1章 不死の姉弟

2話 八代木 夕


 2022年。7月26日。横浜県横浜市。



「あの……八代木さん。もうアイツには手は出さないんで……」


「口だけならいくらでも言えるだろ。特にお前らみたいなクズはな」


 市内の学校の校舎裏。そこには些か異様な光景が広がっていた。

 数人の生徒が山のように積み上げられており、その山の頂上には一人のが座っていたのだ。

 時代が何十年かタイムスリップしたかのような光景に、近くで見ていたもう一人の生徒が思わず驚きを露わにしている。


「おい、そこの男」


「えっ、あっ!はい!」


 驚きを露わにしている中、突然頂上に座る銀髪の生徒に声をかけられた男子生徒は、身体をビクリと震わせて返事をした。


「コイツらにカツアゲされそうになったら俺を呼べ。またボコしてやるから」


「えー!?あっ、ありがとうございます!」


 生徒が頭を下げてお礼を言った所で八代木と呼ばれた銀髪の生徒はニコリと笑い、無様な姿で積もっている人の山から飛び降りた。


 銀髪の生徒の名前は八代木 夕。この学校ではちょっとした────有名人であった。

 有名人と言っても決して良い意味ではない。

 寧ろ夕の場合は悪目立ちしている故に有名人と呼ばれているのだった。

 日本人にはまずいない銀髪の髪型。そして顔の骨格。それらのパーツから夕は名前こそ日本人だが、ハーフの少年だとわかる。

 精悍な顔付きには、一部の女子が集まりファンも出来ている始末だ。

 そして夕が有名人と呼ばれているのにはもう一つ理由がある。

 それは────


 ×                    ×


「お前ら、なんでこんな所で寝そべってんだ?」


 夕が先程ボコした学生たちの山の元に一人の巨漢が現れた。

 学校の制服は着ておらず、白のTシャツに適当なハーフパンツといかにもラフな格好をしているが、派手な金髪とピアス、ネックレスなどから巨漢が辺りに寝転がっている不良グループの一人なのは見て取れる。

 そんな巨漢は寝転がっている生徒の一人の胸ぐらを掴み、無理やり意識を取り戻させて質問をした。


「澤井さん……アイツですよ!八代木!八代木 夕」


 澤井と呼ばれた男は、八代木の名前を聞くと僅かに顳顬をピクリと動かした。


「噂の銀髪野郎か」


 夕が有名人と呼ばれているもう一つの理由。

 それは────異常な程に喧嘩が強い事である。

 夕の体型は決して恵まれているとは思えないが、何故かどんな人間も夕には勝てない。

 夕は力の受け流し方が異常に優れているのだ。さらには相手の急所を不意に突くのが異様に上手い。

 とは言え夕はそこら辺にいるチンピラの様に、自身の喧嘩の才能を他人に迷惑をかける為に使う事は決してしなかった。

 夕が手を出すときはいつでもチンピラ達が反抗の手段を持たない弱者に絡んでいる時である。

 故に夕はチンピラから恐れられている。

 チンピラの目の前に突然現れ、颯爽と狩る男────それが八代木 夕が有名な理由の二つ目であった。


「そろそろアイツにも俺たちの怖さを知らしめてやらねえとなあ」


 澤井は指の骨をわざとらしくポキポキと鳴らし、まだ出会った事もない八代木を叩き潰すイメージを頭に思い浮かべる。

 しかし、そんな幻想はほんの一瞬で消去される事となるのだが────



「誰に怖さを知らしめるって?」



「あ?」


 澤井が突如背後に響いた声に振り向いた瞬間。澤井の顔面に強い障害が走った。

 たった一撃で眩む視界の隅に捕らえたのは銀髪の髪────間違いなくそれは八代木 夕であった。

 あまりの障害に澤井は身体からほんの一瞬力が抜けたのか、ふらふらと重心が定まらず不安定な状態になっている。

 すると地面に寝転がっているチンピラの一人が「澤井さん!とりあえず玉を守って!!!」と、叫んだ。

 アイツは何を言っているのか────と疑問に思い、澤井は結局チンピラの言う玉を守る体勢に入る事はなかった。

 それが更なる激痛を招くとも知らずに。


 ふらふらと揺蕩う澤井の股の真ん中を目掛け、夕はサッカーボールを蹴る要領で足を背後に大きく振り上げる。

 澤井は顔を蹴られると思ったのか、咄嗟に顔面の近くに両腕を置くが、夕の蹴りは完全に無防備な男の弱点へと吸い込まれた。


「はうっ!?」


 情けない声を上げて澤井はチンピラ達と同様に地面にその身を預けた。


「弱者をなぶる事しか脳の無い玉無しにはピッタリじゃ無いか」


 澤井が悶える姿を見た夕は、相手を小馬鹿にする様な笑みを浮かべてその場を後にする。


「弱い者イジメなんてすんなよ」


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