21話 どう冷ます


 男が地面から呼び起こした剣を見た『巡礼者ピルグリム』達は、瞬時に冷たい汗を身体に滴らせた。


「まさか、このレベルの魔術師とはな」


 クロースが眉を細めながら男の剣を見つめ、やや焦るような声色で小さく言葉を溢した。

 男が呼び起こした剣は『禍々しい』という言葉を体現したかのような見た目をしており、黒を基調した刀身に、奇妙に揺れ動く赤い炎が灯されていた。

 何より不気味なのが、その炎がまるで神話に出てくるような龍の怪物の見た目をしている所だろうか。

 等身の何倍もデカく燃え上がる炎は、ほんの少しの所作だけでここら一帯を焼き払ってしまうのではないか?と思わせる程の存在感があった。


「さぁ、俺の熱をどう冷ます」


 男はそう言うと、剣を大きく空へと振り上げ、今にも振り下ろそうと腕に神経を集中させる。


「ヴェル!私と共に来い!」


 クロースはすぐさま相手の攻撃を防ぐ為に防御体制を取る。

 胸ポケットから白い手袋を出し、それを身につけるとクロースは自身の魔力を瞬時に解放し、男の狂気を止める為の手を打つ。


「ヴェル!私が奴を止めている間に拘束を掛けろ!」


「合点承知の助!」


 ヴェルはバケットハットを抑えながら、男になるべく近付き、魔術の範囲内に移動して行く。


「良いのか、近付いて?塵になるぞ」


「クロースさんの魔術なら、そんな心配無用なんすよ」


 クロースはヴェルの背後で男に対して手をかざすと、白い手袋からクロースの体の何倍も大きな魔術陣が出現した。


「両方焼き尽くせ!」


 そんなクロースとヴェルに対して男は、とうとうその刀身を振り下ろす。

 焔が火花を散らし、辺りに焦げた匂いを充満させながら商店街を焼き払う様は、まさに地獄の炎と言っても差し支えは無かった。

 そんな炎をクロースは真正面から迎え撃つ。

 クロースが出現させた陣に触れた炎は────突如として空へと舞い上がって行くではないか。


 ────俺の炎を制御するか!


