第25話 全部こいつが悪いのである

 後ろでそんな騒ぎが起これば、二人の耳にも届く。

 無間ループは破壊され、美少年と美少女は互いに気まずそうにはにかんだ。


「……つまり、そういう事。あたしはね、後悔してるんだ。天吹君に彼女が出来たって聞いてから、ずっと後悔してるの。なんであの時、もっと勇気を出さなかったんだろうって。どうしてもっと頑張れなかったんだろうって。どうして自分の気持ちに素直になれなかったんだろうって。ずっとずっと後悔してる。このままじゃ、きっと一生後悔する。だから、告白しようと思ったの」


 宝石のような伊織の目に涙が滲んだ。

 不意に琥珀は、彼女の目元が僅かに腫れている事に気付いた。

 もしかしたら伊織は、無念さに夜ごと泣いているのかもしれない。

 そう思うと、琥珀の胸は千切れそうな程に痛んだ。


「……どうして?」


 琥珀は尋ねた。


「藤崎さんの気持ちは嬉しいよ。でも、わからないよ。だって僕は、見た目だけの男だよ? 情けない、うじうじした、中二病の女々しい奴だよ? そんな風に想って貰う価値なんかないと思うんだけど……」


 それが琥珀は不思議だった。


 伊織だけじゃない。真姫にしろアリエッティにしろ法子にしろ、そしてもちろんモナカもだが。ただ顔がいいというだけで、そんなに人を好きになるものだろうか。


 琥珀はずっとそれが不思議だった。


 男の子なら他にいくらでもいるのに。こんな顔だけのヘタレなんか好きにならないで、もっとちゃんとした男子と付き合えばいいのにと思うのである。


 ただ顔だけでモテてしまう事が、琥珀は物凄く心苦しいのである。


 言われた伊織は呆れた顔でキョトンとしていたが。


「天吹君、それ、本気で言ってるの?」

「そ、そうだけど……」


 困惑する琥珀に、伊織はクソデカ溜息をついた。


「もしかして天吹君。あたしが君を好きになるきっかけになった事件の事、覚えてないの?」

「……えーと……」


 琥珀は困った。そんな事を言われても全く身に覚えがない。

 もしかして、なにか勘違いしてるんじゃないだろうか。


 口ごもる琥珀を見て、伊織は超クソデカため息をついた。

 クソデカため息コンテストがあったら間違いなく優勝しているだろう。


「……一年生の頃、あたしが三年生の不良に無理やり口説かれそうになってた時、助けてくれたんだけどな」


 ものすごく不貞腐れた顔で伊織は言う。


「………………ぁっ」


 暫くポカンとして、やっと琥珀は思い出した。


 入学して暫くした頃だ。琥珀は学校一の美少年だと騒がれて、肩身の狭い思いをしていた。休み時間の度にクラスの女子に絡まれて、本当に参っていた。


 それで、一人になりたくて屋上に上がる階段の下の物陰に隠れてお弁当を食べていた。


 そしたら伊織と怖そうな不良の上級生がやってきて、告白が始まった。

 いや、あれは告白なんて呼べるような物じゃない。


 一方的な脅迫だ。

 俺様の女になれ、痛い目を見たくなけりゃ一発ヤらせろ。

 怯える伊織を不良が壁に押し付けた。


『そ、そういうのはよくないと思います!』


 琥珀は無我夢中で飛び出した。

 こんなのを見過したら漢じゃない。

 そうだよね、文ちゃん!

 そんな気持ちだった。


『はぁ? なんだてめぇ!』


 キック一発でやられてしまったが。


 どうやら琥珀の追っかけが覗いていたらしく、すぐに大騒ぎになって先生がやってきた。

 不良は学校中の女子の反感を買い、半ば不登校になって自主退学したと聞いている。


「……いや、僕、なにも出来ずにやられちゃっただけだけど……」


 思い返しても恥ずかしくなるだけだ。助かったのだって、たまたま女子が覗いていたからである。自分はなにもしてないし、当然の事をしただけだ。


「でもあたしは助かったし嬉しかったよ。天吹君が白馬に乗った王子様に見えたもん」


 うっとりと胸を押さえて伊織は言う。


「オレも! 生意気だって上級生にボコられそうになってる所を天吹君に助けてもらった!」

「わたくしはカツアゲされそうになっている所を助けてもらいましたわ!」

「ボクだって! 変な奴だって陰口を言われている所を君が注意してくれたからイジメられなくなったんだ! ボク達は君の顔だけじゃない、その勇気ある優しい心に惚れたんだ!」


 見守り同盟のメンバーが次々に経緯を話す。


 どれもこれも、言われるまで忘れていたような事ばかりだった。

 琥珀としては、ただただ困惑するばかりである。


 だって、


 少なくとも文ちゃんはそうだったし、彼の背中を見て育った自分はそうする。


 もっとも、琥珀には文ちゃん以外に友達はいなかったので、他の男子の事なんか知らないのだが。


 不意に琥珀は強烈な視線を感じた。


 振り返ると、涙目になったモナカが、この女たらしぃ~! と言いたげな目で唇を噛んでいた。


 違うんだよ! 僕はただ、人として当然の事をしただけで、モテるつもりなんかなかったんだよ!? そんな気持ちで琥珀は必死に首を振る。


 モナカはジト目になり、クソデカため息のギネス記録を更新した。

 そして、おもむろに右手をあげて言うのである。


「私だって、壁尻になっていた所を助けてもらいました。しかも、名前も名乗らずに去っちゃうんですから。そんなの惚れるに決まってます」


 不貞腐れつつ対抗するモナカを見て、琥珀はやっぱり可愛いなと萌えるのだった。

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