14話 始めましょうや


 数日後。午前2時45分、魔術協会本部のとある地下室にて────



「そんじゃ、初めましょうや」


 片腕で己の武器であるレンチを遊ばせながら、レクサスは顔をわざとらしく歪ませた。

 そんなレクサスの横にいた同僚が、横で自身の武器の手入れをしながらある質問をした。


「にしてもよく協会に潜入出来ましたね。驚きましたよ」


 仕事仲間であるマークの疑問に対して、レクサスは大袈裟に両腕を広げながら楽し気に答えた。


「魔術協会も案外腐ってるって訳さ。厳重な結界をサラッとスルーさせてくれる事なんて味方ですら無いんだぜ?上層部のお坊ちゃんは本当に困った問題児さ」


 レクサスの言う通り、魔術協会は四重の結界で囲われており、一般人はその協会を目視することすら出来ない。

 故に協会は、イギリスからの地図には映らない事から『幻の要塞』と言われている。

 さらには魔術師がそれを目視したところで、厳重な結界に阻まれ入る事はまず叶わない。

 数百年の歴史で外部からの直接的な侵入を許した事は未だに一度も無いのだ。

 しかし今回は訳が違う。

 アルフレッドが自身の部下を検問役として入り口に配置することにより、レクサスとマークの侵入をいとも簡単に許したのだった。

 一度安全と視認され、結界内に入ってしまえば彼らが魔術師狩りの人間と察知される可能性は極めて低い。

 ある種、結界の穴を利用したのだ。


「まあ、人生で一度あるか無いかの貴重な経験だ。思う存分楽しませて貰おうじゃねえの」


 レクサスはレンチの先を月夜に照らされる塔の頂上に向けながら、狂気的な言葉を最後に紡ぐ。


「死にたがりなら────ちゃんと俺が殺してやるよ」


 ×                    ×


 協会校舎内。その通路────


「こんな時間に何処行くつもりだよ」


「まあまあ、そう言わずにさ!これも青春の一ページだろ?」


 雪菜とアルドが声を極力殺しながら、協会の校舎通路を進んでいた。

 協会の校舎は完全に電気が落ちており、辺りは月明かりが照らす僅かな光しか存在しかない中を、雪菜は率先して歩いて行く。

 アルドは雪菜に比べると嫌々と言った雰囲気を感じる顔をしており、先程から何か文句をぶつけていた。


「一人で行けばいいじゃないか」


「迷子になったら困るじゃん!」


「昼間に何回か行ってるんだから迷子にはならないだろ」


 アルドの意見に雪菜は何処かバツの悪いような表情を浮かべると、オーバーなリアクションを取りながらアルドの肩に無理矢理手を置いた。


「そう言うなよ!俺たち親友だろ!?な!?」


「……お前、一人で行けないだけじゃ無いのか?」


 アルドから再び投げられた鋭い意見に対し、雪菜は一瞬ビクリとわかりやすい反応を示すと、特にその意見には答える訳でもなく一方的に言葉を続け始めた。


「さあ!とりあえず今日こそ名前を聞くぞ!なんて言うのかなあの娘の名前!」


 斯くして、運命に翻弄されるかのようにメアリーが居る塔に歯車達が集まる事もなる。

 そして、この夜がメアリーと雪菜にとってのターニングポイントになる事を二人はまだ誰も知らない────


 ×                    ×

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