37話 生きて帰れるなんて


 塔の一階にて────



「お前は────」


 マークに対してアルドが止血作業を行なっていた中、何の前触れもなく、突如として障害は現れた。

 フード付きの黒い外套がいとうを深々と被った人物であり、顔は見えない。身長は175センチ程のやや長身と言った所だろうか。

 外套によって身体のシルエットが上手く見えないが、体型はやや細身の様に見える。


 そんな人物は、アルドの言葉に対して反応をする前に、一つのを終わらせた。

 剣を腰から抜き、アルドの理解が及ぶ前にマークの心臓にその剣を刺したのだ。


「────は?」


 咄嗟の出来事に思わずアルドは疑問を口にする。

 何が起きたのか────それを理解するのに多少の時間を要したが、理解した直後にはアルドも再び剣を抜いていた。

 しかし、フードを被った人物も咄嗟にマークに刺した剣をアルドの首元に持って行き、その動きを止めて見せた。

 お互い、後数ミリの所で剣先が首元に掠ると言う状況。

 そんな中で、ようやくフードを被った人物が口を開く。


「出来損ないを始末しただけだ。もうここに用はない。抵抗するなら貴様も殺すぞ」


 声は低音域の男性であった。

 外の暗闇とフードの影響で未だに顔は見えないが、声と男の放つ独特な圧を感じ取ったアルドは、その人物が学生では無いと瞬時に理解した。


「お前らがどうやって協会に乗り込んで来たのか。それを知るまで逃しはしない」


 アルドの言葉に男はフードの中で僅かに目を細め、冷めた調子で言葉を紡ぐ。


「実力は兎も角、プライドだけは騎士団長の息子と言う訳か」


 まだ剣を抜いただけだと言うのに、さも自分の実力の全てを図られた様な口調に対し、アルドもまた目を細めて殺気を剥き出しにした。

 そんなアルドを見て男は、またも冷めた口調で言葉を続けた。


「……死に急いだな」


 次の瞬間。夜の暗闇に包まれた協会に、ドス黒い血が勢い良く舞った。

 その血を流した張本人────アルドは何が起きたのかわからないまま地面に倒れ伏す。

 アルドの身体には、胸から右肩に掛けて深い切り傷が生まれており、傷口からは際限無く血が滴っている。


 ────何が起きた……?


 一瞬にして起きた謎の事象に、アルドは地面に流れる自分の血を見つめながら考える。

 男は剣を動かしては居なかった。だと言うのに、気付けば自身の身体が何かに切り刻まれていた。


 ────身体が……動かない……


 まるで金縛りにでも遭っているかの様に、アルドの身体は動かなかった。

 明らかに、何かが起きている。目に見えない何かが。

 何とかそれを探ろうと身体を動かした瞬間────今度はアルドの背中に、何かに切り様な傷が出現した。

 そして、やはり男の剣は動いていない。


「グッ……!」


 ヒリヒリとした痛みが背中を襲い、思わず苦悶の表情を浮かべるアルド。

 男はそんなアルドを見て、漸く剣を動かした。


「終いだ」


 剣の先をアルドの心臓へ向け、その命を貫こうとする。

 しかし────



「そりゃ困るなぁ」



 場にそぐわないふわっとした口調と共に、男の剣は止められた。

 突如として現れた声の主────騎士団副団長、ハリル・スティーブンが自身の剣を抜き、すんでの所で止めて見せたのだ。


「ハリル……副団長……」


「喋らなくて良いよ。君は良くやった。ここからはさっきも言った通り、僕らが責務を果たす番だ」


「……厄介な男が来たな」


 男は初めてフードの中で表情を僅かに変え、この現状を煩わしくなったと憂いた。

 そんな男に対し、ハリルは更にその表情を変えさせる一言を呟く。


「僕だけじゃ無いよ。騎士団長、三柱、その他精鋭達。皆んな初の協会侵入者に対して動き始めてる」


「……」


「生きて帰れるなんて────思わない方がいいよ?」

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