第14話 催眠アプリの力を見よ
「わぁぁぁぁぁ――」
「宝条さん!?」
「あのバカ!」
アリエッティが真っ逆さまに落下する様を、琥珀と真姫はただ見ている事しか出来なかった。
モナカは違った。
舌打ちを鳴らすと同時、弾丸のように落下地点へと駆けていく。
判断が早い!
「――っはっはっはっは!」
ところが。
落ちていたアリエッティの身体が地面の近くでツバメのように翻り、そのまま空を飛んで琥珀の前に着地した。
あり得ない光景に琥珀は唖然、モナカはずざざざーとずっこけた。
「驚いたかね? これが天才の力だよ。ボクが開発中のジェットパックを使ったのさ」
アリエッティが得意気に後ろを向く。
背中には翼の生えたランドセルのような機械を背負っていた。
それで空を飛んだという事らしいが、まるで魔法だ。
「すごいね宝条さん! 本当に天才なんだ!」
「ふっ。それ程でもある。もっと褒めてくれたまえ」
アリエッティがサラサラの銀髪をかき上げた。
「まぁ、ジェットパックの技術自体は昔からあるものだ。ターボファンエンジンの応用だよ。ボクのイカロスパックの凄い所は制御系さ。一定以下まで高度が下がると姿勢制御機能が働いてオートで着陸態勢に入る。ボクのような運動音痴でも安心して使えると言うわけだ。どうだい、すごいだろう?」
平らな胸をずいっと張り、さぁ褒めろを言わんばかりに早口で告げる。
「う、うん。よくわかんないけど、すごいね」
「そうさ! ボクはすごいんだ! わかったらあんな前時代的な見た目の女と付き合うのはやめてボクの彼氏になるといい。一緒に空のデートと洒落込もうじゃないか」
さぁおいでとアリエッティが右手を差し出す。
いや、僕には彼女がいるので。
断ろうとした矢先、転んでボロボロになったモナカが大股で戻ってきて、アリエッティの頭に拳骨を食らわした。
「――ギャン!? な、なにをするんだ! 天才の頭を殴るなんて!」
「黙りなさい」
顔を上げたアリエッティに再び拳骨をお見舞いする。
どうやらモナカは怒っているらしい。
「二度も殴った! おとーたまにも殴られた事ないのに!」
「だからバカに育ったんでしょう。屋上から飛び降りるなんて、はた迷惑にも程があります」
モナカの言う通りだ。なんともなかったからよかったようなものを、間違いがあったら転落死だ。
「ぼ、ボクのイカロスパックは完璧だ! 飛行時間が短いだけで、安全性にはなんの問題も――ひぇ!? 殴らないでくれ!」
拳を構えるモナカに、アリエッティが涙目になって頭を守る。
「姐御の言う通りだから。てか、後で絶対センセーに怒られるし。しーらね」
「ふっ。ボクを誰だと思っている。人類の至宝、若き天才宝条アリエッティだ。先生のお説教なんか慣れたものさ」
「というか、なんでこんな奴が退学になってないんですか」
「親が金持ですげー寄付してんすよ」
「それで、宝条さんはなにしに来たの?」
琥珀が尋ねた。
「それは愚門というものだよ天吹君。勿論君を取り返す為さ」
「取り返すって、別に僕、宝条さんのものじゃないんだけど……」
「それこそ愚かな考えというものだ。君とボクの遺伝子をかけ合わせれば、ニュータイプと呼べるような素晴らしい子供が出来ること間違いなしだ。人類を次のステージに進める為にも、ボクと子を成す事は天吹君の義務なのだよ」
「えぇ……」
アリエッティにこんな事を言われるのは初めてではなかった。
人の話を聞かない子なのである。だから、断るのに結構苦労した。
『ボクにも心と身体の準備が必要だ。今しばらく、君には普通の男の子として青春を謳歌する時間をあげようじゃないか』
とか言っていたので、諦めていなかったのだろう。
困惑していると、琥珀を庇うようにモナカが前に出た。
「琥珀君は私の彼氏です。優秀な遺伝子が欲しいのなら、どこか他所を当たって下さい」
「そうはいかない。ボクの遺伝子は天吹君を求めているんだ。天才は己の直観を信じる。故にボクは天吹君を求めるのだ」
「小難しい事言ってねぇで素直に惚れたって言やいいだろ」
真姫の言葉に、色白のアリエッティが赤くなる。
「う、うるさい! ボクはあくまで、科学的な見地から天吹君を求めてるんだ! 人類の進化と発展の為なんだ!」
「はいはいわーったわーった。けど、どうすんだよ。言っとくけど姐御はオレより強いぜ。ヒョロガリのプロフェッサーじゃ勝負にならないだろ」
「ふっ。これだから蛮族は。人類の武器は拳ではない、頭脳だよ」
「なるほど。あなたの頭と私の拳、どちらが硬いか勝負しようというわけですね。よろしい。好きなだけ付き合ってあげましょう」
モナカが掌に拳を打ちつける。
「ち、違う! ボクは科学の力で天吹君の心を奪いに来たんだ!」
飛び退くと、アリエッティがスマホを取り出した。
「心を奪うってなんだよ。催眠アプリでも使うつもりか?」
からかうように真姫が言う。
「その通りだ。よくわかったな」
「なっ!?」
「嘘でしょ!?」
「これは……予想外ですね……」
琥珀は戦慄した。だって催眠アプリだ。エロ漫画に出て来る、最強の便利アイテムである。そんな物持ち出されたら、どうしようもない。
さしものモナカも渋い顔だ。
「ふっ。やっとボクの恐ろしさが伝わったようだね。ベンはケンよりも強し! 圧倒的な知力の前には、腕力などなんの役にも立ちはしないのさ! はーっはっはっはっは!」
アリエッティが高笑いをあげる。
誰だよベンって、なんて言える空気ではなかった。
「というわけで天吹君。催眠アプリを送るから連絡先を教えてもらえないだろうか?」
「え? 送るって、僕の携帯に?」
「あぁ。ボクの開発した催眠アプリはレム睡眠に介入して深層心理に暗示をかけるものだ。高度な睡眠学習のようなものだと思って貰って構わない。ちなみにボクは毎晩これで君の夢を見ている。おかげで君の事を想像するだけで遺伝子が疼くようになってしまった。つまり、効果は実証済みというわけだ。どうだ、恐ろしいだろう?」
「琥珀君、帰りましょうか」
「そうだね」
アリエッティを置いて二人が歩き出す。
「天吹君? どこに行こうと言うのかね! ねぇ! ねぇってば!」
「ちょっとプロフェッサー! それで天吹君の夢が見れるってマジ? それならオレも試してみたいんだけど!」
どうやら今日は、何事もなく終わりそうである。
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