19話 力になりたいだけなのに
不死者。それはこの世の
どんな傷を負おうと、どんな病に倒れようとも、最後は何事も無かったかのようになってしまう人間。
何故不死者が生まれたのか。何故不死者が生きていけるのか。それはまだ解明すらもされていないが、確かに彼等は今という瞬間を生きている。もう何十年、何百年も────
そして、夕も確かにその不死者の一人だった。
先程フレイルから受けた額の傷は完全に消えており、右手の傷も徐々に塞がりつつある。
地面に霧散した夕の血液は、まるで逆再生のビデオのように重力を無視して腕に戻って行き、夕の腕に血色を取り戻させて行く。
腹部を切られたフレイルはその光景を見て、一つの疑問が生じる。
────何故さっきの額の傷はすぐに塞がらなかった?
自身がナイフで付けた傷は数分間はそのままだった。
だというのに今しがた破壊した手の傷は数秒で治っている。
「どうしてこっちは傷の治りが早いんだって顔してるな。いくら無表情と言え、顔に滲み出る汗から読み取れるぜ」
「生意気な……」
フレイルは煽りに乗るような形で、不機嫌任せにナイフを振るうが、夕はそれを簡単にバックステップで躱し、再び深い雪の中に消えて行った。
「アンタは額の傷を見て俺が不死者じゃないって仮説を立てた筈だ。本当に不死者ならすぐに治るってな」
銀世界の中から聞こえる夕の声に、フレイルは僅かに眉を顰めて言葉を返した。
「……治療を調節できる訳か」
「その通り。痛いからあんましやりたくないけどな?まぁ、それがアンタの隙に繋がるなら安いもんさ」
夕は雪の中で完全に自身の傷が癒えた事を確認すると、フレイルがあるであろう場所に再度語りかける。
「さぁ、真剣勝負と行こうぜ」
「今度は完全に破壊するぞ」
「やれるもんならな!」
そうして、夕は雪の中を駆け出す。
フレイルは夕の位置がやはり察知できない為か、これまで以上に周囲の気配に感覚を研ぎ澄ます。
────さあ、何処から来るか。
フレイルは雪の中を慎重に見定め、夕の一手を考察する。
しかし、夕はフレイルに追撃を加えようなどとという考えはとうに捨てていた。
夕は今────
「ほら、行くぞ」
「……夕?」
雪の中で一人座り込んでいた椿の元に居た。
夕は銀世界を作り出した瞬間からこれが狙いだった。
抗戦する気を見せた後に椿を安全地帯へと連れて行く。
フレイルとここでやり合うなど最初からプランに入っていなかったのだ。
「逃げるんだよ。立て」
「……
夕は椿の質問に対し、バツが悪そうな顔をしながら目を逸らし、一先ず椿の手を握り駆け出した。
「ねえ!夕!」
「後で話す。今はとりあえずアイツから離れねえと」
そうして夕と椿は公園を後にした。
公園を出ると、辺りには急に人が見え始め、先程までの無人状態が嘘のように見えた。
とりあえず夕はフレイルから距離を取るために、人混みのある場所へと向かう。
人混みの中だと逆に見つかり辛く、見つかったとしてもすぐに攻撃は仕掛けられないだろう。木の葉を隠すなら森の中と言う言葉に習って、夕はただひたすらに走る────
そうしてしばらく走り、路地裏に入ったタイミングで、椿は夕の手を無理矢理解いて一歩足を引いた。
「待ってよ……!説明しなきゃわかんないよ……」
「……」
椿の不安そうな顔を見た夕は、ここで説明すべきかどうかの判断に悩む。
もし椿がこれ以上自分の事を知ってしまうとなれば、フレイルの様な人間に自分を釣る為の餌として誘拐されないだろうか?
それに────自身の事を、拒絶しないだろうか。
そんな不安が夕の中で渦巻いていた。
「……話すべきじゃない」
「どうして……?」
「どうしてもだ」
「理由になってないよ」
「理由が話せないから仕方ないだろ」
「仕方なくないよ!なんで隠すの!」
「お前が……!」
二人の会話は徐々に声量を増していくかのように見えたが、夕はある言葉を発しようとした所で、言葉を詰まらせた。
「……これ以上、巻き込む訳には行かないんだよ」
「……夕の馬鹿」
椿は、夕が顔を伏せながら紡いだ返答に、小さく文句を溢すと、夕に踵を返して路地裏を一人で歩き出した。
「おい!」
「来ないでよ!」
夕がすぐに椿の後ろを追おうとしたが、椿はそんな夕を拒絶した。
路地裏には今にも消えそうな夕日だけが差し込んでおり、もう数分したら完全な闇に包まれるだろ。
そんな僅かに顔を出す夕日を椿は目を捉えながら、言葉を続ける。
「私は……夕の力になりたいだけなのに」
椿は言葉を言い終えると路地裏を走り出し、あっという間に夕の視界からその姿を消してしまった。
しかし夕はその後ろ姿を追う事は出来なかった。
────これでいい。この方が……
そう自分に言い聞かせて、夕は商店街に向かう事にした。
一先ず姉である凪と合流して、今何が起こっているのか情報共有がしたい。
敵は何なのか、狙いは何なのか。
それを知る為に、夕は商店街へと駆け出す。
商店街でもまた、魔術師による事件が起きている事など知る由もなく────
× ×
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