22話 太纒


 夕がフレイルのいる場所から離れてから数分後────


「上手く逃げられたか」


 フレイルは誰も居なくなった公園の遊具に腰を掛け、ポツリと呟いた。

 辺りには既に夕が出現させていた雪は消えており、特異的な現象や変化は見られない。

 ただただ今にも落ちそうな夕日が遊具を照らし、公園一帯がオレンジ色に染められていた。


 そんか公園の遊具から立ち上がり、フレイルは仲間に連絡を入れる。


「僕の方に八代木の倅が居たって事は、レクサスとグランはハズレを引いたかな」


 まだ魔術師狩り側には、夕と凪の二人分の子供が居ると言うことが知られていない為、フレイルにとっては夕一人を追えばいいものだと思っていた。

 しかし、その考えはレクサスと連絡を取った事でようやく打ち消される。


『俺の方に子供の一人が居た。お前らはどうだ?』


 電話越しに響いたレクサスの第一声に、フレイルは相変わらずの無関心の様な顔を貼り付けながら、言葉を返す。


「一人……?どう言う事だ。それに、八代木の倅はこっちに……」


『考えたらわかるだろ。姉弟って事だよ』


 レクサスの言葉を聞いたフレイルは、少しだけ頭の中に不安が過った。


 ────あのレベルの魔術師がもう一人か。


 レクサスの返答的に、そのもう一人とやらは捕まえられていないだろう。

 と言う事は、先程戦った夕と同じか、またはそれ以上のレベルである可能性は十分にあり得る。

 それにレクサスは組織の中でもかなりの実力派である為、そんなレクサスから逃れたとなると、その信憑性はかなり増す。


『フレイル。お前の方は雪を使う魔術師だったろ?』


「ん?あぁ、そうだが」


 突如振られた質問に対し、フレイルは咄嗟に返答をする。

 すると電話の向こう側に居るレクサスは、クツクツと煮え滾る様な笑いをしながら言葉を返した。


『そいつは可能な限り俺がやる』


「……今回の件で気になってたんだが、アンタはどうしてこの件にそこまで拘る?普段ならこんな話絶対に蹴ってるでしょ」


 フレイルはやけに仕事に乗り気なレクサスに一つの質問をした。

 普段のレクサスは、基本的に大掛かりな仕事にしか参加せず、自分が思う存分暴れられる案件を好む。

 しかし、今回の件は大前提として、本当に居るのかもわからない魔術師の倅のだ。

 確保などと言う言葉にレクサスは、普段ならば絶対に反応を示さない。

 レクサスが興味を引くならば『殺害』だろう。

 基本理念が破壊であるレクサスにとって、敢えて全力を出さずに生け取りなどと言う手段を選択するのは、ナンセンスな話と言っていい。

 だと言うのに、レクサスは今回、魔術師狩りの中でも特に早くこの仕事に名乗りを上げたのだ。


「一体昔に……稀代の天才魔術師と何があったのかな」


『あ〜そうだな。一旦合流した時に教えてやるか。とりあえずグランに連絡を付けといてくれ』


「わかった」


 一先ず会話を終えたフレイルは、続けてグランへと連絡を取る。

 今回の任務では、未だに何の仕事もしていない男なのだが、彼は思い他すぐに電話には応じた。


『何だ?』


「何だじゃ無い。何処に居る」


『お?今か?今はなあ……あっ、マスター。ライスのおかわりを貰ってもいいか?あぁ、そうだ。今はラーメンを食いに来ている』


「……は?」


 グランは、電話越しにラーメンを啜る音を響かせながら、自分のペースで適当な会話をして行く。


『いやあ、日本のラーメンが一番美味い。コンビニエンスストアで買ったインスタントの物も中々だ。其処はやはり流石と言ったところか……』


「待て待て。俺が言葉を溢した意味は、何で仕事をせずに腹拵えをしているのかって事だ」


『ん?見つかんなかったからなあ。焦っても仕方ないだろ?』


 グランの相変わらずなマイペースさに、フレイルは無表情のまま溜息を溢した。

 グランはつい最近勧誘された男であり、今回の任務が魔術師狩りでの初めての仕事であった。

 だと言うのに、顔合わせの時点で20分の遅刻。常に自分の直感のみで生きている人間の為、コロコロとやりたい事が変遷するのだ。

 今回の任務中に腹拵えも、彼のマイペースさがよく現れていると言っていいだろう。


 そんなグランは、ラーメンを食べ終わったのか、啜る音は消え、代わりに汁とライスを口に含んだ声で言葉を続けた。


『まあ、後で合流しよう。ん、そういえばこの電話は何の目的で掛かられたのかね』


「……合流用だよ」


『そんな事だと思ったわ!!!腹が満たされ次第、そちらに参るぞ』


 若干日本文化に侵略されつつある言葉遣いに、フレイルは小さく溜息を吐いて携帯の電話を切った。


 ────どうしてあんな奴がスカウトされたのかわからないな。


 グランに対しての愚痴を心中で溢しながら、二人に共有する為の集合場所をスマホで設定する。

 そんな最中だった────


「……殺気を飛ばし過ぎじゃない?」


 フレイルはスマホに目を向けながら、公園内に足を踏み入れた一人の人物にそう言い放った。

 『人物』とは言え、その相手は些か妙な恰好をしていた。

 全身を黒いコートで覆っており、顔には何より特徴的なペストマスクを付けているのだ。

 鳥人間という印象すら受けるペストマスクからは、呼吸をするたびに空気がスー、スー、という音が一定のリズムで漏れている。

 フレイルとはまた違った方向で不気味な相手は、一歩、また一歩とフレイルに近付いて行く。


 ────協会の者か……いや、雰囲気が妙だな。


「何者?」


 フレイルは場所の設定を終えると、スマホをポケットに仕舞い相手を見つめる。

 するとペストマスクは、3メートル程離れた所で一旦止まり、フレイルの質問に答える訳ではない言葉を吐いた。


「八代木は何処だ」


 マスク越しの声だからか、相手の声はかなり篭っており、若干聞き取り辛い印象を受ける。

 しかし、フレイルはしっかりとペストマスクが吐いた短いセリフを聞いており、しっかりと質問に答えた。


「僕もこれから見つけに行くけど」


「……そうか」


 フレイルの返事を聞いたペストマスクは、白い手袋に包まれた腕を黒コートのポケットに入れ、言葉を続けた。


「ならば敵か」


「……!」


 ペストマスクがポケットから取り出したのは────妙な刀だった。

 二つに折り畳まれ、持ち手が存在せず、全てが刀身で出来たその武器を上手く両手に持ち、ペストマスクはフレイルにその武器を構える。

 フレイルはすぐに遊具から立ち上がり、相手の武器をかわそうと集中力を一瞬で高める。

 しかし────


「追え、太纒アポロン


 ペストマスクが投げた武器は、躱そうとしたフレイルの身体を足を持った蛇のように追いかけ始める────公園内に似つかわしくない黒い血が舞った。


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