第3話 勇者:ヴァナハウンテン

 ビジイクレイト達がアイギンマンの屋敷に到着すると、すぐにビジイクレイトは意識を失った。


 よみがえった前世の記憶と、母親や世話をしてくれた側近や従者達の死。

 それら全てがビジイクレイトの幼い体と心には負担だったのだろう。


 丸三日、ビジイクレイトは寝たままだった。


 ビジイクレイトが保護されたあと、すぐにアイギンマン領主直属の騎士団が現場へ向かい、調査が開始された。


 そして、アイギンマン家の当主、ビルボルト・アイギンマンの第3夫人、ロマンシュテイル・アイギンマンと側近や従者達全員の死亡が結論づけられた。


 それから、十日が経過しても、調査は続いている。


「ビジイクレイト様。朝食のお時間です」


 調査が完了するまで、ビジイクレイトは見知らぬ部屋の中、見知らぬ人たちに世話をされることになった。


 真船の国、シピエイルでは主に人は2つに分けられる。


 守られる人である平民と、神なる武具『神財(かんざい)』を操り、人を守る人である貴族だ。


 そして、貴族もある程度階級によって分かれており、ビジイクレイトの家であるアイギンマンは、土地を国から与えられ、管理を任せられている上位貴族に位置していた。


 ゆえに、教育は厳格なモノであり、一定の品格や教養が身につくまで、当主と正式に面会することはない。


 住まいも一緒に暮らすことはなく、美しい顔の少年に連れてこられたアイギンマンの当主が住む本館は、ビジイクレイトにとって、何も知らない場所だった。


 おそらくはビジイクレイトのためだけの食堂に並べられたパンなどの食事を見て軽く息を吐き、ビジイクレイトはイスに座る。


 見知らぬ給仕が朝食を盛りつける。


 彼女たちは、父親が派遣してくれた身の回りを世話してくれる者たちだ。


(……何も知らないな。父親のことも、何も知らない)


 ビジイクレイトは、5歳の男の子だ。


 三日間寝ている間に、ビジイクレイトの記憶はほとんど戻ってきた。


 しかし、その5年間の記憶の中に、父親であるビルボルトが出てくることはほとんどない。


 母の誕生日や、何かの記念日に、数度顔を会わせた。それだけが父親の記憶。唯一の肉親に対する思い出。


(会いに来ることもないしな)


 母親が死んだというのに、本館に来てからビルボルトがビジイクレイトを訪ねてくることもない。


 周りに世話をしてくれる者がいるが、彼女たちはただ料理を運んだり着替えを手伝うだけだ。


 彼女たちの会話も必要最低限。


 目を合わせることもない。


(……愛されていないのだろうか、この子は)


 そっと、ビジイクレイトは自分の体の胸に手を当てる。


 父親がつけてくれた給仕や護衛たち側近の半分……3人がビジイクレイトの同年代の子供だった。


 友達になれるように気をつかったともとれるし、優秀な大人の側近をつけるのはもったいないと判断したのかもしれない。


 あまり美味しくない朝食をビジイクレイトは黙々と食べた。


 ただただ孤独な時間が過ぎていく中、ビジイクレイトにとっての癒しは、顔の綺麗な少年が訪ねてきてくれる時間だけだった。


「元気だったかい?」


 朝食を終えたあと、自室に戻るといつものように顔の綺麗な少年がビジイクレイトを訪ねてきた。


 顔の綺麗な少年の名前は、ヴァナハウンテン・シピエイル。


 年齢は14歳。


 その名前のとおり、真船の国シピエイルの王族の一人。


 つまりは王子様だ。


 しかも、10歳の時に『聖財』を授けられた『聖人』であり、王から『魔境』の制覇を命じられた『勇者』である。


(色々なじみのない言葉があるけど、一言でいうと完璧超人ってヤツだな)


「……どうかした?」


「大丈夫です。何でもないです」


 今のビジイクレイトの意識はどちらかというとジイクの方が強い。


 5歳の子供と高校生の少年では、どうしても高校生であるジイクのほうが精神的に強くなる。


(……それに、ビジイクレイトは……)


 記憶は何とか戻ったが、ビジイクレイトの意識が表面に出てくることはほとんどない。


 目の前で母親を失ったのだ。


 その痛みから、まだ完全に立ち直れていないのだろう。


「……さて、今日は何して遊ぼうか」


 思案に耽っていたジイクのことを心配したのか、少しだけ戸惑いながらヴァナハウンテンが声をかけてくれる。


「へ? あ、えっと今日は、その……剣のお稽古をしたいです」


「またかい? 昨日もしたけど」


 ヴァナハウンテンが遊びに来てくれるときは、いつも剣のお稽古をジイクはねだっていた。


(だって、『勇者』の剣技とか見れるときに見ておきたいじゃん!)


