38話 空絶の乖離剣


 ────


 ハリルが口にした協会の主力がここに来ると言う情報を聞き、フードの中で男は眉を僅かに顰めた。

 それを読み取ったのか、ハリルはわざとらしく口元を歪ませ、言葉を続けた。


「ま〜あれだよ。僕達を侮ったね」


「……」


 男の沈黙をこれ以上会話をする気はないと受け取ったハリルは、自身の剣に手を置き、ゆっくりとその刀身を鞘から抜き出して行く。

 それと同時にハリルの温厚そうに見える普段の顔は冷たく、そして暗く沈んで行き、誰が見ても戦闘モードに入ったのだと捉えられる顔付きに変貌を遂げた。

 フードを被った男もまた剣を再び構え直し、ハリルと対峙する体勢を整える。

 騎士団副団長の本気の戦闘が見れる。その事にアルドは胸の高鳴りを感じると同時に、一つの感情を抱いていた。

 それは敵の情報を何一つ引き出せなかった事である。

 油断など微塵もしていなかった。だと言うのにハリルに引き継ぎ出るような能力の一旦を何一つ解明できなかった。

 ただ祈る事しか出来ないんアルドは、自身の実力不足を噛み締める。

 それを視界の隅に捉えたハリルは、基本的な視線はフードを被った男から離さずに、冷たい顔付きとは真逆の優しい言葉を掛けた。


「初戦で一人倒しただけ上出来さ。まあ、僕の戦いは勉強だと思って見てなよ」


「勉強……か」


 ハリルの物言いに対し、フードを被った男はか細く言葉を漏らした。


「おや?苦言を呈したいかい?」


 煽り口調で言葉を返すハリルに、男は小さく首を振りながら反論をした。


「言葉では語らない。実力で示すまでだ」


 言葉を言い終えると同時に、男は剣を妙な構え方に

 剣自体はアルドやハリルら騎士団が使うような西洋剣であるが、男は通常の握り方をしていない。

 その握り方とは、切先を地面に向け、鞘を上にしているのだ。

 とてもじゃないが、これから戦闘を行う構えには見えない。

 しかしハリル、アルドの二人は男が剣を構えた瞬間に妙な気配を感じ取った。

 異様────その言葉がよく似合う。

 ハリルはすぐさま自身の剣に魔力を込め、自身の魔術因子を解放させる。

 が、その前に男が


からを穿て────『空絶の乖離剣フィア・リベルタ


 ────魔剣!?


 ハリルは男の唱えた言葉に一瞬だけ驚きを露わにした。

 魔剣はその力を解放する為に、魔剣を起こす合図の様な物を唱えなければ行けない。

 レクサスの場合だと、それが『来い』となっている。

 ハリルは、すぐに男の言葉が合図なのだと悟ったのだ。

 しかしここで引くなど言語道断だ。

 ハリルは自身の剣を再度強く握り直し、自身の能力を発動させる。

 そんなハリルに対抗する様に、男の魔剣が姿を現す。

 男が構えていた西洋剣に纏わり付くように、魔力を纏った風が集まり初め、その姿を変えて行く。

 最早その姿はただの西洋剣では無く、空絶の乖離剣フィア・リベルタ本来の姿とでも言わんばかりに変化を遂げていた。

 刀身は西洋剣に比べて細身に変わっており、持ち手の部分を起点にして青い民族紋様の様なものが切先まで現れている。

 そして何より特徴なのはその剣────否、男を囲うように風のベールの様な物が現れた事だろうか。


「切り刻め、空絶の乖離剣フィア・リベルタ


 男はそんな空絶の乖離剣フィア・リベルタを振り翳し、勢い良く空を切る様に振り下ろす。

 すると辺りには突然強い風が吹き荒れ始め、ハリルとアルドを吹き付ける。


 ────何て質量だ……!


 地面に伏せていたアルドの身体ですら、風力によって飛ばされそうになる。

 何とか全体重を地面に掛けてそれを凌いではいるが、果たして何処まで持つのか。

 アルドの身体はフードの男によって傷だらけである。出血量的にいつ意識が飛び掛けても可笑しく無い。

 とは言え、戦場の状況そのものを変えてしまう魔剣相手に、速攻を仕掛けるなど、いくらハリルと言え難しいのではないか?

 そんな不安がアルドの頭に過ってしまった。


 ────何考えてんだ俺は……!


 急いで味方への不安を首を振って否定し、歯を食いしばる。


 ────俺な実力不足が招いた結果だ。信じろ。仲間を信じろ。


 そんな思いを後ろから受け取っているハリルはと言うと────


 ────不味いかな。


 ハリルにとって、男の魔剣の力は心底相性が悪かった。

 ハリルの魔術因子は自己強化型。能力で言うと『五感の強制覚醒』であった。

 全ての感覚を研ぎ澄ませる事で、敵の先手などを完全に読み切り、対応する。

 しかし、男の魔剣によって生み出された風がそれを不可能にしていた。

 風の中には微力ながら男の魔力が込められており、肌、鼻は上手く相手を感知できない。

 視力も巻き起こされた風によって、極端に視界が悪化している為、これも今は使えない。

 聴力も風の吹き荒れる音によって使い物にはならない。


 ────参ったな。


 男が攻めて来たタイミング、即ち自身の感覚が捉えられる距離に踏み込んだ瞬間に速攻を仕掛けるしか無い。


 ────来い。


 ハリルは全身の神経を極限まで集中させ、男の攻撃に備える。

 しかし────ハリルの背中に、突如として切り傷が生まれた。


 ────な!?


 反応すら出来なかった。

 今の一瞬で何が起きたのか、ハリルの身体は何一つ理解出来なかったのだ。

 それに何より理解出来ないのは────男はその場から、一歩も動いていなかったのだ。


「言葉では語らない。何もな」


「不親切だな……!」


 空絶の乖離剣フィア・リベルタを起動する前に放ったセリフをわざとらしくもう一度述べる男。

 ハリルはそれに対し、顳顬に汗を滴らせながら言葉を返す。


 ────こんなの何度も喰らえないな。次で見抜かないと。


 何度もこの攻撃は喰らえない。次で確実に相手の手を見抜かなければこちらの詰みだろう。


 ────感度を上げてこうか……!

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