34話 終い


「あぁ!ピンピンしてる」


 レクサスは最後の力を振り絞る様に、メアリーの周りにありったけの炎を展開させた。

 しかし、相も変わらずベクトル操作によってその炎がメアリーに届く事は無い。

 炎が辺りを焼き払い、さらに燃え盛る音が室内に響き続けている。

 そんな音を聞いてメアリーは、何処と無く不機嫌とも取れる顔を貼り付けながら愚痴を溢す。


「全く、薬品を作り直すのにどれだけ時間がかかると思っているんだ」


「クッ……さぁ、知らねえな」


 毒に侵されるレクサスにを見たメアリーは踵を返し、その部屋を後にしようとする。


「何処行くんだよ」


「後はフロッグが何とかするだろう。この様な熱に浸食された空間にわざわざ残ろうとは思わん」


「連れねえなぁ!もう少し一緒にいようぜ」


「私を口説きたいなら、もう少し大人になってからにしろ」


 レクサスの言葉を適当に流し、メアリーは炎をベクトル操作で操りながら出口へと向かう。

 しかし、その瞬間だった────


 ────ッ!?


 メアリーの視界が急に


 ────何だ?


 レクサスの攻撃だろうか?

 しかし、レクサスの魔術は炎。複数の魔術因子を持つ可能性もあるが、ならばその魔術とは何なのか?

 ベクトル操作を擦り抜ける、第二の攻撃手段を持っているとでも言うのか?


「『疑問』って感じの表情だな」


 その場に膝を付く形となったメアリーを、レクサスはクツクツと笑った。


「何をした────いや、今理解したよ」


 メアリーは暑さによって掻いていた汗とは違う、レクサスに対して警戒心を示す冷や汗を掻きながら言葉を続けた。


「CO中毒……よく考えた物だな」


「俺も上手くいくとは思わなかったぜ」


 レクサスがメアリーの身体に引き起こしたのは、ごくごく当たり前の自然現象であった。

 よく火災現場などで起きる急性の中毒症状。

 火災により発生した一酸化炭素は無味無臭の為、気付かない内に身を蝕んで行く病態の一つである。

 メアリーのベクトル操作によって操れるのは、あくまで物体のみ。

 その為、一酸化炭素などは故意に操る事ができないのである。

 結果、気付かぬ内にメアリーの体の中に一酸化炭素が大量に入り込み、現在進行形で中毒症状を引き起こしているのであった。


 何故レクサスが、メアリーのベクトル操作に空気は含まれないと考察したのか。

 それは炎で囲った際に、温度の調節は出来ないと自身の目で確認したからであった。

 熱とは、空気の流れに乗って体表に触れる事で、人間は『熱気』を感じる。

 ならば、空気を利用した攻撃は効くのでは?とレクサスは咄嗟に考えたのであった。

 結果的にはまさに功を成し、今まさに形勢は逆転しようとしている。


「ほんと、勝負ってのは運が絡むから面白いんだけどよ」


 レクサスは地面に付いていた膝を伸ばし、その場に立ち上がると、再び獄炎の滅壊剣ヴォルサスを握り直す。


「貴様……何故立てる!」


 メアリーの質問に対し、レクサスは「ハハッ!」と乾いた笑いを見せた。

 実際、メアリーの辺りに充満させた毒は未だに宙を舞っており、抗体を予め持っていないメアリーでなければ、この空間にいるだけで立っているのも困難になる筈である。

 だと言うのに、レクサスは段々と回復している様に見えるではないか。


「荒技って奴だよ」


 レクサスは腕を捲り、手首に自信で付けた一つの傷を見せた。

 傷はかなり深い様で、止血処置がされていない為に血が大量に滴っている。

 それを見たメアリーは、思わず息を呑んだ。


「まさか……」


「熱で身体の代謝機能、循環機能を最大限にした。お陰で俺も汗だくだぜ。あっ、中毒についちゃ俺はこの能力的に、元々耐性が付いてるからあんまり関係ねえんだよな」


 レクサスはこの一瞬で毒を抜く為に、可能な限り身体の汗、血を使って毒を一時的に抜いたのであった。

 メアリーはこの時点で、目の前の男を警戒するべき敵として認識した。

 脳筋な策も取れば、咄嗟に頭を使いその場を凌ぐ。正に天性の戦闘センスをレクサスは持っていると。


「終いだな」


 レクサスは獄炎の滅壊剣ヴォルサスに再び魔力を充填し、火力を高める。

 辺りの炎をも吸収して火力を増して行く獄炎の滅壊剣ヴォルサスは、正に地獄の剣と言っても良い物だった。


 ────上手く魔力回路が動かないな……


 自身にドーピング効果を付与する薬の効果も切れている為、現在の中毒症状は自動的には治らない。

 その為、自身の魔術で回復をしなければ行けないのだが、頭が上手く働かない事により、即座の回復は不可能となっていた。

 勿論、上手く使えない魔術にはベクトル操作も含まれる。

 故に、恐らくレクサスの放つ攻撃は避ける事は出来ないだろう。


「行け獄炎の滅壊剣ヴォルサス


 レクサスは勢いよく剣を振り下ろし、その炎をメアリーへと向かわせる。

 炎はメアリーを焼き付くす勢いで火力を増しながら突き進む。

 避けるのはまず不可能だろう。

 万事休す。そう思われた、その時だった────



「氷壁」



 紅く染め上げられたメアリーの部屋に、青色の輝きが姿を現した。


 ────!?


 メアリーは何が起きたのか困惑し、思わず目を見開く。

 するとそこには────


「やっほー?大丈夫かい?」


 毎回塔に潜入しては自身に会いに来る変わり者────八代木 雪菜の姿があった。

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