29話 俺と似てるよ


 最初に戦端を開いたのは雪菜だった。

 その場から素早く跳躍すると、空中で氷柱つららを何本も作り出し、自らの武器として従える。

 同時に両手には先程の氷の刃を作り出し、攻撃の手数を増やす。

 氷柱はパッと見るだけで十本以上は確実に存在するだろうか。

 全てを捌くのは中々に至難の業だが、マークにとっては手数は関係ない。

 指輪を人差し指に乗せて雪菜にかざすだけで、その氷柱はいとも簡単に壊せてしまうのだから。


 先程と同様に指輪が赤く煌めくと、即座に雪菜の目の前が爆破した。

 辺りには一気に爆煙が広がり、二人の視界が急激に狭まる。

 これでは雪菜を仕留められたかどうかもわからないが、マークはすぐさま追撃の準備をする。

 先程の雪菜は確かに自身の攻撃を防いでいた。それも初見だと言うのにだ。

 ならば今回も必ず雪菜は自身の攻撃を防いでいるだろう。


 その予感は実際に当たっており、雪菜はしっかりと爆発を氷の壁で防いでいた。

 氷柱の数は何本か減ってしまったが、雪菜はそのまま氷柱を一直線に爆煙の中を先行させる。

 煙に綺麗な円を作りながら穿孔する氷柱は、マークの目の前に突如として現れ、ダメージを与えんと飛躍する。

 しかしマークはすぐに目の前を爆発させることで氷柱を壊し、雪菜の攻撃を無効化して見せた。

 再び辺りに爆煙が広がる。

 すぐさまマークは雪菜の攻撃に備えるが、数秒待っても姿が見えない。


 ────突っ込んで来ていないのか?


 マークの予想では氷柱を先に攻撃に使い、その追撃として雪菜が煙から姿を見せる、というのが頭の中にあったのだが、雪菜は数秒経っても未だに姿を見せなかった。

 ここまでブランクが空いてしまえば、それは追撃とは呼べないだろう。

 その為、マークは雪菜が一旦距離を取ったのだと思ったのだが……


「────ッ!?」


 突如として視界の右から煙を掻き分けた氷柱が姿を現した。

 時間差で飛ぶ様に仕向けていたのか。

 しかし、やはりここまでブランクがあってはマークもすぐに対応はできる。

 素早くその場に伏せ、氷柱をやり過ごすとすぐに辺りに注意を払う。

 すると今度は、目の前から刃が一本飛んで来たのだ。

 体勢的にかわすのは不可能と悟ったマークは、即座に目の前を爆破させて氷の刃を破壊する。

 そして次の瞬間────


 満を辞して雪菜が煙の中から姿を現した。

 その手には刃が一本握られており、このままではマークはようやく焦る様な表情を見せた。


 ────クソッ!タイミング悪いな!


 マークの魔術の欠点としては視界の悪さ、そしてもう一つに連続発動が出来ない点が挙げられる。

 視界の悪さはレクサスと同じで、威力の高さ故に広範囲に影響を与えてしまうのだ。

 そして連続発動が出来ない。これがマークにとって一番の弱点とも言えた。

 厳密には二秒間発動できなくなる。そしてその間に相手に詰められれば、生身の人間と魔術師の戦いと言う構造が二秒間だけ作られてしまう。

 たかが二秒、されど二秒と言うのが戦いの世界。

 もっとも、爆煙のおかげでマークの所作に気付くとが出来ず、二秒の間がある事を瞬時に理解できる者など、殆ど居ないのだが。

 故にマークは『たまたま』隙を付けた雪菜に舌打ちをした。


 マークはすぐさま腰からサブの武器である小型ナイフを取り出し雪菜の刃を防ごうとするが、雪菜のスピードとパワーは一瞬で判断を迫られたマークを遥かに凌いであり、小型ナイフで進路は変えられつつも完全にその刃を振り切った。

 刃はマークの頬を斜めに掠っており、僅かながら赤い血が宙を待った。

 偶然の出来事とマークは捉えているが、少しでも下級学生の雪菜からダメージを受けたという事実に腹が立ったのか、マークの顔は先程よりも狂気に染められたように見える。

 そんなマークを雪菜は、刃に着いた血を振り払いながら真剣な表情で視界に捉えている。


 雪菜にとって、先程の攻撃は『たまたま』なんかでは無かったのだ。

 全て計算されて行われた事だったのである。


 初撃の氷柱と二撃目の氷柱のブランクは約二秒。丁度マークが魔術を発動出来ない時間だったのだ。

 ブランクがあるとすれば二秒の間というのは予測でしか無かったが、僥倖な事にそれが見事に当たった。

 それに加えて雪菜は敢えて二撃目を簡単に避けられる様に放つ事で、マークの魔術にブランクがある事を決定づけた。

 そして三撃目。避けにくい刃を三秒の時点で投げる事で魔術の発動の誘導。

 四撃目でブランクの所を切る。

 そう、全て雪菜は計算していたのだ。


 恐ろしくも思える程の戦闘センス。これが初の実戦と聞いて素直に納得する人間は居ないだろう。

 それ程までに、雪菜の魔術師としてのセンスは頭一つ抜けていたのだ。


「たまたま攻撃を当てたからって調子に乗るなよ!!!」


 声を荒げるマークに対して、雪菜は刃を構えて次の攻撃に備えていたが────ふと、その刃を消した。


「あ?」


 突然武器を持つ事を辞めた雪菜に対し、マークが思わず頭を傾げる。


「舐めプでもしてるつもりか?あ!?」


「違うよ。ここからは選手交代だから、俺の刃は必要無いってだけ」


「何を言────」


 突如、マークの視界の隅に銀色の閃光が走った。

 言葉を言い終えるよりも、反射的にマークは自身の身体のすぐ側に小規模な爆発を起こし、無理矢理身体をその場から移動させた。

 少し離れた所で元いた場所を見ると、爆煙を一刀両断している銀の剣とそれを手にしている青年が居た。

 少しでも判断が遅ければ、自身もあの爆煙の様に真っ二つになっていたかもしれないと思ったマークは、思わず息を呑んだ。

 そんなマークを他所に、雪菜は普段の調子を取り戻して駆け付けた男────アルドに語りかける。


「やっぱり、アルドは俺と似てるよ」


「……いや、厳密には俺がお前に似て来てるってだけだよ」


「そうかな?」


 ニヤニヤとわざとらしく微笑む雪菜に、アルドもまた微笑みながら言葉を返す。


「そうだよ。ほら、さっさと上行け。今日この塔の姫さんとろくに話せなかったら二度と俺はお前のくだらない話に付き合わないからな」


「それは困る!じゃあ早く行って来ないとね!」


 雪菜は、迷う事なくその場から頂上へと駆け出した。

 マークはレクサスの元へ人を倒してしまうと、慌てて指輪を雪菜に向けて魔力を込める。

 しかし、爆発するよりもアルドが先に雪菜とマークの間に立ち、自身の剣でその爆発を防いだ。


「お前の相手は俺だ」


「……誰だよお前は!!!!!!」

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