 生前、WEB小説でファンタジー小説を書いていた者の、これはサガである。


 ヴァナハウンテンと一緒に手をつなぎ、屋敷にある訓練所に向かう。


 訓練用の木剣を手にすると、ヴァナハウンテンは嫌な顔一つ見せずに、ジイクの相手をしてくれた。


 最初は、お手本としてヴァナハウンテンが型を見せてくれて、次にジイクの素振りを見ておかしいところを修正してくれる。


「ほらほら、手を上げて。下がっているよ。動きには全てに意味を込めて。その意味を知るためにも、まずは型だ」


「はい!」


「うん。いい感じだ」


(ふぉおおおお! ふぉおおおおおおおおおおう!!)


 修正といっても、叱責ではない。


 丁寧な問題点の指摘と、ほめ言葉。


 ヴァナハウンテンは人にモノを教えるのがとても上手だった。


 ヴァナハウンテンの優しい声と笑顔に、ジイクのテンションは上がりまくりである。


「ヴァナハウンテン様。ヴァナハウンテン様の『神財』をお見せいただくことは出来ますか?」


 素振りや型などの軽い稽古を終えたあと、ジイクはヴァナハウンテンにちょっとおねだりをしてみた。


『神財』は『魔境』を制覇するために神から授けられる武具である。


 ゆえに軽々しく見せるものではないのだが、ヴァナハウンテンは快くジイクのおねだりを聞いてくれた。


「いいよ。これが『夜と海の剣』と『星と炎の短剣』だ」


 どこからともなくヴァナハウンテンが取り出して見せてくれたのは、黒すぎてまるでそこだけ夜のような色合いの水が滴るような艶の諸刃の剣と、星のように光を反射している燃えるように煌めく短剣だった。


「これはどんなことが出来るのですか?」


「うーん、そうだね。たとえば、こんなことかな?『異星天図』」


ヴァナハウンテンが『夜と水の剣』を振ると、周囲が急に暗くなった。


そして、『光と炎の短剣』をかざすと、光の粒が瞬いていく。


まだお昼前だというのに、あっという間に夜空に輝く星の海が出来上がってしまった。


「……すごい」


「ふふ……まぁ、これも『神財』のお力だけどね」


「それでも……すごいです」


ビジイクレイトは、ただ驚くことしか出来ない。


「『神財』は、ある程度持ち主の願いを叶えてくれるんだ」


「願い、ですか?」


「ああ、授けられる時に強く想った願いが反映される。ある程度、だけどね」


ヴァナハウンテンがくすりと笑う。


「願い……ヴァナハウンテン様は『神財』を賜る時に、どのような願いをされたのですか?」


ビジイクレイトの質問に、ヴァナハウンテンは嫌がることもなく答えてくれる。


「私は、全てを知りたいと願ったよ」


「知りたい?」


「ああ、私は、どうも知らない事があるのが我慢できないみたいでね。正直なところ、勇者の役目も、魔物や魔獣と戦うためじゃなくて、『魔境』という神秘を知りたくて引き受けているんだよ。あ、これは秘密だよ」


ヴァナハウンテンが唇に手を当てる。


「はい。秘密です」


ビジイクレイトもヴァナハウンテンの真似をして唇に手を当てる。


「ビジイクレイト様は良い子だね。私が幼い時は、城の図書館に籠もって書物を読みふけっていたよ。灯りの魔聖具を使って、夜遅くまでね。それで、よく従者達に叱られたなぁ」


完璧だと思っていたヴァナハウンテンのエピソードに、ビジイクレイトは思わず笑ってしまう。


「……失礼しました」


「いや、ビジイクレイトが笑顔を見せてくれて、私は嬉しいよ」


ヴァナハウンテンが、優しくビジイクレイトの頬を撫でる。


「……私はあまり長くはいられないけど、私の知っていることは、君に教えようと思う。それが、私に出来る唯一のことだろうから」


「はい!よろしくお願いします!」


嬉しそうに微笑むヴァナハウンテンの美しい笑顔と、煌めく夜空のような光景。


このヴァナハウンテンと一緒にいる時間が、ジイクの人生で一番美しい時であり、麗しい思い出として、一生残り続けるのだった。

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