36話 友達になってくれよ!


「行くよ!」


「えっ!?」


 レクサスの攻撃を受けた瞬間、雪菜は急いで窓枠へと走り、そのまま勢いで外へと飛び出した。

 勿論足場などと言う物は無く、二人はただ重量によって自由落下をして行く。


「落下する手筈でもあるのか!?」


「ゆっくり考えたい所だったけど、ちょっと難しいかな!」


 雪菜は初めて顳顬こめかみに汗を滴らせながら、自分達が出てきた塔の頂上に目を向けた。

 すると────そこから勢いよくレクサスが飛び出した。

 レクサスもそのまま自由落下を開始し、同時に獄炎の滅壊剣ヴォルサスを展開した。


「……一先ず火傷した腕を出せ」


「?」


 そんなレクサスを見たメアリーは、渋々と言った表情で雪菜の火傷を負った右手を握り締めた。

 雪菜は突然な事に驚きながらも、火傷を我慢するような表情を浮かべる。


「もしかして少し心を開いてくれたり?」


「今すぐ殴り飛ばされたくなかったら口を閉じてろ」


 メアリーは自身の腕に魔力を集中させ、意識を雪菜の『回復』に移行させる。

 ベクトル操作でも、薬を使った物でもない。

 メアリーの持つを展開したのだ。

 仄かな光に包まれた雪菜の腕は一瞬で回復を遂げて行き、瞬く間に火傷の跡は消えた。


 ────複数の魔術因子持ちか!


 その光景を見たレクサスは、嬉しくて堪らないと言った表情で二人を目掛けて落ちて行く。

 メアリーは心底面倒と言った表情を溜息と共に露わにした。そして同時に、心底面倒と言った表情のまま言葉を投げる。


「使いたく無い魔術まで使ってやったんだ。あの男をどうにかしてくれ」


 メアリーの頼みを聞いた雪菜は、ニカッとわざとらしく笑うと「おうっ!」と返事をした。

 同時に雪菜は空中で器用に体勢を立て直し、氷の刃を再び構える。


「まずはこの落下をどうにかしないとね」


 雪菜は初めてメアリーに塔から追い出された時を思い出し、あの時と同じ方法で一先ず落下を防ぐ。

 氷を展開しながら刃を塔に突き立て、自身とメアリー二人分の重量を消す。

 しかし、その上からはレクサスが迫っている。

 刀を使用している以上、レクサスの今の火力を防ぐ術は無い様に見えるが────


白牙ハクガ!」


 雪菜はメアリーの手を肩に回させ、それによって空いた左手に魔力を込めて放って見せた。

 左手からはまるで虎の牙のような物が氷によって作り出され、レクサスを襲う。

 レクサスは咄嗟に獄炎の滅壊剣ヴォルサスの火力を高める事で、雪菜の放った氷を粉砕するが、雪菜は粉砕されるのが前提だったと言わんばかりに次の手を打っていた。


氷塊ひょうかい


 雪菜が次に繰り出したのは圧倒的な『質量』だった。

 限界まで魔力を消費する事で巨大な氷の塊を生み出し、レクサスの炎にぶつける。

 レクサスは最初こそ氷を砕いて雪菜の元へ向かえていたが、その動きがピタリと止まった。


「壁が厚いならもっと燃やせ!獄炎の滅壊剣ヴォルサス!」


 氷の壁に阻まれたレクサスだったが、更に自慢の魔力量に物を言わせて火力を上げて行く。

 しかし、多少の時間稼ぎには成功した。

 雪菜は、このタイミングで塔に突き刺していた氷を肥大化させ、重量に関係なく二人の身体を大きく覆う氷塊を生み出したのだ。

 あまりの質量に、思わずメアリーは雪菜の横で驚きを露わにしている。

 雪菜はすぐさま地上へ降りる為の滑り台の様な物を生み出し、メアリーの手を引いた。


「ほら、行くよ」


「……君は本当に変わり者だな」


「ん?なんで?」


 手を引かれながらメアリーが溢した言葉に、雪菜は本当に理解が出来ていない様子で、純粋無垢な瞳を携えながら質問をした。

 そんな雪菜に、メアリーは溜息混じりで言葉を返す。


「はぁ……私と好んで連もうなどと、普通の人間は考えないぞ?私が普段人を避けて生きているからと言うのもあるが、大抵の人間は近付かん」


「あれ?そうだったの?まぁ、気にしないよ!俺は君と話してて楽しい訳だしね!」


「楽しい……?」


 雪菜の言動がイマイチ理解出来ないのか、メアリーはどうにも返答に困った。


 ────私と居て楽しい……?


 ────


 ────この男は正気なのか?


 メアリーは過去に出会って来た人間達を少し振り返ったが、やはり自分と好んだ付き合おうという人間は殆ど居なかった。

 過去に自身と同じ体質の人間となら、協会で意気投合した事があるが、それ以外の『普通の人間』とはろくに話した記憶も無い。

 メアリーは過去の経験から、自信を変わり者と見る人間を何となく見抜けるのだ。その長所とはとても言えない特技で、見抜いてしまった人間には朴念仁ぼくねんじんと思われても仕方の無い対応しかしなかった。

 雪菜も、最初は自信を変わり者の様に見ていた様な気がしたのだ。

 しかし、雪菜の目線は他の人間達とは少し違ったのかもしれないと、メアリーは今この瞬間に悟った。

 雪菜は恐らく────変わり者、言い換えれば『面白い人間』として自分を見ていたのだと。

 ただ話してみれば面白いかも知れない。そんな予想だけで、この男は自身に話し掛けて来たのだと。

 更には、そんな自身の思う面白い人間と話す為に、命すらも賭けている始末だ。


「楽しい……か。やはり君は変わり者だな」


「そうなのかな〜?変わり者って友達にも言われたんだけど……」


「ハハッ!そりゃそうだろう。そういえば、にはまだ私の名前を名乗っていなかったな。とは言え知ってると思うが……」


 メアリーの言葉を聞くと、雪菜は「確かにそうだね!」と勢い良く反応して見せた。

 メアリーの方から自分に興味を示してくれる事、雪菜と呼んでくれた事が心底嬉しかったのだろう。

 しかし、それと同時に「あっ、名前は知らないよ?」と返答した事でメアリーの出鼻を見事に挫いたのだが。


「君と言う男は本当に何も知らないのだな……メアリー。メアリー・リスラムだ」


「へぇ!良い名前だね!でも長いね?」


「長い……?知人は皆メアリーと呼ぶが……」


「メアリーか〜じゃあ『メア』で!」


「わざわざ短縮する必要があるのか?」


「あるよ!呼び易いし!」


 二人が他愛も無い会話をしている中、気付けば氷の滑り台は地上に到着していた。

 雪菜はメアリーの手を取り、協会の中を駆け出す。とても、侵入者から逃げる様なテンションでは無く、笑顔を顔に添えて────


「一つ頼みたいんだけどさ!」


「?」


「俺と友達になってくれよ!」


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