11話 メアリー・リスラム


 その少女は死にたがっていた。

 理由はわからないが────数えるに自殺未遂は726回。薬物、首吊り、飛び降りなど様々な自殺経験を重ねているが、その命の灯火は消えず。

 故に彼女の『死にたい』という思いは日々強まって行く。


 メアリー・リスラム。それが彼女の名前だった。

 魔術協会に入ったのは8年前。見た目的な歳は20歳程だろうか。

 しかし彼女の実年齢はそんな予想を大きく上回っていた。

 128。不老不死の薬でも使っているのかと疑問に思うかも知れないが、彼女はそんな薬を使わずとも不死の身体を手に入れていた。


 ある日突然だった。メアリーの身体は不死の身体となったのだ。

 理由などわからない。

 どんな怪我を負っても、どんな疾病に罹ろうとも身体は最終的には元通りに再生する。

 また歳を取る事も無く、その外見に一切の変化はない。

 それが不死者の特徴である。


 常人からしたら不死という身体は実に羨ましく、この世の貴族達はこぞって手に入れたくなるものだろう。

 しかし不死者であるメアリーからしたら、この身体は不自由でどうしようもないものだった。

 幼い頃に死んでしまいたいと強く願った少女は死なずの身体に。

 されど死にたく無いと思った者の手に不死は渡らず────

 メアリーはそんな世界を心底恨んでいたとも言える。


 そんなメアリーは8年前、薬学を学ぶ為に協会の門を叩いた。

 かつて不死者として知り合いであったもいたという場所に些か興味が湧いたのだった。また、薬学により死ぬ為の手段を模索できるというのもある。

 既に6年の学業を終え、一般の生徒なら各々が決めた進路で活躍している筈なのだが、メアリーは何処かに所属する訳でも無く、魔術協会に居座っていた。

 理由としては何処かに行く気を無いからである。

 既に100年以上生きてきた彼女にとって世界とは実に退屈な物である。

 様々な物を見て、様々な物に触れて来た。

 そんな彼女にとって、今更何かに取り組むというモチベーションはもう無かったのだ。


 故に学内の中でも二人しかいない、自分が不死者だと知っているフロッグという男に頼み込み、今は協会で使われなくなった施設を使って寝泊まりをしているのだ。

 日々協会で学んだ薬学を活かし、不老不死を殺し得る薬物を試行錯誤で作りながら────


 そんな研究が行われている部屋に一人の男が顔を出した。


「相変わらず暗くて寒い部屋じゃな」


 容姿は60代程の男性で、声はかなり渋めの役者声と言った所だろうか。

 また、男はフロッグとは正反対に髭が一切生えておらず、毎日髭はしっかりと整えられている。そこも特徴と言えるだろうか。

 男はメアリーが住んでいる塔の管理職をしている者だった。

 メアリーが住んでいる塔は昔、図書館として利用されていたのだ。男はその時に本の管理をしている者だった。

 協会から図書館を移転すると言う話が出てから、着々と本の移転作業が始まり、全て終わったというタイミングで突如フロッグから「その塔は撤去するな」という命令が下され、男はその命令が言い渡された時にフロッグからある頼みを聞いていた。


『出来れば君だけにはここにいて欲しい』


 最初は何の為に?と疑問に思っていたが、協会の最高峰に位置する魔術師の頼みを断ることも出来ず、残り僅かな本を整理している所にメアリーが現れた。

 それが二人の出会いだった。


 フロッグは男に「今日から塔の上の階にこの子を住まわせてやってくれないか。人目のつかない所にこの子を置いてやりたくてな」と伝えると、メアリーは男に挨拶もせずに上の階へと走っていった。

