第12話 四天王的なアレ

『例の転校生。真姫ちゃんがどうにかするかと思ってたけど、やられちゃったみたいね』

『ふっ。グラップラーはボク達天吹君見守り同盟の中でも最弱。所詮は暴力しか取り柄のない単細胞だよ』

『ポッと出の転校生に後れを取るなんて、同盟の面汚しですわ。おーっほっほっほ』

法子のりこちゃんそれ、どんな顔で打ち込んでるの?』

『う、うるさいですわ! そういうのは触れないのがマナーでしょう!?』

『ふっ。言ってやるなセイレーン。ミスノーブルなりに、天吹君の気を引ける女になろうと必死なのだよ』

『んな!? 中二病のプロフェッサーに言われたくありませんわ!』

『ふっ。わかってないな。これはロマンだよ、ミスノーブル』

『なんでもいいけど、どうするの? このままじゃあの子に天吹君を取られちゃうけど』

『ふっ。問題ない。手なら既に考えてある』

『なるほど、流石は同盟の頭脳と言った所ですわね。それで、どんな手ですの?』


 ……。

 …………。

 ………………。


『プロフェッサー?』

『言ってみたかっただけじゃない?』

『ギク』

『プロフェッサー!』

『ふっ。問題ない。一晩考えればなにか名案が思い付くだろう。なんせボクは天才だからね。そういうわけだから、ここはボクに任せてもらおう』

『なんだか不安ですわね……』

『転校生を排除出来ればあたしはなんでもいいけど』

『ふっ。わかっている。成功した暁には、報酬としてAランク相当の天吹君コレクションを要求するが、問題ないね』

『仕方ありませんわね』

『うまくいったらね』

『ふっ。天才の辞書に失敗の文字はない。泥船に乗ったつもりで期待してくれたまえ。はーっはっはっはっは!』


 ……。

 …………。

 ………………。


『泥船じゃだめそうね』

『……なんか、客観的に見たら恥ずかしくなってきましたわ』


 †


 翌朝。


「というか、彼女なのでさん付けはやめて欲しいんですけど」


 モナカの発言に、今日も二年一組の教室は凍り付いた。

 琥珀も彼女にさん付けは他人行儀かなとは思うのだが。


「でも……」


 気になるのはクラスの女子の目である。

 ハンカチ、筆記用具、親指の爪なんかをガジガジしながらこちらを見ている。


「彼女と他人の目、どっちが大事なんですか」

「……それはもちろん、彼女だけど」


 夢にまで見た彼女である。出来てしまったからには大事にしたい。

 だって彼女だし。大事にしなきゃ嘘だ。


「じゃあ態度で示してください」


 そう言われて、琥珀も覚悟を決めた。


「そ、それじゃあ……。も、モナカ、ちゃん……」


 ひぇえええ、言っちゃった!


 さんがちゃんに変わっただけで、琥珀の胸はズンドコ踊った。


 恥ずかしくて、背中がぞわぞわする。

 でも、気持ち良いぞわぞわだ。


 言われたモナカは仏頂面だ。

 けれど身体は喜びを噛み締めるようにずぞぞぞっと震えている。

 胸いっぱいに深呼吸すると、モナカはほうっと幸せそうに溜息をつく。


「もう一度お願いします」

「も、モナカちゃん」

「もう一度」

「モナカちゃんっ」

「もう一度」

「モナカちゃん!」


 なんだか琥珀は興奮してきた。


 ただ彼女の名前を呼んでいるだけなのに、ものすごく胸がドキドキする。

 なんならちょっとエッチな気分になったくらいだ。


 モナカも顔が赤くなり、眠そうな目はとろんと潤んでいた。

 心持ち、息も荒くなっている。


「これは……思ったよりも効きますね」

「そ、そうだね……」


 耐え切れなくなり、琥珀は真っ赤になって俯いた。

 そんな琥珀を愛おしそうに見つめると、モナカは不意に背後の人物に告げた。


「下僕。力を入れ過ぎです。痛いじゃないですか」

「だって姐御!? オレだって天吹君の事好きなんすよ!? そんな目の前でイチャコラされたら力だって入るじゃないっすか!?」


 涙目になって訴えるのは先日殴りこんできたグラップラー真姫である。


 モナカに完敗した後、なんやかんやあって舎弟になったらしい。

 それで朝からモナカの肩揉みをさせられていた。


「下僕の癖に文句があると?」

「そ、そういうわけじゃないっすけど……」

「モナカちゃん。あんまり半田さんをイジメないであげて。こうなったのは僕のせいだし、悪い人じゃないと思うから……」


 琥珀としては苦しい立場だった。先に告白してきたのは真姫である。断ったが、だとしても彼女は自分に好意を持ってくれている。そんな子を無碍には扱えない。


「天吹君……」


 真姫の目に涙が滲んだ。

 無表情のまま、モナカの頬がムスッと膨らむ。


「……別にイジメてませんけど。この女が下僕でもいいからそばに置いて下さいと泣いて土下座をするから特別に許してあげたんです。むしろ寛大だと褒められるべきだと思いますけど」


 いじけたように視線をそらすモナカを見て、琥珀の胸はキュンとした。


「そ、そうっすよ。姐御の強さの秘密を知りたいし、彼女が無理ならせめて友達になりたくて自分から頼んだんす! 姐御は悪くないんすよ!」


 真姫も焦って弁解した。

 どうやら真姫はファイターとしてモナカの強さに惚れたらしい。


「そうなんだ。ごめんねモナカちゃん、酷い事言っちゃって。モナカちゃんって、本当は凄く優しい子なんだね。見直しちゃった」


 嫉妬深いと言っていたのに、他の女の子の気持ちを尊重してあげたのだ。

 自分が逆の立場なら、きっと無理だろう。


 言われて、そっぽを向いていたモナカの顔が戻って来る。


「……じゃあ、もっと褒めて下さい」

「よ! 姐御! 学園最強!」

「下僕には言ってないんですけど」


 ジト目で睨むモナカに、真姫はへへっと笑った。

 結構いいコンビかもしれない。

 ボッチの琥珀も友達が増えたみたいでちょっと嬉しかった。


「でも、マジで気を付けた方がいいっすよ。天吹君、マジで人気っすから。自分の他にも、姐御にちょっかいかけて来る奴が絶対いると思うんで」

「なにか心当たりがありそうな口ぶりですね」


 モナカの目がギラリと光る。


「うっ。そりゃ、なくはないっすけど……。いくら姐御でも仲間は売れねぇっす! それだけは本当、勘弁してください!」


 両手を合わせる真姫に、モナカはフンと鼻を鳴らした。


「いいでしょう。誰が来たって叩き潰すだけですから。琥珀君はもう私の物。誰にも奪わせはしません」


 静かに決意するモナカを見て、琥珀は願った。


 どうかモナカちゃんが危ない目にあいませんように、と。

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