45話 歓迎するよ
────僕の目的はあの時から一つ。
────死ぬ気はないと言ったけど……
アイルは己の全てを出し尽くす勢いで魔力を増幅させる。
フロッグの魔術陣は既に完成しており、またも眩い光を帯びて地に降り注ごうとしている。
「おいおい、そんなに魔力出して大丈────」
レクサスがアイルの魔力量を見て思わず声をかけようとするが、ハリルがすぐに肩に手を置いて止めた。
「人の心配をしている暇があるなら、少しでも魔力を練れ。アイツは、お前を生かす為に力を出しているんだぞ」
「────そうだな。無粋な事をした」
レクサスはハリルの言葉を聞くと、すぐに援護に入れる様に魔力を練り始める。
とはいえ、もう殆ど練れる魔力も無い為、その行為自体に大した意味は見出す事が不可能だったのだが────
そんなレクサスの極小の魔力を感知したアイルは、僅かに笑う。
こんな所で、やはり彼を死なせる訳には行かないと。
「さぁ、大一番だ」
空から再び、死を招く厄災そのものと言える光が舞い降りる。
雨の様に鋭く、その鋭さは確かな殺傷性を孕んでいる。
そんな光の雨を、アイルの魔術陣が真正面から受ける。
魔術陣に触れた瞬間、フロッグの生み出した光が陣の中へブラックホールの様に吸い込まれて行き、この世の何処かの空間へと飛んで行く。
────あの質量の物を相手の元へ返せたら最高なんだろうけどなぁ……
アイルは吸い込まれて行く光を見ながら、そんな事を心中に思う。
しかし今のアイルにそんな力は無い為、己の非力を嘆くしか無いのだが。
「大した魔術師が居るな」
アイルの魔術陣を見たフロッグは、自身の部屋からポツリと言葉を溢した。
魔術協会の柱とも呼ばれているフロッグに、そこまで言わしめるアイルの魔術は、紛れもなく最高峰の物に値しているのだろう。
しかし、フロッグはそんな才能の原石に対して手を緩める事など一切しない。
「道が違えば、分かり合えた仲になれたものを」
フロッグは自身の今の魔術が恐らく塞がれると悟ったからか、
無尽蔵の魔力量────それがフロッグが魔術協会の最高到達点まで至った理由である。
少なくとも、今のフロッグに今の攻撃は
並の魔術師では、彼には決して質量で勝てないのである。
例えアイルが今の一撃を防ぎ切ったとしても、その先には残り八回の同じ攻撃が控えている。
魔術協会が何故魔術世界の基盤と言われているのか。それは────この怪物と同じ人物が、残り二人もいるからである。
フロッグは慈悲の欠片も見せず、次の魔術陣の用意を始めた。
そんな事は知らず、アイルは今出せる全身全霊を持って、今目の前に降り注がれている絶望と相対する。
アイル作り出した魔術陣は変わらずフロッグの生み出した光の雨を吸い込み、その攻撃を無効化している。
一瞬の攻防では無く、数秒に渡って降り注ぐフロッグの魔術は、アイルの精神と体力を一方的に削って行く。
しかし、それでもアイルは一縷の希望を繋いで見せる。
「ハァァァアアアアア!!!!!!」
自身を鼓舞するかの様に、天へと吠えるアイル。
────後少しだ。後少しで防げる……!
