35話 逃さねえよ


「……何故君がここにいる?」


「ん?そりゃあ会いに来たんですよ。今日も!」


 飄々とした様子で答える雪菜に、メアリーは理解が追い付いていないのか、疑問が晴れない様子で一方的に質問を繰り返して行く。


「この状況だと言うのにか?」


「うん?」


「何が君をそこまで突き動かすんだ」


「うーん。そりゃ君と話したいからさ!」


 メアリーの頭の中の疑問は、いくら質問したところで晴れることはなかった。

 自身と好き好んで話したいという人間は過去に居るには居たが、全て不死と言う未知の現象を利用したい様な下劣な人間が大半であった。

 勿論例外はあるが、それ故にメアリーはいつしか人をあまり信用しなくなって行ったのだ。

 目を見ればその人間が自分をどう見て、何を考えているのかを何となく理解する事が出来る為、メアリーは人と接する事の無い場所に居続けようとフロッグに頼む事で、塔の上に住み始めた。

 そんな塔にも現れる輩は勿論存在したが、やはり誰もが枉惑おうわくな目を携えていた。

 だと言うのにこの男は────


「俺は君と友達になりたいんだ!」


 怖い程に純粋な心を持った雪菜に、メアリーはどう対応して良いのかわからず、思わずその場に硬直してしまっていた。

 すると、そんな二人の会話にレクサスが乱入をしてくる。


「おいおいおい、誰だお前は」


「ん?君か、この炎の原因は」


「下のマークはどうしたよ。何で上に人が上がってきてんだ?」


「マーク?あぁ、あの人か」


 雪菜は下の階に居た金髪の外国人を思い出すと、あくまで飄々とした態度を取りながら言葉を続けた。


「多分、俺の友達が倒すよ?」


「あ?」


「だって、


「へぇ……」


 雪菜の言葉に対し、レクサスは微かな笑みを浮かべると同時に、何処か納得が行かないような真剣な眼差しを向けた。


「マークの野郎は昔からの連れでな。だからこそアイツの実力を知ってる。俺はアイツがそこら辺の魔術師よかは強いと思うんだがな」


「俺の友達も天才だからね」


「ハッ!そうか!じゃあ後はその言葉が本当か確かめるだけだな!」


 レクサスは再び獄炎の滅壊剣ヴォルサスかざし、炎を巻き上がらせる。


「気を付けろ。この空間そのものが既に奴のテリトリーだぞ」


「了解了解」


 メアリーの助言を受けた雪菜もまた、自身の魔術で作成した氷の刃を握り締めた。

 するとレクサスとは反対に、雪菜は地面にきっさきを付けた。

 その瞬間、雪菜の周りに燃え盛っていた炎が消え失せた。


「取り敢えず消火しようか」


「やれるもんならやってみろ」


 炎を消した雪菜に対抗する様に獄炎の滅壊剣ヴォルサスを振り下ろし、炎を巻き上がらせるレクサス。

 そんなレクサスとは真反対とも言える程に冷静に、雪菜はゆっくりと魔力を高めて行く。

 すると、雪菜の魔力が具現化したのか、辺りは炎に包まれているというのに雪の結晶が舞い始めた。

 雪の結晶は段々と雪菜を中心に広がり始め、やがてメアリーと雪菜の二人を囲う『壁』と言って良い程に高密度の物となって行く。


「そんなもんで防げんのか!?俺の魔術は氷を溶かす炎だぞ!?」


「大丈夫大丈夫。俺の魔術は炎を冷ますから」


 雪菜の言葉通り、炎は雪の壁に接触した瞬間────姿を消した。


「あっ!?」


 これまであからさまに驚きを露わにしなかったレクサスだが、ここに来て初めてその表情を出した。

 自身の自慢とも言える火力を、こうも簡単に消されたとなれば、流石のレクサスも多少は狼狽える。

 そんなレクサスを他所に、雪菜は雪の壁を段々と広げて行き、燃え盛っていた炎を次々と消し去って行く。


「……驚いたな。このレベルの魔術師だったとは」


 圧倒的な魔力量とセンスで形勢を変えた雪菜の姿に、メアリーは思わず感嘆の声を上げた。

 思えば、初めて塔に登った時も頂上の部屋まで足場を作って来たと言っていた事から、魔力量が膨大という事は考えられた。

 とは言え、ここまでその魔力量を実践に応用するのは、とても一年生とは思えないレベルだった。


「よし、炎は粗方消したし、一旦ここを離れよう」


 そう言うと雪菜はメアリーの手を握り、部屋を出ようとする。

 メアリーは咄嗟の事に、流されるまま雪菜に手を引かれた。

 普段ならばすぐさま苦言を呈する所だが、メアリーは何となく目の前の雪菜に逆らう事が出来なかったのだ。

 それ程までに、今の雪菜は普段と印象がガラッと変わっていた。


「それにしても……遅いなフロッグは」


 予定ではメアリーが薬で操っている小動物がフロッグに伝令をし、そろそろ塔に侵入者を捕らえに来る手筈なのだが、先程からその気配すらもない。

 レクサスがメアリーの前に現れてから20分は経過しようとしているが、フロッグの魔力すらも感じられない。

 そんな事に疑問を呈したメアリーに対し、雪菜は普段通りの飄々とした態度を装いながら言葉を掛けた。


「フロッグってこの協会のお偉いさんだっけ?もし来るなら俺達は一先ず逃げ回れば相手にとっては嫌な手になるよね」


「……そうだな。まぁ、アイツがそう簡単に逃がしてくれるとは思わな────」


 メアリーがレクサスへの警戒を払おうとした瞬間だった。

 先程までの炎とは比にならない程の火力を携えた炎が、雪菜の雪の壁を突破し、二人を襲った。

 雪菜は咄嗟に身体を投げ出す事でメアリーを庇い、すぐさま刀を構え直した。

 そんな雪菜を見てレクサスは再び狂気的な笑みを浮かべる。


「そうそう。簡単には逃さねえよ」

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