33話 勝てる相手だと思うな


 時は少し遡り、塔の頂上にて────



「来い、獄炎の滅壊剣ヴォルサス!!!」


 レクサスの合図により、メアリーの部屋に禍々しい炎の魔力を纏った、巨大な刀身が身を露わにする。

 たった一目でメアリーがあれは危険だ、と悟れる程に凶悪な魔力を炎と共に揺らめかせる獄炎の滅壊剣ヴォルサス

 そんな獄炎の滅壊剣ヴォルサスを腕に握り締め、レクサスはニヤリとわざとらしく笑う。


「今日は言う事なんざ聞かなくて良いぜ。好きに暴れろ、相棒」


 次の瞬間、まるで人の言葉を理解しているかの様に獄炎の滅壊剣ヴォルサスが魔力を溢れさせ、メアリーの部屋をまるで煉獄の様な姿に豹変させた。


「やっぱりこの部屋を燃やすつもりでは無いか」


「悪りぃな!まあ、アンタの持つ魔術が原因って事で」


 段々と熱気を増して行く炎は、メアリーの部屋の家具、研究道具などを無差別に燃やし始めて行く。

 特に、自身の自殺道具でもあった研究道具を壊された事により、明らかにメアリーは怒気を含んだ顔付きに変わっていた。


「あのボンボンに狙われるだけで無く、私の唯一の楽しみすらも奪うか外道め」


「文句ならあのボンボンに言っとけよ」


 レクサスは獄炎の滅壊剣ヴォルサスを振りかざし、楽しくて仕方が無いと言った様子で振り下ろす。

 すると炎は段々と火力を増して行き、メアリーを取り囲む様に広がって行く。

 メアリーの周りにはベクトル操作の魔術が作用している為、炎を喰らうことは無いのだが────


「温度までは調節できねえだろ」


 口角をわざとらしく上げたレクサスに、メアリーは小さく舌打ちをした。

 レクサスの言う通り、炎を寄せ付けない事は出来ても、周りの温度にまでベクトル操作を加える事は不可能であった。

 あくまでメアリーが操作できるのは、形のある物のみであり、空気の操作などは不可能なのだ。

 周りの炎が燃え上がる度に、メアリーの周りの温度も相対的に上昇して行く。

 顳顬こめかみを中心に汗が滴り始め、段々と暑さによって通常の思考もままならなくなる。


「俺は元々炎を操る魔術師だから、この炎の熱気が寧ろ心地良いんだがな。アンタには随分と酷だろ?」


「あぁ、実に鬱陶しく、茹だってしまいそうだ」


 メアリーはこの状況は明らかにかんばしく無いと判断したのか、周りにベクトルを作用させながら、ゆっくりとその場を歩き出した。

 レクサスはこちらに向かってくるメアリーを視界に捉えると、獄炎の滅壊剣ヴォルサスを再び振り上げ、迎え撃つ準備を整えた。


「全く、面倒な事だ。早くフロッグが来てくれれば良いのだが」


 そう言いながらメアリーは、腰に付けている革の簡易的なバッグから、見るからに怪しいと感じ取れる色をした薬品を取り出した。

 メアリーはその薬品を左指に挟み、右手はフリーにした状態でレクサスへと一歩、また一歩と近付いて行く。


「ようやくやる気になったか?」


「驕るのも大概にしろ」


 初手、メアリーは左手の薬品を一本レクサスへと投げ付ける。

 レクサスは獄炎の滅壊剣ヴォルサスを振り下ろす事はなく、周りの炎を自分を囲う壁の様に展開させて薬品を防いだ。

 しかし薬品は瓶が割れ、大気に触れた瞬間に急激な化学反応を起こした。

 液体が気体へと変化を遂げて行き、炎を擦り抜けて煙が充満して行く。

 炎が巻き上げる灰と黒の煙に薬品は混ざり合い、辺りは奇妙な水色の煙に包まれる。


「何をしようって訳だ?」


「後10秒もあればその身で実感できるぞ」


「そうか、なら今吹き飛ばす!」


 レクサスは獄炎の滅壊剣ヴォルサスを振り下ろし、大火をメアリーへと吹き飛ばしつつ、辺りの怪しい煙も炎の衝撃で吹き飛ばした。

 やはりメアリーは炎をベクトル操作で喰らう事はなく、直接的な攻撃は有効打にはならない。

 しかしレクサスは、敢えてメアリーに近寄り剣を再び振り下ろす。

 レクサスの振り下ろした獄炎の滅壊剣ヴォルサスは、メアリーのベクトル操作によって目の前で動かなくなってしまうが、レクサスは無理矢理にでもその壁を壊そうと魔力を高めて行く。

 

「随分と脳筋だな」


「脳筋上等だ」


 レクサスは獄炎の滅壊剣ヴォルサスに魔力を喰わせる事で、火力を数段階上昇させて行く。

 しかし、メアリーの顔からは未だに余裕の表情が消えない。


「その熱した頭を冷やせ馬鹿者」


 言葉を言い終えると同時に、メアリーは二本目の薬品を放り投げた。

 レクサスに向けて投げた訳では無い為、薬品は適当な地面に落下する。

 割れた瓶の中から漏れ出した薬品は、先程の薬品と同様に煙を大気中に撒き散らしながら蒸発して行く。

 レクサスは、メアリーが明らかに何かをしようとしている事は理解できる為、さらに火力を上昇させて無理矢理にでもメアリーのベクトル操作を崩そうとするが、一切動く気配は無かった。


「頭を使わずして勝てる相手だと思うな」


 そんなレクサスを叱責しながら、メアリーは最後の薬品を地面に落とした。

 最後の薬品はメアリーの足元で割れると同時に、怪しげな光を纏いながら、メアリーの周りを囲い出す。


「何だそりゃ」


「魔力増幅回路を粉状にした物だ。この光に包まれている私は、無敵だと思え」


「ハッ!抜か────!?」


 突如、レクサスの身体に異変が起きる。

 急激に視界がボヤけ、腕に力が入らなくなったのだ。


「ちなみに一本目は神経毒、二本目は神経の過剰反応を促進する薬だ。後数分で呼吸困難の症状が現れるぞ」


「ハッ……!マジかよ」


 レクサスは突然の目眩と身体中の痺れにより、思わずその場に片膝を突いてしまう。

 そんなレクサスをメアリーは上から見下す様に、言葉を吐く。


「頭は冷えたか馬鹿者」

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