。囂々と轟く雷。淡々と命を育む木。それらを包み込む金色の杯に、周りを包み込む黒。この世の全てを表した六大元素と二大要素のオブジェクト)


 さすがに、これが何なのか、ビジイクレイトの知識にもあった。


「この聖杯に、『祈祷』をしてください。そうすれば、図書室への入室を許可しましょう」


(聖杯……いや、確か正式名称は魔聖杯、だったな。簡単に言えば神棚とか仏像みたいなモノか)


 杯、といってもその上に色々ごちゃごちゃ乗っているので、一見盆栽みたいだが。


「『祈祷』のやり方も教えて差し上げましょうか? 無知な獣に……」


「いや、いい」


『祈祷』のやり方は、ビジイクレイトの知識にもあったし、レインハルが持ってきていた教材にも記載されていた。


 ビジイクレイトは、魔聖杯の闇に当たる、黒い部分に手をふれる。


(どうなっているんだろうな、この闇の部分。黒い煙……とも違うけど……ん?)


 闇に手をふれると、何か引きずられるような感覚があった。


(なんか気持ち悪いけど……)


『祈祷』のやり方を思い出し、ビジイクレイトは祝詞を唱える。


「我は魔と聖の調和を望む者、炎の神フィーネクス、水の神ブラワドラフィ、土の神ゲェンブイフ、風の神ビィーヤルフ、雷の神、ワイツティガ、木の神ウェルトボン。魔の平和を願い、聖の闘争を拒絶する。真なる天秤の礎こそが我が祈り」


 祝詞を唱えると、神聖台の闇の部分が虹色に輝いていく。


 輝きが収まると、ビジイクレイトの手に、虹色に光るガラス玉のようなモノが握られていた。

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