4話 相変わらず謙虚だね


 夕の通う中学校にて。


 チンピラ達を適当に捌いた夕は、二時間目の授業の途中から教室に入った。

 授業は数学をやっており、科目担当の先生は夕の遅刻に慣れているのか、遅刻届けを貰うと理由には一切目を向けずに判子だけを押した。

 実際遅刻理由には『善行』と短く書かれており、夕自身何があったのか説明する気が全く無いので、目を向ける必要も指して無いのだが……


 夕はいつもの自分の席に座ると、意外にもしっかりと教科書を取り出し、今授業で進めている場所のページを開いた。

 夕は決して学校が嫌いという訳ではない。寧ろ厳しい家庭環境から高額な学費を払っている為、学校には通うべきだと思っている。

 しかし夕が遅刻常習犯なのは正義感の強さ故だろう。

 毎度の事、ここら近辺に屯するチンピラ達を手当たり次第に捌いた結果、気付けば近くの常習犯になってしまった。

 それを先生が知っていれば良いのだが、夕は毎度多くを語ろうとしない為、裏でいじめられている生徒を助けている事は知らない。

 何故夕は理由書に多くを書こうとしないのか。それには訳があった。

 理由は実に単純である。それは助けた生徒が『いじめられていた』という事実を広めない為である。

 それを書かないのは本人の尊厳もあるが、何より他のチンピラから再度目をつけられない為でもある。

 いじめられていた人────そんなレッテルは誰でも貼られたく無いだろう。


 夕はいつも通り、授業を聞き終え号令を済ませると席に着く。

 すると、隣の席から女性の声が聞こえた。


「今日はどんな人を助けたの?」


 夕は声がする隣の席に目線を向けると、そこには肩肘を机に支え、頬に片手を添えた少女がいた。

 黒く長い髪、そしてまだ顔には幼さが残る夕のクラスメイト────椿つばきは優しい笑みを浮かべながら夕に質問を重ねる。


「それともただの寝坊?」


「俺が寝坊した日が一日でもあったかよ」


「私が知る限りはないね。でも他のクラスから夕は寝坊魔って呼ばれてるんだよ?知ってた?」


「知らん。言わせておけば良いんだ。別に遅刻した理由を武勇伝のように語る趣味も無いしな」


「相変わらず謙虚だね」


 椿はそう言うと、一時間目の国語のノートを取り出し、夕に差し出した。


「はい、それ写しな」


「……サンキュー」


 椿は夕の遅刻理由を知っているクラスで唯一の人物である。

 椿の弟がチンピラに絡まれた時、それ助けたのが夕だったのだ。

 その現場をたまたま見ていた椿は、その時から夕の事を真っ当な善人だと認識している。

 今も夕が困っている人を助けて遅刻している事を知っている為、椿はノートを見せる事に何の躊躇いも無かった。


「それにしても、チンピラ達は一向に減らないね。夕がこんなに頑張ってるのに」


「俺は別にチンピラを減らしたくてやってる訳じゃない。チンピラをやるのは構わないが、人に迷惑をかけるなっていう事だよ」


「人に迷惑をかけるからチンピラなんじゃない?」


「……一理あるな」


 そんな他愛もない会話は時間を進める。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 残り少ない中学校生活を味わう様に、ゆっくりと。


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