第2話 黒い太陽が昇る世界
光だった。
春の陽光に似た、暖かな光。
まだ眠っていたくなるような安らぎのなか、ゆっくりと意識を覚醒する。
「……目が覚めた?」
とても優しい声だ。
声を発したのは、陽光のような髪の色に、暖かさを感じさせる赤い瞳で、どれほどの絵師でも、彼の造形を越えるモノを描くことは出来ないだろうと思わせるほどに、整った容姿の少年だった。
ゆっくりうなずくと、少年はまじまじと顔を見てくる。
「大丈夫? 何があったか覚えている?」
「え……っと、全然」
ほっと息を吐く美少年をよそに、覚えているかという質問によって開始した、思い出すという行為で浮かんできた情景に困惑してしまう。
「私の名前は……」
「アイギンマンの家の子、だよね?」
そう。アイギンマン。
真船の国、シピエイルの上位貴族アイギンマン。
その三男、ビジイクレイト・アイギンマン。
それが彼の名前。
父親譲りの銀色と母親譲りの黒に近い藍色の髪の二色の髪が特徴の、金色の目をした少年。
なのに、浮かんでくるのは、小説を書くのが趣味の少年、画鳴 慈活(かくなる じいく)の記憶。
ビジイクレイトとして生きてきた5年ほどの記憶が、出てこない。
泥の奥底で眠っているように。
何とか掘り当てたのは、大切な人の名前。
ビジイクレイトの母親、ロマンシュテイル・アイギンマン。
「お母様……は?」
ジイク……いや、ビジイクレイトは、絞り出すように自分の母親のことを聞いた。
なぜか自分を抱きしめ、馬……ではなく、金属と陶器を合わせたような材質のドラゴンのような形状の乗り物、『魔聖竜』に乗っている少年に。
少年は、少し悲しそうな顔を浮かべた。
「君のお母様は……亡くなっていたよ」
「……え?」
「魔獣か……賊に襲われたのだろう……君だけが、生き残っていた」
『魔聖竜』が走っている方向とは逆の方向に、ビジイクレイトは目を向ける。
遠くに、微かに赤く光る場所が見えた。
そこで、何か燃えているのだろう。
何が燃えているのだろう。
答えは決まっている。
ビジイクレイトが乗っていた馬車だ。
母親と一緒に乗っていた馬車で、そこで燃えているのは、馬車と、護衛と、側近と、ビジイクレイトの母親。
「あ……あ……」
「危ないから、動かないで。大丈夫、君は私が守るから……」
「あ……」
言葉が出なかった。涙も出なかった。
でも、体は動いていた。
ジイクの意志とは関係なく、ビジイクレイトの体が動くのだ。
このとき、ジイクは何となくとわかった。
なぜ、ビジイクレイトの意識が希薄となり、小説を書くのが趣味な少年、ジイクの意識が……おそらくは前世の記憶が出てきているのか。
ビジイクレイトは、壊れたのだ。
目の前で母親を殺されて。
近しい人たちが、殺されて。
だから、本来は消えるはずの前世の記憶が、ジイクの意識が強く出てしまったのだろう。
「あ……あああ……」
力なく、声が漏れる。
美しい顔の少年に連れられて、ビジイクレイトの母親はどんどん遠ざかっていく。
空にはまだ光が残っていたが、徐々に闇が、『黒い太陽』が昇り、世界を夜に変えていった。
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