第26話 これでおしまい
美少女達の好意は嬉しい。
他人を不幸にしてばかりいた自分も、少しは人の役に立てていたらしい。
けれど琥珀は困ってしまった。
惚れたエピソードを語ってヒートアップしたのか、天吹君は自分ものだと言わんばかりに、美少女達がバチバチ火花を散らし始めたのだ。
緊迫した空気に、琥珀の喉は干上がった。
息をするのもはばかれるようなヒリついた雰囲気の中、口火を切ったのは伊織だった。
「そういうわけだから、改めてく告白します。好きです天吹君。あたしと付き合ってください」
「ごめんなさい!」
考える余地なく琥珀は即答した。
だって自分には彼女がいる。ここで迷ったら彼氏失格だ。
それに、考えてしまったらそれこそ迷いが生じてしまう気がした。
琥珀は聖人君子の立派な人間ではない。
顔がいいだけで、中身はどこにでもいるようなスケベな男子高校生である。
学校一の美少女に心から好意を寄せられたら、ちょっとくらいは気持ちが揺らいでしまうかもしれない。
自分の弱さを分かっているから、琥珀は最初から心に決めていた答えを口にしたのだ。
不誠実かもしれないが、琥珀には他にいい方法が思いつかなかった。
琥珀のような凡人には、今ここにいる彼女を大事にするので精一杯である。
そんな考えは美少女達にも伝わっていた。
モナカはホッと胸を撫でおろした、見守り同盟は大ブーイングだ。
「……本気で告白したんだから、ちょっとくらいは考えて欲しいんだけど」
「ブーブー! そうだそうだ!」
「思考停止はただの逃げだぞ!」
「セイレーンが可哀想ですわ!」
「そ、そんな事言われても……」
琥珀は困るばかりである。
彼女達の言い分ももっともだと思うから余計に苦しい。
「往生際が悪いですよ。フラれたんですから、潔く諦めてください」
頃合いと見て、モナカが助け舟を出す。
「こっちは一年近く片思いを続けてたんだから。いきなり出てきた転校生と付き合う事になりましたなんて言われて素直に納得出来るわけないでしょ」
冷ややかな目でモナカを睨むと、伊織は琥珀に視線を戻した。
「あの子が幼馴染とか昔から付き合ってる相手だって言うんならあたしだって納得するよ。でもそうじゃないでしょ。転校してきた次の日に付き合うってなに? そんなの絶対おかしいよ。そんなんで付き合えるなら、あたしにだってチャンスがあったはずでしょ? はっきり言って、屈辱だよ。だってそれじゃあ、あたし達の想いがポッと出の転校生に負けたって事になるもん。天吹君は本当に、今まで告白してきた女の子達と比べて、あの女の方がいいって思って付き合う事にしたの? それとも、なにかの弾みで付き合う事になっちゃっただけ? あたし、知ってるんだよ? 天吹君は最初、あの女と付き合ってる事を否定したんだよね? それってつまりそういう事でしょ? そんなのあたし認めない。全然納得できない。ズルいよ、不正だよ、異議あり、間違ってる!」
気が付けば、伊織の目には並々と涙が溜まっていた。
「琥珀君! その女の言う事を聞いちゃだめです!」
モナカが叫んだ。
その声はいかにも弱々しく、必死な様子だ。
今にも琥珀が伊織に取られるのではと気が気ではない様子だと分かる。
琥珀は逃げ出したくなった。
あぁ、どこで自分は間違えてしまったのか。
こんな事になるのなら、彼女達を助けるべきではななかったのか?
もちろんそれは違う。
何度やり直したって、やっぱり琥珀は彼女達に救いの手を差し伸べただろう。
とはいえこの状況はどうしたものか。
琥珀は必死に考えた。
わかったのは、結局は自分が悪いという事だけである。
本当に僕はどうしようもない男だ。
こんなに一生懸命な女の子達の想いに応えられず、傷つけ、不幸にしてしまうのだから。
罪悪感と無力感、申し訳なさで琥珀は涙が出てきた。
「う、うぅ、ごめんなさい……」
出来る事はただ一つ。謝る事だけである。
「天吹君……」
そんな様子に、伊織もたじろぐ。
「藤崎さんや半田さん、宝条さんに極楽院さん、みんなの言う通りだと思う。全部僕が悪いんだ。みんなの気持ちから逃げて、彼女は作らないなんて言っておいて、現にこうして彼女をつくっちゃったんだから。本当にごめんなさい!」
琥珀は四人に頭を下げた。
それ以外にどうする事も出来ない。
「琥珀君は悪くないでしょ!? どうして謝らないといけないんですか!?」
怒ったのはモナカである。こんなのは逆恨みのいちゃもんと同じだ。彼氏が謝る筋合いなんかない。そう思うのも道理である。
そんなモナカに、琥珀は力なく首を横に振る。
「モナカちゃんも、ごめんね。こんな不甲斐ない彼氏で。でも、やっぱり僕は謝るべきだと思う。みんなの気持ちに応えられなくて悪いもん。謝って許されるわけじゃないけど……それでも僕は謝りたいよ。ごめんなさい。それに、ありがとう。こんな僕を好きになってくれて。でも、みんなとは付き合えません。僕には今、彼女がいるんです」
ボロボロと泣きながら琥珀は言った。
出来る事なら全員を彼女にして幸せにしてあげたい。
けれど、そんな事は許されない。
みんなだって、そんな事をされても嬉しくないだろう。
現実は漫画やアニメとは違うのだ。
ハーレムなんて許されない。
謝ってきっちり断る事だけが、琥珀に示せる精一杯の誠意なのである。
その気持ちは、見守り同盟にも届いたらしい。
「わ、分かったから、天吹君も泣かないでよ!?」
「そ、そうだぞ! 君は悪くない! 悪いのはわがままを言っているボク達なんだ!」
「わたくし達だって、無茶を言ってるのはわかっているんですわ!? ねぇ、セイレーンもそうでしょう!? ……セイレーン?」
もうこれくらいで勘弁して欲しい。そう訴えるような見守り同盟の視線の先で、セイレーンこと藤崎伊織は憑き物の落ちたような表情で佇んでいた。
「じゃあおしまい」
「ぇ?」
清々しい程空虚な声には、だからこそゾッとするような不穏な響きがあった。
「天吹君はあたしと付き合ってくれないんでしょ? だったらもう、おしまいだよ」
ニッコリ笑って、伊織は琥珀に向かって距離を詰めた。
「――っ!? 琥珀君、逃げて!?」
モナカの声が響いても、琥珀は咄嗟に動けなかった。
「全部、天吹君が悪いんだからね」
琥珀に組み付くと、伊織はポケットから取り出したソレを高く頭上に掲げた。
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