10話 死にたがりの姫


 魔術協会入学から約一ヶ月。

 雪菜とアルドは順調に自身の魔術スキルを磨いていた。

 魔術協会の教育部門は六年制となっており、卒業後の進路次第で三年時に学科選択をする事となっている。

 それまでは皆同じ魔術の基礎や応用学、歴史等を学び知識を付けていく事となっている。


 世界中から由緒正しき魔術師の家系が集まる事から、常にトップでいる事は難しいとされている。

 しかし雪菜とアルドはそんな中でも常にトップ2を維持し続けていた。

 入学後、順位が変わるのは半年に一度の実力試験のみ。

 しかし協会には一ヶ月に一度、実習の記録や小テストなどを参考に予想順位というものが配布されていた。

 協会としてはその順位を参考に今後の学習に役立ててくれと言った物だ。

 そんな予想順位を見た雪菜とアルドは校舎内で他愛もない会話を繰り広げていた。


「げっ、予想順位二位なんだが……」


「お前は歴史学辺りがてんでダメだからな。そこで引かれてるんだろ」


「うーむ……今の順位を維持するには勉強しなくちゃダメか……俺暗記苦手なんだよな〜!」


「前期のテストは量も普通で簡単な筈だ。それに、この協会が設立された歴史ぐらいは知っておいて損はないだろ」


「え、この量で普通なのか!?そういえば俺、この協会の学長?の名前すらわからないや」


 雪菜の返答にアルドは、何故こんな人間が魔術協会のトップを走っているのかと、小さく溜息を吐いて答えた。


「明確に学長とされている人はいない。その代わり三柱と呼ばれている人達が存在してな。それぞれが魔術世界に名を轟かせる最高位の存在だ」


「へぇ〜世界にはまだまだ俺の知らない事で満ち溢れてるな!」


 そんな他愛も無い会話を繰り広げていた二人だが、ふとその足が止まった。

 最初に止まったのはアルドの方で、それに釣られる形で雪菜も止まったのだった。

 「どうした?」と雪菜は首を傾げながらアルドに質問を投げると、アルドは校舎の窓から見える塔に向けていた目線を雪菜に戻して返答した。


「あれが三柱の一人、フロッグ・アーキネストだ」


 雪菜はアルドの返答を聞くと窓越しに身を乗り出し、校舎から僅かに離れた塔に目を向けた。


「どこら辺だ?」


「頂上から少し下の階だ。女性と一緒に歩いているあの白い髭が特徴的な人だ」


「お〜あれか!見た目がいかにも!って感じだな」


 フロッグ・アーキネストは帽子から靴まで全て黒系統の服で纏めており、その中でも異色を放つ白い髪と長い髭が特徴的な人物であった。

 常人の想像する魔術師を体現したかのような存在であり、確かに彼がこの協会の頂点に君臨していると言われても納得してしまう見た目をしていた。

 そんなフロッグを見た雪菜はとある疑問を抱いた。


「あの横にいる女の子は?」


 遠目なので詳しく相手を見る事は難しいが、黒く棚引く髪と、遠目でもわかる若々しい肌的に雪菜と同年代、もしくは少し上と言った年齢だろうか。

 時に頷いたり手を動かす仕草から、何やら少女はフロッグと会話をしているらしい。

 そんな少女に疑問を持った雪菜だが、横にいたアルドがすぐにあの少女が何者なのかを語り始めた。


「死にたがりの姫……何て言われてる。聞いた事ないか?」


「無いよ?」


「そうか。じゃあ軽く説明してやる。この協会の噂話だ。あの人は8年前に入校、無事卒業をしているが在籍当初から変人らしくてな。簡単に人を殺める薬の調合なんてのを毎日してたらしい。直接自殺をしようとした所は見られてはいないが、本人が『死にたい』と発言した事から死にたがり、なんて呼ばれてる」


「そんな人がなんでフロッグなんとかさんと?」


「そこまでは知らないが……あの人はこの協会内でフロッグさんとしか話さないらしい。それにあの塔は本来撤去予定だったんだが、彼女が住み着いてその話が消えたらしい。人一人で変えられる案件じゃないし、フロッグさんが撤去撤回の話に絡んでるって噂だ」


 やがて塔の窓から二人の姿が見えなくなると、アルドと雪菜も校舎内を再び歩き始めた。


「まあ、とにかく不思議な人って事だな。フロッグさんも何故あの人に付いているのか不明。謎ってやつだ」


「ふむふむなるほど……」


 雪菜は一連の噂話を聞いて、大袈裟に頷いた。

 そして次の瞬間、雪菜はアルドに深い溜息を吐かせる事を呟いた。


「なあ、俺あの子と話してみたい!」


 雪菜の言葉を聞いたアルドは、文字通り深い溜息を吐き、半ば呆れながら言葉を返す。


「今の話を聞いてなんで関わりたいなんて思いが芽生えるのか不思議で仕方ないよ。俺は関わらないから勝手にしろ」


「おう!良い話ありがとなアルド!」


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