 男はそんなメアリーを見て思わず「何で俺が!?」と疑問を呈した。

 その時にフロッグから理由を悲しげな顔で話した時の事を男は忘れた日は無いという。

 彼女の正体が何なのか、そして彼女が抱えている問題が何なのか。

 それを知った日から男は嫌味など一切溢さずに、塔の上に住むメアリーの事を見守っていた。

 そう、男はメアリーが不死者だと知っているもう一人の人物なのである。


 そんな男が部屋に入るなり呟いた言葉に対して、メアリーは手元の薬品から目を離さないまま言葉を返した。


「薬品を保管するなら部屋は低温に。そして中には光に反応する薬品もあるから電気なんて付けることはできないもの」


「危険な薬物だらけじゃな」


「死にたがりだから。仕方ないでしょ?」


「それはわかっているが、ここは元々ワシの図書館だったのよなぁ……」


 男はメアリーと適当な雑談を交わすと、部屋に入った用を済ます為にポケットから手紙を取り出し、適当な机の上に置いた。


「要らぬとは思うが一応持って来たぞ。例の上層部からの手紙じゃ。」


「そのまま置いておいて。後で捨てるから」


「後、さっき学生がお前に用があると来ていたが、知らん顔だったので突き返しておいたが良かったか?」


「……身に覚えはない。バード家関連なら尚更突き返して正解だ」


 メアリーは二年前から上層部のとある人物に目を付けられていた。

 名をアルフレッド・バード。所謂貴族の一家の御子息だった。

 魔術協会は三柱呼ばれている天才魔術師に基本的には支えられている。

 しかし彼らは魔術協会を作った人間では無いのだ。


 魔術協会を作ったのは六人の魔術師。約四百年前に当時の天才魔術師達が手を取り合って作られたと言われている。

 後に彼らは魔術協会で最も地位の高い位に着き、今では上層部と呼ばれている。

 とは言え今の上層部には最初期に居た魔術師の家系は二つしか残っておらず、残り四つは金で成り上がった貴族達がその地位に居座っている。


 バード家は金で成り上がった貴族の家系の一人であり、アルフレッドは十八歳という若さでありながら金で得た権力を思う存分酷使していた。

 その一つがメアリーの勧誘だった。

 アルフレッドは前々から何故かメアリーに目を付けており、一週間に一度は「俺の家に仕えないか?」と手紙が来ていた。

 勿論メアリーにそんな気は毛頭ない為、毎回ゴミ箱に捨てられているのだが、もうそんなやり取りが始まって二年が経とうとしている。

 流石にメアリーもストレスが溜まって来たのか、最近は手紙を読むことすら無くなって来ている。


「どうせ読まないんだから手紙なんてわざわざ運ばなくても良いと言うのに」


「ワシの手で捨てた時、もし上層部の輩が何処かで見てたらどうする?ワシの首は飛ぶぞ」


「長生きしても良い事など無い。そろそろ死んでも良いんじゃない?」


「馬鹿言え。まだ孫の成長を楽しみたい」


「ふっ、そうか」


 メアリーは子供の話など自分に縁が無いと思ったのか、適当な相槌を打って話を終わらせた。

 気付けば男も部屋から出て行っており、部屋は再び静寂に支配されていた。


「はぁ……もう薬物もマンネリだな」


 メアリーは手元の資料を見て疲れを露わにすると、気分転換で塔の窓際に歩み寄った。

 塔の上からは魔術協会が有する荘厳な本部と、その脇に立つ校舎が一望出来る。

 メアリーはよく思考が詰まると、そんな光景を見て思考をリセットしているのだ。

 しかし、今日はそんな光景に異様が映り込んでいた。


「あ!?アンタが死にたがりの姫ってやつか!?」


「……え?」


 明らかに窓の外から声がした。

 しかしこんな筈が無いのだ。

 窓は地面から約400メートルは離れている。

 そんな場所に声な出せる筈が────


「よっ!元気?」


 メアリーが疑問に頭を埋め尽くされている中、その男は窓枠に手をひょいと顔を出した。

 すると顔の次には胴体を出し、勝手にメアリーの部屋に窓から入ろうとして来るでは無いか。


「は!?」


 あまりに訳の分からない光景だった為、暫しメアリーの思考が止まっていたが、急いで入って来ようとする男を止めようと薬品を手にした。


「止まりなさい!じゃないとこの薬品を投げるわ」


「あぁ!?それはごめん!じゃあ外に出ようか」


 そういうと男は窓際から外に身体を戻した。

 男は何やら魔術で作り出した足場のような物に適当に座ると、窓越しにぺちゃくちゃと話を始めた。


「俺は八代木 雪菜!今年この協会に入ったんだ。友達からアンタの噂を聞いて会いに来た!」


「……どういうつもりか知らないが、帰れ」


「えぇ!?正面からは断られたから塔にめちゃくちゃ体力使ったのに、もう帰れは流石に凹むよ!?」


「無駄な努力だったわね」


 ────そういえばさっき学生の一人がお前に用があるとか言われたけど……


 ────コイツだったのね……


 メアリーは先程掛けられた言葉を思い出すと、面倒臭そうに頭を抱えながら一つの質問を投げた。


「君は、バード家の遣いか?」


「バード家?何だそれ?」


 協会に属している魔術師なら全員知っている三柱の存在すらも知らない雪菜は、素で頭を傾げて逆にそれが誰なのかを聞いた。


 ────上層部の存在を知らないなんて事ある……?


 魔術師なら殆どが知っている存在を知らない────それが逆に雪菜を怪しく見せた。

 わざと知らないと言っている線も捨てきれない。

 その為、メアリーはそれ以上雪菜に質問をする事無く、無言で窓を閉めた。


「え!?ちょっとまだ君の名前も知らないのに!」


 雪菜が慌てて窓に手を触れた瞬間────メアリーは腰に携えていた薬品を窓枠に投げた。

 瓶に入っている薬品が窓に触れた直後、瓶が割れたことにより中の薬品が酸素と結合し化学反応を起こす。


 魔術というよりはただの化学ばけがくだが、威力は魔術と同じか、それ以上を誇る。

 薬品は酸素と結合した瞬間、突如煙状の物に変化を遂げ、窓枠の少しの隙間から雪菜の顔に流れて行く。


「何だこれ?」


 煙は少し経つと青色に変色を遂げ、段々と雪菜の周りを覆って行く。


「その煙。吸い過ぎ無い方が良いわよ。毒だから」


「!?」


 雪菜は急いで鼻を摘むが、時は既に遅く────


 ────何だこれ……目眩が……


 ほんの少し煙を吸っただけで雪菜の視界はぐにゃぐにゃと歪み始め、平衡機能が失われる。

 メアリーの投げた薬品には多量のアルコールが含まれており、ほんの少しでも経口吸入をした時点で頭がクラっとする作用があった。


「すぐに効果が切れるから運が良ければ助かるわよ。あっ、後二度とここに来ないでね」


 メアリーが窓枠から離れていく姿を見た雪菜は何とか窓枠に掴まろうとしたが、脳が酔っている状態の為上手く手が動かず、挙句には足場にしていた氷柱を踏み外して地上に自由落下を始めた。


 ────くそぉ……せめて名前ぐらい聞きたいよなあ……


 ────明日また来るかな!


 メアリーの話をまるで聞いていない雪菜は、勝手な事を思いながらも頬を叩いて酔いを覚ますと、手から作り出した氷柱を壁に突き刺して落下を止めた。


 ────さて……どう帰ったものか……


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