17話 残念だったな


「クソッ……何だってんだよ……」


 同時刻。商店街から少し離れた住宅街に位置する一般的な公園にて、明らかに事件と言っても良いような光景が展開されていた。

 それは、一人の少年が頭から血をダラダラと滴らせながら、遊具に腰を掛けていたのだ。

 そんな少年の目の前には一人の外国人。

 彼の手にはサバイバルナイフのような物が握られており、一目で少年────八代木 夕に怪我を負わせたのはこの人物だと特定できる。


「ちょっと!もうやめてよ!お願いだから……!」


 住宅街に響き渡る様に叫ばれた、夕の同級生である椿の声に外国人は無機質な顔を携えながら反応した。


「この子に恨みはないけど、指令なら仕方ないよね」


 外国人の名はフレイル。魔術師狩りの一人であった。

 特徴的なのは何よりその無機質さだろうか。

 黒い髪に、顔は常に無表情。更に言うならば、表情筋がもはや存在して無いのではと錯覚させる程に、フレイルは表情の変化が乏しかった。

 だと言うのに、何の躊躇いもなく夕の頭部にナイフを突き立てた姿は、まるでサイコパスという言葉の語源となった人物なのではと錯覚させる。

 そんなフレイルは、相変わらずの表情で言葉を続ける。


「それにしても……不死者だと聞いていたからすぐに血が止まるかと思ったけどそうでも無いんのかな。それとも時間経過かな?」


 口元は最低限の動きのみの為、喋り方はややカタコトに聞こえる。

 そんなフレイルの言葉を聞いた椿は、額に冷や汗を滴らせながら疑問を口にする。


「不死者……?何を言ってるの?」


「何だ、知らないのか。目の前の男の子が僕達の世界では有名な魔術師と不死者の間に────っと」


 フレイルの言葉を無理矢理遮るように、夕はフレイルの顔面へ目掛けて回し蹴りを繰り出したが、その攻撃はいとも簡単にかわされてしまった。


「噂に聞くキレもない……少し残念だよ」


 次の瞬間。フレイルは右手の平を夕の腹部に押し当て、全体重を右手へと掛けながら言葉を吐く。


振動波ウェーブ


 すると、夕の身体の中に音響が響く様な激しい振動が伝わり、夕は思わず吐き気を催しながら、再び公園の遊具に吹き飛ばされてしまった。


「夕!」


 夕の痛ましい姿を見た椿は、思わず叫び声をあげる。

 ここで、椿はある疑問に気が付いた。


 ────何で……何で誰も助けに来ないの!?


 椿はフレイルと邂逅した時から、夕がダメージを受ける度に何度も叫び声を上げている。

 なのに辺りには人が来る所か、逆に人の影すら見えないではないか。

 携帯も先程から圏外となっている為、警察への連絡は出来ない。


 ────とにかく、アイツから逃げないと!


 椿がこの場から離れる為、夕の元へ駆け寄ろうとした瞬間だった────


振動波ウェーブ増大アンプリファー


「え!?うわっ!?」


 椿の足元が、まるで寄せては繰り返す波の様な形となり、椿は思わず体勢を崩した。


「あんまり動かないでよ。君を殺すのはあの男を極限まで追い詰めた後って決めてるんだ」


「何で……」


 相変わらずのカタコト言葉で語られるフレイルの狂気じみた言葉は、本心では何を考えているのかイマイチ掴めず、さらに不気味さを増して行く。

 そんなフレイルは、あっさりと何を考えているのかを曝け出し、ナイフを片手に夕の元へと再び戻って行く。


「だって、その方が彼の極限が見れるだろ?協会の一部では今尚語られる八代木 雪菜のせがれ。その魔術因子をこの目で見てみたいのさ」


「……下衆が」


 フレイルの狙いを聞いた夕は、その場から蹌踉よろけながらも立ち上がり、叱責の言葉を重ねる。


「俺はソイツに、ソイツの魔術がどうとか一ミリも興味ねえよ」


 夕はぐらつく視点の照準を確かにフレイルに合わせると、徐々に内から湧き上がる魔術因子を辺りに散漫させて行く。

 本人は、自分が魔術因子を撒き散らかしている事に気付いていない為、その場で空気が変わった事を感じたのはフレイルのみであった。


 ────来るか。


 明らかに夕の戦闘スイッチが入った。

 普段の不良を諌める時に入る様なスイッチなんかよりも断然深い、奥底のスイッチが────


「お前に一つ教えてやるよ」


「?」


 夕は右手の中指をフレイルに立てながら、最後の言葉を放つ。


「どうして俺が反撃しなかったのか。それは姉ちゃんと人には魔術を使わないって約束してたからな。でも、人を守る時は別って特例があんだよ。残念だったな」


 夕は中指を立てていた右手の平を地面に向け、自分でも制御できていない魔術因子を取り敢えず右手に集中させた。

 すると────


「お前の負けだよ」


 夕の掌から突如として、日本刀の様なものが生え始めたではないか。


「何が起きてるの……?」


 夕の手から刀が出てくる所を見た椿は、驚きのあまりその場に膝をついてしまった。

 一方フレイルは、ようやく夕の本気が見られるという事から、自身も魔術の濃度の数段上げていた。


「行くぞ────」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る