43話 フロッグ・アーキネスト
数秒前────
魔術協会内、学長室。
魔術協会には『三柱』という概念がある。
魔術協会に所属している魔術師の中でも、特に才能に秀で、魔術の歴史そのものを発展させたとされる人物達に当てがわれる名の事だ。
世界に魔術を研究する組織は数百と存在するが、その中でも魔術協会はずば抜けた戦力を持っている。
その戦力の最たる象徴こそが、フロッグ・アーキネストを始めとした三柱と呼ばれる三人の魔術師なのである。
そのフロッグは、部下からの侵入者からの情報を聞くと、深い腰を掛けていた椅子を軋ませながら立ち上がり、すぐ隣に置いてある自身の身体の4分の3はあろうかという木製の杖を手に取る。
「メアリーから中々連絡が来ないかと思えば、さらに侵入者が紛れていたとは。良い度胸をしている」
杖に自身の並外れた魔力を込めつつ、鋭い眼光を協会内に巡らせる。
「身を隠した場所は────そこか」
瞬時にハリル等が隠れている場所を僅かな魔力の澱みから見抜き、その方向へ杖を向ける。
ハリル等がいるのは協会の外れにある、今は使われていない古い学生寮の一つだった。
距離にして四キロという所だろうか。
通常の魔術師ならば、これだけ距離が離れていれば攻撃の手段がない為、相手へ近付く事を優先する。
そもそも四キロ先の敵を僅かな魔術の澱みから索敵することが不可能な事象に近いのだが、フロッグは不可能な事を当たり前のように実現する。
彼がいかにして魔術協会の三柱と呼ばれるに至ったか。
それは────
「周りに学生も居ないな。ならば遠慮なく行こう」
フロッグの杖が魔力に呼応する様に、金色の眩い光を放つ。
「彗星魔術────『
突如、ハリルやアイル達が身を隠していた学生寮の上に、巨大な魔術陣が出現した。
魔術陣は丁度学生寮を覆う程の大きさをしており、距離にして約百メートル。
百メートルはすぐさま逃げられる距離ではない。
フロッグはもう使われていないという事もあってか、学生寮ごと侵入者を吹き飛ばすつもりなのだろう。
まさに規格外と言って差し支えの無い力。
何故フロッグ・アーキネストが三柱と呼ばれる様になったのか。
それは────圧倒的な魔力を身体に有し、力を払えば一瞬で全ての形勢が傾く特異点の様な存在だからである。
フロッグが展開した魔術陣は段々と熱を帯び、その力が下にいるハリルやアイル、レクサスへと向けられようとしていた。
× ×
「あんなん規格外にも程がないかい!?」
「……
珍しくハリルが額に汗を掻いていた。
怪物と言っても何ら差し支えの無い男が魅せる窓の向こうの景色に、流石のハリルでも焦りが出たのだった。
「アイル、後どれくらいで魔術陣が完成する」
「正直今すぐ僕とハリルはすぐ逃げられるけど、新規で魔術陣に登録する必要のあるレクサス君が居るから時間がちゃんと掛かるんだよなぁ!強いて言うなら後三分!」
「……三分間あれを止めんのか?』
アイルの言葉を聞いたレクサスが思わず言葉を漏らす。
今にも雨が降り出しそうな雲の様に、魔力が上空に段々と蓄積して行き、魔術陣がさらに光を増す。
辺りの木々がフロッグの魔術によってざわ付き始め、その威力の異次元さを物語っている。
「
ハリルは覚悟を決めたのか、自身の魔剣、
部屋に置いてあった雑貨が
空には窓からよりも、より鮮明にフロッグが生み出した巨大な魔術陣を確認する事ができ、ハリルの隣にいたレクサスも思わず冷や汗を掻いた。
しかしハリルとは明確に違う部分もあった。
レクサスは空に浮かぶ絶望の象徴を前に────笑った。
メアリーや雪菜と戦った時と同様、レクサスはこの機に及んでも戦いを楽しもうとしていたのである。
「
レクサスが
明らかに、これまでの火力とは桁違いの禍々しさを孕んだ炎がこの世に顕現する。
────リーダーがこの子を気に掛けた理由が嫌でもわかるなぁ、これ。
