39話 優先順位は
ハリルの魔力が一時的ではあるが、確実に向上する。
それを感じ取った男は、目を細めながらも再び
敵の魔術因子がわからない以上、今は攻撃を重ねるしか無い。
それに今はほんの少しでも時間が惜しい。
これ以上の滞在は、間違い無く身に危険が及ぶだろう。
それだと言うのに、男が何故魔術協会に残っているのか、それは────
────これ以上時間は掛けられないな。
────
フードを被った男の言う『あの男』を探す為に、目の前の障害を一秒でも早く取り除く。
その為に、男は
再び振られた
すぐに自分の射程圏内に入った異物を察知する為に、ハリルは一度だけ大きく深呼吸をした。
────魔剣は常軌を逸した魔法に近い能力を出せる。
────それを察知するのは至難の技だ。
自身の経験上において、魔剣について知る所があるのか、ハリルはある人物を連想しながら、フードを被った男の攻撃を予測する。
────でも、種がない訳がない。
────必ず、突破口は存在する。どんな攻撃にも。
「共鳴しろ────振動覚」
ハリルを中心に、魔力が
しかし、魔力が揺らめくだけで増えた訳では無い。
男は最初こそ再び目を細め、ハリルの魔力に注意を払う素振りを見せたが、さして気にする事は無いとそのまま
少しずつ、
恐怖が無い、と言えば嘘になる。しかしその恐怖すらも呑み込み、ハリルは目を閉じる事で辺りの感覚に全神経を轟かせる。
まるで張り詰められた弓の様に、緊張感が強張っている。
ハリルは自身の魔術因子、『五感の強制覚醒』を一時的ではあるが、周囲に放ったのだ。
そうする事で、先程の何倍も早く敵の攻撃を察知できる。即ち、自身の周りに絶対領域を作って見せたのだ。
────さあ、来い。
集中は極限まで研ぎ澄まされ、ハリルの周りの音が消える。
そんな中でも、男の放った見えない攻撃は着々とハリルはめがけて進んで行く。
そうして、その時は来る。
────ッ!
咄嗟に何かを感知したハリルは、背後に振り向きながら剣を振り抜く。
すると剣の表面から、何か見えない物が滑る様な感触が伝わった。
────これは……
幾多の戦いを経験して来たハリルだからこそ、その感触が何なのかを一瞬で理解した。
この感触は正に────
「見えない斬撃、それもかなり強度が高い。その割にあっさりと受け流せる」
ハリルが自身の攻撃を受け流したことにより、男はようやく自身の魔力を上昇させた。
「空気だね。その魔剣の力」
「……行け」
ハリルのアンサーには答えず、男はつかさず追撃を掛ける。
今度は連続で
男のモーションは無いが、言葉からして攻撃が来たのだと察したハリルは、再び周囲の感覚に気を研ぎ澄ませる。
「そう長時間使えるものじゃ無いんだけどなぁ」
周囲に自身の感覚を共有させる力は便利ではあるが、普段の三倍の魔力を持っていかれる為、コストパフォーマンスが非常に悪い。
その為、この力は長期戦にはまず向かない。
相手の先手を見抜く為などに使う様にハリルは編み出したのだが、まさか常時発動しなければ勝てない相手に会うとは思ってもいなかったのだ。
そもそも、空間そのものに干渉する魔術など、限りなく魔術の上位、魔法に近いのだ。
その為、魔術師で見えない攻撃をしてくる相手も大抵は短期決戦向けの魔術師が多い。
そんな現状を壊してしまう魔剣の恐ろしさをこれでもかと味わいながら、ハリルは何とか男の斬撃を受け流し、時に躱す事で防いだ。
────面倒だな。
男はハリルの魔力が揺らいだ時から、何か妙な力が辺りに散らばったのは確認できていた。
その時は気に留めなかったが、それ以降明らかに
これでは一人の男相手に時間をかなり取られてしまう。
────アイルの準備は終わっている……ならばこの男に時間をかけている場合では無いか。
男は本来の目的の為に、ハリルとの戦闘を取り止め、自身がこの場から引く変わりに、時間稼ぎの手を打った。
その斬撃は空を舞い、やがて地面で動けない状態のアルドに向かって行く。
────そっちを狙うなんて騎士の片隅にも置けないな!?
咄嗟の出来事に驚きながらも、すぐさまハリルはアルドを庇う為に駆け出す。
アルドは自身が狙われた事を悟ると、すぐさまハリルに叫ぶ。
「自分の事は良いです!あの男を!」
アルドの視界にはその場から走り出す男の姿が見え、この場から逃げようとしているのは明白だった。
その為、自身の命よりも男を優先してくれとハリルに頼んだのだが────
「この状況を作ってしまったのは君に成長を無理に促した僕だからねえ。優先順位は君の命さ」
ハリルは何の迷いも無くアルドの前に立ち、
斬撃は先程の何倍も威力が増しており、ハリルは歯を食いしばりながらも何とか受け流した。
既に男の姿は目には見えず、ハリルの聴覚を過敏にする事で音は聞けるが、それでも少し探すのには時間を要する形となってしまった。
その事に対して自責の念を持っているのか、アルドは再び「すみません……」と謝罪を述べた。
しかし、ハリルは特段焦った様子も見せずに、剣を鞘に収めた。
「大丈夫、そろそろ到着してると思うから」
「到着……?」
「うん、君のお父さんがね」
「────!」
× ×
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