フロッグの魔術は次第に薄れている。
正面から魔術を受け止めているアイルだけが、その気配に気付いてた。
恐らく後十秒。この攻防に耐え抜けば、予め用意しておいた転送魔術でこの場から逃げられる。
「さぁ、フィナーレだ」
アイルの魔術陣は最後の最後で一回り大きさを増し、フロッグの生み出した光の雨を飲み込んだ。
空には再び夜の帳が降りた薄暗い色が広がっており、先程までの景色とは真反対の光景となっていた。
「防いだのか……?」
「……急ぐぞ。できるかアイル」
レクサスはただ空を見つめ、驚きの表情を露わにしている。
対してハリルは、空を細い目で見つめた後、すぐにアイルに魔術の使用を出来るかを確認する。
明らかにアイルはこの場で一番疲弊している。
しかし、この場を逃れるためにはアイルの力が必要だ。
その為、無理は承知でハリルはアイルに確認を取ったのだった。
アイルはその確認に対し、空元気な笑みを浮かべて応える。
「あぁ。早く行こうか」
アイルは二人に刻印した魔術陣を起動させる。
アイルの魔術は空間転移だが、人を一人動かすには少々時間を取る。
人の質量をそのまま遠くへ転送するのは、何処か体の部位が欠損するというリスクがある為、準備が必要なのだ。
その準備とは、魔術陣を転送したい人物に刻印し、予め用意しておいた自身の魔力を色濃く反映したアジトの魔術陣と連携させる事で、魔力を補い、リスクを減らすという物だ。
近くにいる場合は、そのリスクは無いにも等しい程にアイルの魔術レベルは上がっているのだが、遠くの場合はどうしてもまだリスクが生じてしまう。
アイルは再び自分の不甲斐無さに嫌気が差しながらも、二人に手を添える。
「大丈夫。転送魔術用の魔力は僅かだけど、ちゃんと残ってる。急ごう」
アイルは自身に残った微かな魔力を再び込め、二人を安全圏へ飛ばそうとする。
その瞬間────眩い閃光が再び空を覆った。
空を見なくとも、アイルはその光が何なのかを理解し、額に冷や汗を流す。
「……勘弁してよ」
最早笑うしか無いという状況。
しかしアイルはすぐに真剣な表情に切り替える。
「二人だけでも先に飛ばす。動かないでくれ」
「はぁ!?それじゃアンタが……!」
「……良いんだな」
レクサスはすぐにアイルに抗議するが、ハリルはいつもの調子で確認を取った。
その確認にアイルは再び小さく笑い、頷く。
「あぁ。でも、僕も後で必ず行くから」
ハリルもアイルの言葉に小さく頷くと、アイルの右の手のひらを身体に当てさせた。
アイルは左の手のひらをレクサスに当て、自身に残された僅かな魔力を使用して二人を飛ばそうとする。
微かな魔力を絞り出すだけで、目眩がして今にも倒れそうになるアイル。
しかし最後の正念場という事で、何とか意識を仲間の為に保つ。
そして二人を転送しようとした瞬間だった────その声は、突如としてアイルの頭の中に響いた。
「僕をそこに呼ぶんだ」
────!
その声の主が誰なのかを即座に判断すると、アイルは心の中でその声に応える。
────でも、そうしたら帰る手段が無くなりますよ。僕の魔力はもう……
「与えられる程度の魔力は持っていくさ。この時間すら惜しい状況だろう?アイル、僕に任せてくれないか」
その言葉を最後に、一方的に声は途切れた。
アイルは「全く……」と溜息を溢すと同時に、安堵の表情に包まれていた。
それ程までに、アイルは声の主に信頼を置いていたのだ。
「ハリル、新人君。もう少しここに残ってくれるかい」
「ん?魔力切れか?ならまだ俺は抵抗するぜ」
レクサスは絶望的な状況だというのに、尚も戦いの愉悦に浸かれるのなら浸かってしまおうとしている。
そんなレクサスに対しアイルは首を横に振る。
「違うよ。もう、絶望的なんかじゃなくなった」
アイルは二人に翳していた手を地面に置き、先程とはまた違った魔術陣を作り出した。
その魔術陣とは────
「紹介するよレクサス君。この状況を唯一打破できる人物────僕らのリーダーを」
「────!!!」
レクサスが驚くのも束の間。
その人物は魔術陣の上に颯爽と現れた。
魔力を絞り出し、その場に倒れそうになったアイルをすぐに抱えながら、その人物は目を空に向ける。
「また、派手にやってますね。フロッグ」
現れた男────魔術師狩りの長であり、協会から最も危険な人物とされているアルマ・ハーウェイツは、すぐに辺りに自身の血を展開する。
「こんな形になってしまったけど、歓迎するよ。いや、まだ早いかな。これから僕の実力を見てから決めればいい」
アルマは展開させた血を空の光へと飛躍させ、迫っている危険に対抗する。
「君の入りたがっている魔術師狩りのリーダーの実力を見てからね」
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