2章 死にたがりの姫

9話 彼はいつか


 時は2022年から22年遡り2000年────


 あの日から、全てが始まったと言っても過言では無い。

 八代木 雪菜を語る上で避けては通れない年。それが始まりの2000年だった。


 雪菜は当時、日本人では珍しい魔術協会への進学者であった。

 魔術協会とは、世界に三つしか無い魔術師の為の学校の一つとなっており、毎年六十名程が入学をする。

 特に魔術協会は三つの学校の中でも、一際レベルが高いとされている為、入学者は最も多いとされている。

 そんな協会に、過去に何件か日本人で協会進学をした者は確かに存在した。

 しかし、として、ここ数年で日本人は殆ど協会に足を踏み入れる事はしていなかった。

 日本の魔術師達の中では、その人物のせいで日本人差別が酷くなったとされた為、我が子を協会に預けるぐらいならば自分の腕で魔術を継承させる。こう言った家系が多くなっていた時代だったのだ。

 しかし雪菜は差別など特に気にすることもなく、協会へと足を踏み入れた。

 そもそも雪菜の親は魔術師とは一切関係の無い一般人の為、魔術世界については知識が殆どなかったのも雪菜が協会に入学できた要因と言えるだろう。


 この世界における魔術は基本的に親の遺伝が基本と言われている。その為、突然魔術因子を有して生まれた雪菜は、実に特異的な人間と言える。

 かと言って雪菜の親は、雪菜を化物扱いせずに我が子を育てきって見せた。

 何度か魔術絡みの問題が起きたが、それでも雪菜を見放さず、正しい教養を叩き込んだのだった。


 そうして育った雪菜は協会に入学したその日から協会に名を刻む事になる片鱗を見せていた。

 当時から魔術協会の三柱の一人に数えられていたフロッグ・アーキネストは雪菜を見てこう語った。

 『彼はいつか、魔術協会の名を背負って立つ男になるかもしれない────』と。


 魔術協会には入学してから実力試験というものが存在する。

 大雑把に基礎魔術、応用魔術のレベルを測るものだ。

 基礎魔術は魔力の練る速度、また魔術の基本と言われている詠唱の練度。

 応用魔術は基礎魔術をどこまで実践向け、また自分の学びたい魔術学に応用できるかを試す試験である。


 常人ならば入学当初はどんな人間でも100点満点中70点が関の山だろうか。

 しかし雪菜は違った。

 圧倒的なセンス力と天才肌を遺憾なく発揮し、基礎魔術は独学だと言うのに98点。応用魔術は学科が決まっていなかった為、実践向けの応用のみになったが、それでも雪菜のセンスは一線を凌駕していた。


 雪菜の魔術因子は名前にも使われている『雪』であった。

 両親が雪菜を産んだ日、外は記録的寒波で大雪がその日だけ異様に降り続いていた事から『雪』という漢字を取ったのだと言う。

 後から発覚した事なのだが、その雪は雪菜の魔術因子が外の気象情報を狂わせた結果だと言う。



「おい、お前。どこの家系の相伝だ?」


「……ん?俺?」


 テストが終わった日の夜。

 雪菜はその日からすぐに寮が割り振られ、その指定の部屋に向かっている途中だった。

 部屋に向かう途中の通路に腕を組みながら立つ黒髪の男。年齢は大学生辺りと言った所だろうか。寮内にいると言うのに腰にはやけに荘厳な剣を構えており、雪菜の第一印象は「物騒な人だなぁ」と言ったものだった。

 側から見ると雪菜の髪は何故か生まれ付き白髪に近い銀髪の為、ここでは男の方が日本人だと思われても仕方がないだろうか。

 しかし、男の外国人に特有のハッキリとした骨格によって作られた美形顔がその印象を消し飛ばしていた。

 そんな男は相変わらず腕を組みながら険しい顔で言葉を続けた。


「お前以外に誰がいる。この通路には二人だけだぞ」


「それもそうか!で、何だっけ?家系?」


 雪菜の何処と無く飄々とした態度に対し、男は小さく溜息を吐きながら頷いた。


。うん。至って普通だ。魔術なんて使える両親じゃなかったよ」


「────は?」


 雪菜の回答に対し、男は口をポカンと開けてしまった。


 ────何を言ってるんだコイツは?


 雪菜の言っている事は魔術師の世界に置いては、確かにおかしな回答だった。

 魔術は遺伝が大半を占める。

 そんな中で雪菜は突然変異型という突発的な魔術回路を有してトップレベルの魔術師並みのポテンシャルを秘めているのだと言う。

 本来魔術は突然変異によって生まれた祖先が何年も紡いで進化させていく物だ。それだと言うのに雪菜は祖であるというのに、既にこのレベル────男が疑問を持つのは至極真っ当な事と言える。

 しかし雪菜はそんな自分の凄さに気付いていないという理由から、相変わらずの軽い態度で言葉を続ける。


「それ、さっき先生にも聞かれたんだけど、君は今その先生と同じ顔してるよ!面白いね!」


「……いや、待て。その話は嘘じゃないのか?両親が魔術回路を有していないのに、そのレベルは無理がないか?」


「証拠として一緒に日本に来てもいいよ?あっ、ついでに日本の茶でも嗜んで行く?」


 雪菜の屈託のない笑顔を見て、男は雪菜に裏表がない事をなんとなく察した。

 すると男は組んでいた腕を解き、そっと右手を前に差し出した。


「アルド・フェルエンノーズだ。俺の親は代々魔術師で、この協会の騎士団に所属してる。俺の目標はその組織でトップを取る事だが……今目標が一つ増えたよ」


 雪菜はアルドの手を取る前に、首を傾けてアルドの言うもう一つの目標を聞くことにする。


「お前を超える。代々受け継がれてきた伝統的な魔術回路がこの学校内で一番という事を証明する為にな」


 アルドの意見を聞いた雪菜は、口元を僅かに歪ませてその右手を取った。


「受けて立〜つ!俺は八代木。八代木 雪菜。雪菜でいいよ。ちなみに何で呼べば良い?」


「アルドで良い。明日からは多分同じレベルでスタートだから覚悟しろよ」


「ん?レベル?」


 アルドの言葉に疑問を抱いた雪菜は、再び首を傾げながらそれを口にした。


「何だ……知らないのか。実力試験の結果を元にレベル分けが行われるんだ。その生徒のレベルに合った教師が用意されて、日々魔術を磨いていく。これが今の協会のシステムだ」


「へ〜俺は今一番高いって聞いたんだけど、アルドも結構高いの?」


「雪菜は基礎が98だったな。その代わりに応用は85。平均よりやや高いって感じだったな」


 アルドの確認に、雪菜は確かにその通りだと言わんばかりに頷く。


「俺は基礎が82。応用は90だ。すぐにトップの座を奪えるポジションにいるって事を忘れるなよ」


「おぉ!それは頑張んないと!」


 雪菜の好奇心に満ち溢れる笑顔を見たアルドもまた静かに笑い、その場を後にしようとする。

 そうして自身の部屋がある方へ歩き始めてすぐ、アルドは雪菜の方には目を向けず、自身の剣に目を向けながら最後に言葉を付け足す。


「半年に一度。実力試験の為に模擬戦が行われる。そこで初めて実力が順位として表示される。……後は言わなくて良いだろ?」


「あぁ、大丈夫。受けて立〜つ!」


 これが後に魔術協会に名を刻むの出会いだった。

 ゆっくり、ゆっくりと。しかし確かに迫るへと繋がる物語の────幕が上がる。


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