32話 天才だからだ


 爆発は────起きなかった。


「ッ!」


 すぐさま相手の思惑にアルドは気付いたが、一手遅い。

 煙の中からタイミングを見計らった様にマークが現れると、マークはアルドの顔面を掴み、勢いに任せて顔から床に叩きつける。

 後頭部に激しい衝撃が走ったことにより、アルドの意識が飛び掛けるが、何とか唇を勢い良く噛むことで意識を繋げる。

 しかし、ここで意識を失っていた方がアルドにとっては良かったのかもしれないが────


 アルドは反抗する様に相手の腕を掴み、何とか顔からマークの手を引き剥がそうとするが、火傷によって握力が弱くなっているアルドの今の力では、中々に剥がれることは無い。


 そのままマークは顔を地面に押さえつけながら、再び魔力を指輪に集中させ────


「ハハハッ!」


 狂喜乱舞と言った表情を携えながら、アルドの顔を爆発させた。

 これまでと同等の爆発を、なんの躊躇もなく目の前で起こしたマークの手は、若干火傷を負ってしまったが、そんな痛みは今は感じなかった。

 初めて人をこの手で殺した感覚────そのアドレナリンが痛みを掻き消していた。


「俺はもっと強くなれる……確信した!」


 鼻から滴る血を払うこともせず、マークはただ自身の両手を見て頬を赤らめる。


「次はあの生意気な餓鬼だ……レクサスの言う通りここにいたら強い奴と邂逅できて良い」


 マークは上に登って行った雪菜の元へと向かい始める。

 もう死体となったアルドには興味も示さず────


「おい、何処行く」


「────!?」


 しかし、マークの意識は再びアルドに向けられた。


「なんで生きてやがる!?」


 確かに自身の手で殺した筈だ。この手に残る僅かな火傷の痛みが、それを証明している。

 だと言うのに────何故、何故。アルドの顔には


「何でって顔してるな。簡単な事だ」


 アルドは剣を再び構え直し、マークと対峙する。

 マークの神経を逆撫でする言葉を吐き捨てて────


「俺が天才だからだ」


「コイツッッ!」



 爆発が起きたあの瞬間、何が起こったのか。

 確かにアルドは、マークの攻撃を顔面に喰らい、たったの数秒で瀕死の状態に陥った。

 しかし、アルドはそんな傷を負ったとは、とても思わせない程度まで回復をして見せた。

 それは何故か。

 理由は、アルドの持つ本来の魔術因子にあった。


 アルドの持つ魔術因子は『魔力の特殊転移』である。

 彼の持つ剣を始めとした、服、物、将又はたまた身近な家具に至るまで、アルドは自身の魔力を貯蔵、または魔力を通して自分の意思を宿らせる事が出来るのだ。

 今回は剣に魔力を込めていた直後に、マークからの巧妙な駆け引きによって攻撃を受けてしまった。

 しかしその攻撃を受ける直前に、アルドは剣に込めていた魔力に自身の魔力のほぼ全てを譲渡し、ある命令を与えたのだ。


『攻撃を喰らった直後に、自身の身体に触れる事で魔力を全回復させ、その過程で回復魔術を同時に行え』と。


 魔力をほぼ全て剣に移動させたのは、攻撃を防ぐ防衛本能によって、自分が意識せずに魔力が消費されるのを防ぐ為だ。

 とにかく高濃度の魔力で、回復に専念する。

 以上が、アルドがあの一瞬で行った事の全てである。


 決して簡単な事では無い。しかしアルドもまた、この戦いで成長しているのだ。

 初めての生死を賭けた敵との殺し合い。

 それが限りなくアルドの成長速度を早めていた。

 雪菜に追いつく。その為に、アルドはとうに自分の限界は超えていたのかもしれない。

 しかし、アルドはその限界の先を既に飼い慣らしていたのだ。

 妙に頭がクリアで、冴える感覚がする────今なら、身体の全てが自分に応えてくれる様な気がする。

 アルドの身体は、一切無駄の無い動きで再びマークを捉える。


「生き汚いんだよ!」


 再びマークの指輪を通して、先程と同等、若しくはそれ以上の爆発が起きる。

 爆音はさらに豪快さを増し、夜の協会にその音を轟かせる。

 もはや、周りの目など気にしないマークの戦い方だが、マークは今そんな事は気にしていない。

 ただ目の前の障害を壊す。

 その為に自身の限界を曝け出している。

 だと言うのに────


「何だよ!!!」


 アルドは、たったの剣の一振りでその爆発を切り捨てた。

 どう剣を振るえば、自身にダメージが無いのか。爆発を最小限に留められるか。全てが見える────


 投げやりの様にマークは、数回連続で同じ爆発を起こしてアルドの足を止めようとする。


「来るんじゃねえ!死ねえ!」


 何も見えない爆煙の中へ、マークは感情任せの誹毀ひきを口にする。

 しかし────爆煙を剣で払い退け、アルドは姿を現す。


「クソ野────」


 マークが再び雑言を吐き捨てようとした瞬間、アルドは一気に間合いを詰め、マークの懐へと侵入を果たした。

 至近距離と言って良い程までに侵入を許したマークは、慌てて後退しようとするが、アルドの剣が彼を逃さなかった。


 アルドが剣を下から上に振り上げると、剣はマークには届かなかったが、剣の軌道を追う様に緑色の光が現れ、その光がマークの身体を切り裂き、そのまま光は空へと駆け上って行った。

 腹部から肩にかけての斬撃は、かなりの深さまで達しており、たったの一撃で致命傷となり、あまりの痛さにマークは、一瞬で気を失う羽目になった。


 大量の出血が見られる為、アルドはマークの呼吸状態、意識状態を確認し、反撃する兆候が見られない事を確認すると、すぐさま指輪を取り外して止血作業を開始した。

 ここでマークを死なせる訳には行かない。

 彼は一体何故魔術協会に侵入出来たのか、その狙いは何なのか。

 それらを聞き質す必要があるのだ。

 その為、アルドはすぐさまマーク本人の服を使って圧迫止血を開始するが────


 アルドの目の前に、新たな障害が姿を現した。


「お前は────」


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