28話 死ぬ気は無い


 時は塔の頂上にて、メアリーとレクサスが戦闘を本格的に始めた瞬間まで巻き戻る。



「よし、じゃあ今日も張り切って登って行きますか!」


 雪菜は塔の真下まで到着しており、これから塔の中の階段を伝って頂上へと行こうとしていた。

 深夜の為、塔の管理人に侵入がバレない様にそっとドアを開け、忍び足で階段へと向かって行く。

 しかしその途中、雪菜の耳に確かに聞こえてしまった。管理人の痛みに悶える様な嗚咽声を。


 ────何事だい?


 雪菜はそっと声が聞こえた場所へと足を向かわせると、やがて管理人が寝泊まりしている部屋まで辿り着いた。

 僅かに開いていたドアの隙間から中を覗き込むと、そこには二人の男が居た。

 一人はよく見慣れたこの塔の管理人なのだが、もう一人は見た事も無い男だった。

 癖っ毛の金髪が特徴的なその男────即ちマークは、何やらぶつぶつと管理人に対して文句を吐いているらしく、先程から一方的に会話を続けていた。

 しかし、それが会話ではなく拷問なのは少しよく見れば雪菜にも理解できた。

 マークの服は赤黒い血で染まっており、本人には目立った外傷は無い。しかし目の前の管理人がそのマーク以上に血に塗れていると言う点から、恐らくマークの服に付いている血は返り血なのだろうと。


「なあ、そろそろ話さないか?不死身の原理とか諸々よ」


「……」


「どうして黙っちまうんだよ。アンタは不死身じゃ無いんだろ?言ったら傷も増やさずに楽になれるってのに健気だな〜おい」


「……何度も言うが、貴様に話す事など何も無いよ」


「……残念だ」


 マークは管理人の顔面を何度か強く蹴り上げ、その返り血を浴びる。

 管理人の息は先程よりも荒々しくなっており、身体の限界が近い事が明確に示されていた。

 しかし管理人は決してメアリーの事を語ることはしなかった。

 彼女の過去、何故死にたがっているのかを知っているからこそ、決してメアリーを売る様な真似はしなかった。


「本当に残念だよ全く」


 マークは適当な椅子に座ると足を組み、驕傲きょうごうな態度を取りながら言葉を続けた。


「じゃあ、最初から質問をやり直そう」


 マークの言葉を聞いて、雪菜はずっとこれの繰り返しが行われているのだと悟った。

 ならばどうするか。答えはもう既に出ている。

 雪菜の取った選択は────


「アンタは、何で今ここで管理人さんを虐めてんの?」


 突如として部屋に現れた声に、マークは咄嗟に振り返ると同時に手にナイフを握った。

 しかし、マークの緊張はすぐに解かれる事となった。


「何だよ、下級学生か」


 協会の制服は階級、即ち学年ごとに分かれており、雪菜の今の制服は序列が最も下の物である。

 魔術の世界に身を置く物なら、誰でも知っている事の為、マークは一瞬で相手を舐める様な態度に切り替わった。


「良い子は帰って寝てろ。いや待て。この現場を見たからには帰すことは出来ねえな」


 ケタケタと下卑た笑いを見せるマークとは真反対に、雪菜は真面目な表情を崩さないまま言葉を再び紡いだ。


「あれ、聞こえてないのかな。俺は何で今ここで管理人さんを虐めてんの聞いてるんだけど……質問に答えてくれないかい」


「……あ?」


 雪菜の冷めた態度に対してマークは、溜息を吐きながら両肩をわざとらしく竦めた。


「いるんだよなあ……そうやってイキってカッコつける奴。下級学生の身分で何様だってな」


 マークが言葉を言い終えた瞬間────マークの目の前に冷気が走った。

 マークの額には雪菜が作り出した氷の刃の先が突きつけられており、その刃を見たマークは自身の調子の良さを一瞬で消し去り、冷徹な表情に切り替えて言葉を吐く。


「これは脅しのつもりか?」


「忠告だよ。早く質問に答えないとこの後どうなるかっていうね」


「ハッ!いいぜ。やろうか」


 雪菜の回答を聞いたマークは、やはり雪菜の質問には答えないまま自身の魔力を高める。

 すぐにそれを察知した雪菜は、突き付けている刃でそのままマークを斬ろうとするが、ほんの一瞬だけマークのスピードが勝った。

 マークの右手にめられている指輪が不気味な赤い色を放つと、突如として雪菜の目の前が爆風に包まれたのだ。


「────ッ!」


 驚く程の反射神経で即座に氷の防御を貼っていた雪菜は、一先ず爆煙から離れる為に部屋を出ようとするが、マークはすぐにそんな雪菜の動きを予測していたかのようにドアの近くに来た雪菜の追撃をする。

 再び指輪が煌めいたかと思えば、爆音と共に煙が上がる。

 管理人の男が寝泊まりしている部屋はあっという間に無茶苦茶になってしまい、マークの魔術の威力の高さを明確に表していた。

 そんな部屋で雪菜は、管理人を瓦礫の中から肩を貸して立ち上がらせると、一先ず壁側に管理人を座らせた。


「何度もここには来るなと……」


「でも、俺が来なけりゃ管理人さんは死んでたでしょ!」


 雪菜は管理人の肩をポンポンと叩くと、手から再び氷の刃を作り出し踵を返してドアの向こうへと足を向かわせる。


「やっぱ生きてっか」


 マークは部屋から出てきた雪菜を見て、再びケタケタとわざとらしく笑って見せた。


「お前のその氷を作った魔術。なかなか良いもんじゃねえか」


「アンタのその爆発する魔術も中々厄介だよ」


「当たり前だ!俺はこの魔術極めて魔術師狩りに入るって決めてんだからな」


「魔術師狩り?」


 初めて聞く単語に、雪菜は首を傾げる。

 するとマークは「マジか」と言わんばかりに驚いた表情を浮かべながら言葉を返す。


「おいおい組織の事知らねえのか?協会所属の魔術師なら必ず知ってんぞ?」


「悪い!俺に協会の人達みたいな知識はない!」


「フハハッ!変な奴だなお前!魔術のセンスは良いが、それを活かす頭の問題って所か?俺が少し本気を出せばすぐに殺せそうだな!」


「実戦は初めてだから少し不安な要素も確かにあるが……死ぬ気は無いな」


 雪菜が僅かに見せた笑みに、マークは不気味な印象を感じた。

 雪菜の言う通り実戦が初めてだと言うのなら、そんな戦闘で笑う様な人間は少ない。笑う様な人間は決まって異常者なのだ。

 初めて、初めてじゃ無いに限らずに戦場で笑う人間は何処か頭のネジが外れている。

 マークは雪菜と大して年は離れていないが、数年前から人を貶める仕事をしている為、戦いの世界には多少の理解がある。

 そんな世界で見てきた戦場で笑う人間達は、必ずと言って良い程実力者揃いだった。

 雪菜はその次元に行き着く魔術師だと言うのか────

 そんな疑問がマークの頭に過るが、一先ずは戦闘に集中する。


「まあ良いや。後悔しても知らねえぞ」


「大丈夫。俺、魔術センスだけは良いらしいから」

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