16話 協会の犬共


 数分前────


「凪ちゃん!コロッケ出してきて!」


「あっ、はい!」


 商店街の一角に位置するコロッケ屋────藤野屋。それが凪のバイト先だった。

 昔馴染みの味としてリピーターも多く、テレビで何度も紹介された効果か、著名人も度々訪れる為、今や商店街になくてはならない顔のような存在の店だ。

 凪は幼い頃から藤野屋の店主であるお爺さんとお婆さんの夫婦に気に入られており、よくコロッケをサービスして貰っていた。

 金銭面に苦しむ凪とその弟の姿を見て、二人は姉弟の事を放って置けなかったのだろう。

 高校に入ってからは普段なら絶対に取らない高校生アルバイトとして凪を店側から勧誘し、今は時給1500円+賄い有りという高校生にとっては最高の労働環境の中、凪を働かせている。

 凪は最初の頃はずっと迷惑かけている事に申し訳無さそうな顔をしていたが、店主から「俺達は凪ちゃんの愛想の良さとか諸々を見て採用したいって決めてんだ。働いてくれるこっちが感謝を言いたいくらいなんだから」と言われ続けた結果、まだ多少の申し訳なさはあるものの、働かせて貰っている以上迷惑を掛けるわけにはいかないと、持ち前の人当たりの良さを使って接客を続けていた。


 そんな店は今、絶賛忙しい時間帯に突入していた。

 晩御飯のおかずに迷った主婦や、つまみとして購入して行くサラリーマン、又は買い食い用として寄ってくる部活帰りの高校生達。

 様々な人々が間髪入れずに藤野屋でコロッケを買って行く為、かなり体力は持って行かれる。

 しかし凪は決して笑顔を絶やす事はなく、店主の一人であるお婆さんと共に接客を続ける。

 仕事を始めた最初こそ疲労が溜まっていたが、半年も続けると流石に身体が慣れ始め、最近は特に疲れた顔を晒す事は無くなっていた。


「凪ちゃん!ちょっと後ろから袋持ってくるから一人で回せるかい?」


「はい!大丈夫です!」


 コロッケを包む袋が切れた為、お婆さんは凪に裏に行く事を告げると、足早にレジから離れてしまった。

 とは言えいつも同じような事が起きている為、凪は特段焦るような事はない。

 いつも通りに接客をして商品を売る。常に笑顔を絶やさず、お客達に好印象を与え続けながら────



「ここの店で一番のオススメは?」


 凪が客を捌いていた中、一人の男がそう尋ねた。

 年は30〜40代と言った所だろうか。青い目と、短く刈り上げられた金髪の髪。そして日本人ではまず見れない特徴的な輪郭は一目で相手が外国人だと言う事を認識させる。


「えと……カボチャコロッケです」


 男のひと回りデカイ図体と、突然の質問に凪は一瞬言葉を忘れたが、すぐさま仕事のスイッチを切り替えて質問に答えた。

 しかし、次に男が放った一言でそのスイッチは再び強制的に切られる事となるのだが────


「それを食えば────になれるか?」


 ────ッ!?


 その一言だけで、凪を大きく動揺させるのは容易かった。

 凪の反応を見た男は、カウンターに肘を置き、クツクツと煮え滾る様な笑みを携えながら言葉を吐く。


「その反応じゃビンゴだな。まあ、お前は母親の顔に良く似てるしら髪は父親譲りだからすぐにわかったけどな」


「……どうして、母と父を知ってるんですか……」


 今にも消えてしまいそうなか細い声で紡がれた質問に対して男は、さらに不気味な笑みを浮かべながら言葉を返す。


「知りてえか?ならあんまり抵抗せずに俺に────」


 男が最後まで言葉を言う前に、パシリという音と共に、後頭部に小さな衝撃が響いた。

 男にはさしてダメージが入っていないのか、特に顔色も変えずに、相変わらず不気味な笑みを携えたまま振り返った。

 するとそこには、店の箒を構えた店主のお婆さんが立っていた。


「うちの看板娘に手出しなんてさせるわけないだろ!警察呼ぶよ!」


「ぷっ……ハッハハハ!!!この化物が看板娘か!?随分と上手くやってるみたいだなぁ!八代木の娘!」


 男は一際デカイ笑い声を上げると、店主から箒を取り上げ、店主とは違う持ち手の部分で凪を襲う。

 横から振られた木の棒は、確かな威力を携えており、カウンター越しの凪の身体を簡単に吹き飛ばした。

 凪は咄嗟に腕で身を守っていた為、そこまで大きなダメージは無かったが、何やら精神的なダメージもあるようで、その場からは少し動けない状態となってしまった。


「箒を武器にするんなら持ち手側で殴れよ婆さん?」


「アンタ!」


 辺りがざわつき始め、野次馬が店の周りに集まり始めたタイミングだった。

 男の後頭部に、銃を構える機械的な音が鳴った。

 並んでいた客達は、既に男から円を描くように離れており、辺りには誰も居なかった。しかしそんなスペースに突如として、その四人は現れた。


「あまり好き勝手な真似はするなよ。魔術師狩り」


 男を囲うように四人はそれぞれの配置に付いており、後頭部に銃を構えている黒スーツの男以外は、何やら腕をかざしていた。

 側から見るとかなり変人に見えるが、その腕を翳す動作で男はすぐさま後頭部に銃を突き付けているのが魔術協会の人間だと気付くと、口元にさらに強い笑みを浮かべて言葉を返す。


「来たな。協会の犬共!」


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