第13話 プロフェッサー
何事もなく放課後を迎えられ……と言い切ると語弊がある。
学校一の美男子などと言われ、今まで数多の告白を断ってきた琥珀に突然彼女が出来たのだ。鷹峰高校全体がハチの巣をつついたような大騒ぎである。
休み時間になる度、廊下の外には真偽を確かめる為大勢の野次馬(男女約比3対7)が押し掛け、泣いたり騒いだり八つ当たりに適当な男子を殴ったりしている。
普段から廊下を歩くだけで全女子の注目を一身に浴びる琥珀だ。それが今は、失望、嫉妬、哀しみ、困惑、心配、その他諸々の雑多な目で見られまくっている。
それでもやはり、大枠で言えば何事もなかったと言えなくはない。
先日の机クラッシャー事件に加え、腕自慢の真姫を舎弟にして連れ歩いているのだ。
謎の転校生地獄谷モナカの武勇は、既に学校中に知れ渡り、おいそれとは手出し出来ない雰囲気が出来上がっていた。
実際、モナカと一緒に廊下を歩いていると、ブルドーザーでもやって来たみたいに生徒達が道を空ける。琥珀が苦手とする不躾な視線も、モナカがひと睨みすればそっぽを向いた。
騒がしくはあるけれど、モナカの近くにいるとバリアに守られているような気分になる。
そう言えば、文ちゃんもこんな風に僕の事を守ってくれてたな。
思い出して、琥珀はちょっとおセンチになった。
勿論文ちゃんはモナカ程は頼もしくなかったが。
だからこそ、逆に凄いと琥珀は思う。
勇気とは、逆境に立ち向かう意思なのだ。
そういう意味では文ちゃんは勇気ある者であり、琥珀にとっては偉大な勇者だった。
「気にすんなよ。俺達親友だろ?」
琥珀が罪悪感に押しつぶされそうになっていると、そう言って笑ってくれた。
そんな友情も悪魔に壊され、今となっては他人だが。
文ちゃんにしてしまった事を思うと、琥珀の胸は苦しくなる。
大好きな文ちゃんを不幸にした自分が、こんな素敵な彼女を作って幸せになってしまっていいのだろうかと。
同時に、もう許されても良いんじゃないかとも思う。
文ちゃんに絶交され、モナカと出会うまで、琥珀の人生は一人ぼっちの鉛色だった。
それで贖罪になったんじゃないだろうか。
そう言い切る事はまだ出来ないが。
モナカのおかげで、そんな考えも出来るようになっていた。
で、今は一緒に並んで帰る所だ。
「……なんで下僕が一緒なんですか」
「いいじゃないっすか。オレと一緒なら姐御の凄さも広まるし。途中まで一緒に帰りましょうよ。あ、鞄持ちますよ。勿論天吹君の分も!」
手揉みしながら真姫がついてくる。
モナカは迷惑そうだが、琥珀はこの状況を楽しんでいた。
当然だ。女の子の友達が出来て嫌な男などいるわけがない。
それが可愛い黒ギャルとなれば猶更だろう。
彼女がいるなら、女の子とも普通に話せる。
閉じていた世界が一気に広がった気分だ。
「僕は大丈夫だよ。女の子に鞄持たせたら悪いし」
「くぅ~~! 天吹君に女扱いされちゃった……。前は遠くから見てる事しか出来なかったのに、こうしてお話まで出来るなんて……。むしろ姐御に負けてハッピーみたいな?」
「盛るな下僕。琥珀君も、あまり下僕を甘やかさないで下さい」
「もしかしてモナカちゃん、やきもち妬いてる?」
「なっ! 誰がこんな下僕なんかに!」
「お、姐御赤くなってる! 可愛い所あるじゃないっすか! おごっ!?」
モナカの腹パンが炸裂した。
「調子に乗らないで下さい」
「暴力はよくないよ!」
「暴力じゃありません。躾けです」
「そうっすよ。オレMなんで、姐御の腹パンならむしろご褒美っす」
腹を押さえながら真姫が親指を立てる。
ファイトクラブ同好会に入ったのもそれが理由らしい。
聞きたくなかったが。
モナカなんか、生ごみを見るような目を向けている。
「はっはっは! はーっはっはっはっは!」
三人で玄関を出た矢先、どこかから高笑いが聞こえてきた。
「げ。この声は」
「どうしたの半田さん?」
「どうせ下僕の仲間でしょう。望み通り捻り潰してあげます」
モナカが足を止めて拳を鳴らす。
辺りを見回すが、それらしい人物は見当たらない。
「どこから聞こえるんだろ?」
「はーっはっはっは! こっちだ、愚か者どもよ!」
「見当たりませんね」
「はーっはっはっは! こっちだって!」
「いやどこだよ。面倒だから出て来いって!」
「はーっはっはっは! 上だ! 屋上!」
言われて見上げると、屋上の縁に白衣を羽織った銀髪の女の子が立っていた。
「宝条さん!? そんな所に立ってたら危ないよ!?」
二年五組の宝条アリエッティだ。
日本人離れした顔立ちのスレンダー美少女である。
勿論彼女にも告白された事がある。
『天吹君。率直に言って、ボクの遺伝子が君の遺伝子を求めている。ボクの頭脳と君の容姿が合わされば鬼にゲバ棒だ。共にパーフェクトな子を成そうじゃないか』
『ごめんなさい!』
真姫の時よりはごたついたが、大体そんな感じだ。
「屋上は入れないんじゃなかったんですか?」
「プロフェッサーは万能キーを持ってるんすよ。あいつバカだけど天才なんで」
「プロフェッサー?」
琥珀が聞いた。
「あー……。仲間内のあだ名みたいなもんす。ほらあいつ、一応天才科学者じゃないっすか」
それは琥珀も知っている。
彼女の持ち込んだ発明品のせいで時々学校で騒ぎが起こるのだ。
「プロフェッサーじゃ教授じゃない?」
「だからバカなんすよ。あいつ、外国人みたいな見た目の癖に英語全然出来ないし。オレが教えてやっても、こっちの方がかっこいいからいいんだ! とか言って聞かなくて」
「余計な事を言うんじゃないグラップラー! これはロマンなんだ――うわぁ!?」
足を滑らせたアリエッティが屋上から落下した。
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