第4話 中位貴族:レインハル

 ヴァナハウンテンは、一ヶ月ほどアイギンマンの屋敷に滞在すると、旅立ってしまった。


 元々、勇者とは世界中に点在する魔境を制覇していき、人間の生きる場所を確保することが最大の使命である。


 別れの時、ビジイクレイトが、いつか仲間になりたいと申し出たら、ヴァナハウンテンは目線を合わせて答えてくれた。


「大きくなって、『神財』を授かったら一緒に冒険をしよう」


 世界を守る勇者の仲間になる。


 これが、ビジイクレイトの夢となった。


 そのためには、ビジイクレイト強く、賢くなろうと意気込んでいたのだが。


「はぁい。今日はもう自習」


 父親が用意してくれた教育係の先生。


 くせのある緑色の髪を揺らしてる、王家直属の中位貴族であるレインハルがやる気のなさそうに本を閉じる。


「……もうですか? まだお昼前ですが」


「ああ、あとは好きにしろ」


 レインハルがビジイクレイトの教師になったのは一ヶ月ほど前だ。


 ヴァナハウンテンとちょうど入れ替わりのようにやってきたこの教師に、世界を守る勇者の仲間になるという崇高な目標が出来たビジイクレイトはとても期待したのだが、その期待はすぐに裏切られることになる。


 剣術などの運動や、歴史や計算などの知識的な授業。

 どれも最初の1から2だけ教えると、あとはやる気がなさそうに自習を言い渡すようになったのだ。


 まるで、ビジイクレイトを拒否するように。


(……きっかけは、あれかな)


 ビジイクレイトは、一ヶ月前。


 ヴァナハウンテンが旅立つ前の日のことを思い出す。


 その日は、ビジイクレイトの母親たちの葬式が行われたのだ。


 領地を与えられた上位貴族、アイギンマンの第3夫人の葬式だ。


 近隣の貴族は全て集まり、ヴァナハウンテン以外の王族も、数名やってきていたそうだ。


 その葬式のなかで、ビジイクレイトはなるべく貴族の子息らしい振る舞いを心がけていた。


 簡単に言えば、泣かずに声をかけてくる貴族たちに笑顔で接したのである。


 これがマズかった、らしい。


 5歳の子供が、母親の葬式で笑顔を浮かべているのだ。


 気味の悪い子供だと、ビジイクレイトの耳にギリギリ聞こえない程度の位置で囁かれ、悪評が広がるのに時間はかからなかった。


(……って、言われてもな。転生の記憶がつながった直後は取り乱したけど、一ヶ月もたって落ち着いたら、さすがに涙なんて簡単に出ないよ。言い方悪いけど、俺にとってこの子のお母さんは、やっぱり他人だ)


 脳裏に浮かぶ、ビジイクレイトの母親。

 綺麗な人だとは思うが、それでも、泣くほどではない。


(有名な女優さんが亡くなった。って感覚なんだよな。申し訳ないけど。この子の意識がもう少し強ければ、号泣とまではいかないけど、ちょっと泣くくらいは出来たかもしれない)


 そんな後悔は、もう遅いのかもしれないが、それでも教師にこのような扱いをされるのは正直困る。


 ビジイクレイトには、勇者の仲間になるという大きな目標があるのだ。


「レインハル先生。自習はかまわないのですが、何か教材をお借りすることはできませんか?」


 ビジイクレイトの質問に、レインハルは不可解そうに首を傾げる。


「ん? いつも通りこの屋敷の本を読めばいいだろ?」


「もう読める範囲のモノは全て読んでしまいました」


 ビジイクレイトの答えに、レインハルは軽く眉を動かす。


「……そうか。しかし、だったら私が持ってきた教材も面白くはないだろう。基本的な内容しか記載がないからな。剣術の練習でもしてきたらどうだ?」


「出来れば剣術の自習は午後にやりたいと存じます。私が盾の鍛錬所を使えるのは午後からですので」


 一応貴族の子息なので汚れればお風呂などいつでも入り放題なのだが、昼間からお風呂に入るのは何となく気が引けるし、午前中に体力を使いすぎると午後は動けなくなる。


 ビジイクレイトの答えに、レインハルは少し思案して答えを出す。


「……なら、神殿はどうだ? あそこの図書室はこの屋敷よりも蔵書量が多かったはずだ」


「……神殿、ですか?」


 ビジイクレイト本人の記憶を探っても、あまり馴染みのない言葉だ。


 どこにあるのかも分からない。


「ああ、そういえば七真式もまだだったな」


 七真式とは、この世界の七五三のようなモノで、子供が無事に成長したことを祝うための式典だ。


 七真式、十聖式、十二神式。


 この三つの式のうち、七真式だけは身分に関係なく全ての子供たちに行われるが、十聖式、十二神式は基本的に貴族だけの式典である。


 十聖式、十二神式に平民が出ることあるが、偉業を為すか、幸運を得るか、単純にお金が必要になる。


 ビジイクレイトは貴族なので、全て受けるが可能だし、受けないといけない。


 その式典の会場は各地の神殿なのだが、もちろんビジイクレイトはまだ行ったことがなかった。


「ああ、でも……ロマンシュテレ様の葬式を覚えているか? あのとき、神殿長からお言葉を賜ったのが神殿だ」


 ウソだった。

 ビジイクレイトはどうやら神殿に行ったことがあるらしい。

 まぁ、多少のウソは勘弁してほしい。


 そんな自己答弁をしながら、ビジイクレイトは葬式の時のことを思い出す。


「え……っと、神殿長とはあのお綺麗な方ですよね?でも、あそこはお屋敷の敷地内では?」


 レインハルのいうとおり、葬式の際に豪華で綺麗な神官服を着た女性から祈りの言葉を受け取っている。


 燃えるような朱色の髪と、黒曜石のような黒い髪が、とても綺麗だった。


 しかし、その場所はアイギンマンの屋敷の中庭のような場所だったと記憶している。


 神殿と言われれば、確かに神聖な雰囲気はあったが。


「……ああ。基本的なことだから、教科書に書いてあるわけがないか。神殿は各地の管理を任せられた上位貴族の屋敷の中にある。正確に言うなら、神殿を囲うように上位貴族の屋敷は作られる」


「それは、なぜですか?」


「神殿を守るのが貴族の役目だからだ。聖地がないと人は生きていけない。その聖地を維持するために神殿が建てられ、神殿を守るために貴族は戦い、平民は貴族を支えるために働く。そもそも、聖地とは……」


 そこまで言ってレインハルは動きを止めた。


「って、これじゃあ普通の授業じゃないか」


「このまま授業でもいいですけどね」


「ダメだ。ほら、わかったらとっとと神殿に行ってこい。アイギンマンの子息なら、図書館にも入れるはずだ」


 ビジイクレイトは追い出されるように授業に使っている子供部屋から退出させられる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る