The Rampage 2022 - 夕凪は世界を染める

冬野立冬

1話 君は、不死者を信じるかね?


「君は、不死者を信じるかね?」


 広く薄暗い図書館に、ある質問が壁を反響して響いた。

 声の主はかなり渋めの高齢男性と思わしき声をしており、その声の低さから声はかなり聞きやすい印象を受ける。

 そんな老齢の男は木製の椅子を軋ませながら、自身の生徒の反応を待つ。

 部屋には蝋燭が何本も揺らいでおり、壁には揺れる蝋燭の火に影を遊ばれる老齢な男と、質問をされた一人の生徒が映っていた。

 質問から数十秒後、生徒側の男はようやく口を開いた。


「……やはりいないと思います。生物の法則から不死者という存在はあまりにも乖離されている。私は信じられませんね」


 生徒の返答を聞いた老齢の男は、部屋に微かに響く程度の小さな笑い声を溢した。


「誰しも最初はそう言う。お前さんの様な生理学を専攻にしている学生は特にな」


 老齢の男は、一際椅子を軋ませながらその場を立ち上がり、とある本を探し始めた。

 二人がいる図書館には大凡数万冊の本が収納されており、目当ての一冊を探し当てるのも一苦労だろう。

 しかし老齢の男は、自身の探している本の位置を正確に把握しているのか、一直線にとある場所へ向かって行く。


「ついて来なさい」


 無数の本によって作られた通路の先に進んで行く老齢の男に呼ばれた生徒は、慌ててその場から立ち上がりその背中を追った。

 老齢の男の進む場所は、行けば行く程に蝋燭の灯りが届かなくなって行き、それに比例して薄暗くなって行く。

 そんな不気味とも取れる通路をしばらく歩いた所で、老齢の男はポケットからマッチを取り出し、慣れた手つきで火を付けると、使い掛けの蝋燭に火を灯した。

 蝋燭は先程まで座っていた場所の様に辺りを照らし、再び揺らめきながら影を遊ばせる。

 蝋燭によって照らされた場所には二つの椅子とその間にある小さなテーブル。そして一冊の本が置かれていた。

 その本を手に取った老人は再び椅子を軋ませて腰を掛ける。


「お前さんも座れ。ここからは講義の時間だ」


 言われるがままに生徒は、老人と対面する形で置かれている椅子に腰を掛けた。

 生徒が確かに座った事を確認すると、老人は手に取った本を愛でる様に見つめながら講義を始めた。


「『人が空想できる全ての出来事は起こりうる現実である』これはワシが一番好きな言葉でな」


「ジュール・ヴェルヌ氏の言葉ですね」


「左様。不死者もまた然りだ。彼等は確かにこの世界に存在するのだよ」


 老人の男は手に取った本を数ページ捲り、生徒に向けてその内容を見せた。

 老人が開いたページの最初には二人の人物の名前が書いており、生徒は思わず「これは?」と疑問を呈した。


「ワシが『不死学』を講義するきっかけになった二人じゃ。それに君も、魔術協会に属する身なら名前ぐらいは聞いた事があるんじゃないかね?」


 生徒は二人の名前を再度凝視し、頭を働かせる。

 本に書かれている名は八代木やしろぎ 雪菜せつなという日本人、そしてメアリー・リスラムという外国人であった。


「……八代木という名前は少し」


 生徒は記憶の片隅から八代木という名前をなんとか思い出した。

 しかしその記憶は断片に過ぎず、何をした人物までかは正確には思い出せない。


「確か、協会を管理している上層部に歯向かった人ですよね?」


「そうか、今の若者にはそんな噂が広まっておるのか」


 生徒から八代木に関する情報を聞いた老人はゆっくりと目を瞑り、過去を思い起こしながら生徒に真実を語り始める。


「これから話すのは魔術協会の『闇』の部分だ。何故ワシが不死学を開いているのか。そして何故────。これから君がこの講義を聞く上で避けては通れない話じゃ。しっかりと聞いておけ」


 何処か悲しげに、しかし未来に何かを残す為にと老人は強く語り出す。

 生徒はコクリと頷くとメモ帳を取り出し、紙にペンを走らせる用意をした。


「あの事件の始まりは2000年の────」


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