 男はクロースの魔術を見た瞬間、これまでで一番と言って良い程に狂気的な笑みを浮かべて叫ぶ。


「流石は協会屈指の防御魔術をお持ちで!」


「饒舌な奴よ。舌を噛むぞ」


 自ら矢面に立ったクロースは、見事に男の炎の大半を宙に巻き上げ、その被害を最小限に抑えてみせた。

 辺りの一般市民は何が起こっているのかと、先程から腰を抜かして今のやり取りを見ている。

 さらには商店街の外からも、舞い上がった炎を見た事により、横浜にパニックは拡大しつつあった。

 後に様々な都市伝説として、横浜でその炎は語られる事となるのだが、それはまた別の話である────


「行け、ヴェル」


 クロースが開いた道を、ヴェルは一直線に進んで行く。

 ヒビ割れた地盤を軽快なステップで飛び越えながら、腰から自身で耐久性を改造したサバイバルナイフを取り出し、男の首元へと迫って行く。


「何だ、近距離戦か」


 男のすぐ側まで近付いたヴェルは、グッと腰を下ろし、男の予想外の場所へとナイフを突き立てる。

 それは────


「ほいと」


 ヴェルは男のにナイフを突き立てたのだ。

 そのままヴェルは男から離れ、クロースの近く、即ち安全地帯へと戻って行く。


「何の真似だ?」


 近距離戦闘を期待していた男からすると、些か拍子抜けとなったヴェルの行動は、男の顔を明らかに不機嫌な物へと変えた。

 そんな男の顔を見たヴェルは、高らかに笑いながら言葉を返す。


「そのナイフには俺の魔力が込められてんのさ。さっきの範囲系と違って君の影を縛ったんだからもう動く事は難しいんじゃない?」


 ヴェルの言う通り、男は身体を動かそうとするとその動きがピタリと止まってしまい、文字通り身動きが取れない状態になってしまっていた。

 クロース達からすれば、今の男は恰好の的だろう。

 だと言うのに、男は顔色に焦りを一瞬すら見せずに魔力を段々と高めて行く。


「たかがナイフ一本で俺を抑えられると勘違いしてるのが何とも言えねえぜ」


 男が魔力を上げる度に商店街の温度は上昇して行き、辺りはサウナのような暑さに変化しつつあった。


「ねぇ、俺のナイフが刺さってる以上魔力の解放もあんなに出来るわけないんだけど???」


 ヴェルは自嘲気味に引き攣った笑いを思わずしてしまう。

 並みの魔術師ならば、この時点で勝負はついている。

 だと言うのに目の前の男は、一切動揺した素振りも見せずに、当たり前の様に対処をして来る。


「無尽蔵の魔力量。魔術師殺しNo.3、レクサス。噂通りですね」


 一般市民の誘導の為に散っていたハルディアが、クロースの元へ戻ると、目の前の男に対してそう呟いた。


「奴があのレクサスか」


「えぇ、ここ最近息を潜めていたと思ったら……厄介な件で会うことになりましたね」


 『巡礼者ピルグリム』が話してる間にも、レクサスは辺りの温度を上昇させ、周りの環境をガラリと変えて行く。

 そして遂には────


「取り敢えず抜こうぜ、これ」


 レクサスの持つ剣から出ている炎がヴェルのナイフに触れた瞬間、炎がまるで意思を持った生物の様にナイフを掴み、地面から抜いた後に適当な場所にナイフを捨てたではないか。

 そのまま炎はレクサスの辺りを包み込み、火力を自由自在に増して行く。


「魔剣かアレは」


「……今この場でこれ以上暴れられるのは不味いな」


 クロースは辺りを見渡し、とある確認をする。


「マキアは対象の保護が出来たか」


 『巡礼者ピルグリム』の目標はレクサスを倒す事では無い。

 あくまでも目標は八代木 凪を保護する事である。

 マキアの当初の目標は、最初からクロース達が気を引いている間に凪を保護する事であった。

 そうして今、クロースは凪が居たコロッケ屋に目をやると、そこには誰も居ない。


 ────引き時だな。


 クロースは再び手袋を嵌め直すと、地面にその掌を置き、魔力を辺りに充満させる。


「ここから去る前にやらなきゃ行けない事を増やしよって」


 先程クロースが作り出した魔術陣が商店街を囲うように現れる。

 陣を見たレクサスは、さらに火力を上げてクロースの陣へ炎を放つ。


「防げねえ程の火力をくれてやるよ」


「舐めるなよ。守る為の魔術」


 レクサスが放った炎は、クロースの陣に弾かれるのでは無く────吸収されて行く。


「あぁ!?性質が違うのかよ」


「これ以上暴れるのは勘弁してもらうぞ」


 クロースの陣は炎を吸う度に小さくなって行き、レクサスの炎を真っ向から受け止めた陣に関しては消滅すらしているが、まだまだクロースの生み出した陣は何個も存在している。

 そしてその陣が数を減らす度に辺りの温度は上昇を止め、寧ろ低下して行く。


「やってくれてんなあ」


「良し、行くぞ」


 クロースはある程度炎を抑えたところで、ハルディアに触れた。

 ヴェルもまたハルディアの身体の一部に触れており、これからハルディアを中心に何かをするのは明確であった。


「じゃあ、飛びますよ」


 ハルディアが魔力を充満させた瞬間、その姿が


「空間転送か」


 『巡礼者ピルグリム』と凪が消えた商店街でレクサスは、剣を手元から消し、適当に自身の腕で壊した商店街を歩き始める。

 逃げ遅れた市民達がレクサスを見て腰を引き気味にしているが、レクサスは特に興味を示す事なく、ある方向を見ながら一言呟く。


「やっぱり。八代木」


 レクサスが見つめた方向────そこは、先程まで夕がフレイルと戦っていた場所であった。


「……ハハッ!過去と現代いまが交錯してる気分だぜ」


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