アイルはフロッグが生み出した異次元の魔術陣にも薄ら笑いを浮かべる他無かったが、レクサスの底知れなさにも笑みを浮かべた。
恐らくこの男は今後、魔術の世界そのものを揺らがせる人物になり得ると、この時アイルは確信を得た。
────じゃあ、絶対に生きて返さないとね。
アイルは自身の魔力回路を辺り一面に巡らせて、自身の転送魔術の準備をさらに進めて行く。
「後一分半でいい!何としても耐えて!」
「別に俺は三分でも構わねえけどなぁ!?」
「レクサスとか言ったな。炎を上に打ち上げろ」
「言われなくてもやる所だったぜ!」
ハリルの指示に合わせて、レクサスが
それと同時にフロッグの魔術陣も完成したのか、圧倒的な魔力量と質量を持ってして三人へと降り注ぐ。
雷にも似た魔力の塊が空から地へと落ちて行く。
まさに『彗星級』と言っていい程の威力をレクサスの炎が迎え撃つ。
衝突した瞬間、互いの魔力は横に霧散を始め、魔術協会の空に歪な魔力と赤と黄色が混じった明かりを灯す。
「あの火力を上げるぞ、
ハリルがその歪な空間へと、
炎は風を持って、より熱を増す性質を持つ。
────あの威力の技はそう何発も打てねえだろ!
「出し切んぞ、
レクサスは先の戦いで
それに呼応するかの様に、
まるで擬似的な太陽とも言える程に光と熱を放つその柱は、魔術協会の夜を照らし、在籍している協会の学生達の目にその光景を焼き付けさせた。
学生達は、まさか自分達と同年代の男がその光景を生み出しているとは知る事はなく────
「ほう、腕の立つ魔術師がいるな」
その光景を見たフロッグもまた、レクサスの生み出した炎には思わず賞賛の声を漏らした。
「このレベルの魔術師が、一体何の用でこの協会に……」
フロッグの部下である男が、冷や汗を額に掻きながら呟く。
それに対しフロッグは言葉を返す事はなく、目を細めながらただ火柱を眺めていた。
「オラァァァァァァァアアアアアアアア!!!!!!」
まさに力の限りを持って脅威を振り払わんとするレクサス。
そのレクサスの火力に合わせる様に
二人とも、魔力がたったの一回の攻防でかなり削られている。
レクサスに関してはもはや意地で
しかしその
二つの巨大な魔力は互いの質量に耐えきれず、完全に消え失せたのだ。
空には再び夜の帳が下り、暗闇が辺りを覆う。
「……何とかなったって訳か?」
「……アイル、後何分だ」
「後四十秒……!行ける!」
アイルは鼻血を出しながら、ハリルの質問に答える。
四十秒。残りがそれ程の時間ならば、先程の様な火力の攻撃は放たないだろう。
そう、
頭上に再び、巨大な魔術陣が顕現を果たす。
「────マジかよ」
レクサスは引き笑いをしながら、ただただ空を眺める。
先程の魔術陣と同じ、否、先程の魔術陣よりも更に巨大化した魔術陣が空に現れたのだ。
「少しでも反撃に割く魔力は残っているか」
ハリルが
「……無茶は承知の上だぜ」
一瞬で強がりとわかる言葉に、ハリルは心中で小さな溜息を吐いた。
────どうする、この状況を打破できる手が何か、何か……
「ハリル……ここが正念場って事よね」
アイルが鼻血を垂らしながらハリルに言葉を掛ける。
「……?何をするつもりだ」
「まぁ、見てなよ」
────とは言えこれは賭けだ。今の僕に出来るかは正直わからない……
────でもまあ、あの人の命令ならそれでもやらなきゃ行けないよね。
アイルは鼻血を雑に拭い、目を細めてフロッグが生み出した魔術陣を見据える。
既に魔力は枯れているも同然だ。
だが、アイルはそれでも己の全てを放出する勢いで魔力を練る。
「……死ぬ気か」
ハリルの問いに、アイルは空元気な笑顔を見せて応える。
「まさか。死ぬ気なんて、一ミリも無いよ」
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