第11話 グラップラー真姫

 で、放課後にやってきたのが旧校舎にあるファイトクラブ同好会の部室だ。


 時間が飛んだ?

 それは今から説明する。


 第一に、鷹峰高校の屋上は立ち入り禁止だ。

 昔飛び降りた生徒がいると噂されているが真偽は不明である。


 第二に、喧嘩はよくないって!? と必死に琥珀が止めて、昼休み終了のチャイムまで粘った。


 第三に、それで済んだと思ったら件の生徒が改めて喧嘩の時間だオラァ! してきて、どうにも収まりがつかずここに連れて来られたのだ。


 件の生徒というのは二年三組の黒ギャルこと半田真姫はんだ まきである。


 スポーツとしての喧嘩を楽しむ事を目的としたファイトクラブ同好会の部長であり、地上最強の生物である母親の半田優子はんだ ゆうこを倒す為に日夜腕を磨いていると噂されているが、それは多分嘘だろう。


 ともかく、喧嘩の強さでは鷹峰高校最強と噂される女子だった。

 そして、かつて琥珀に告白してきた女子の一人でもある。


『あ、天吹君! 一目惚れです! ガサツでバカなオレだけだど、精一杯大事にするから、付き合ってください!』


 一年生の頃、放課後に帰り道を歩いていたらいきなり物陰から飛び出して告白された。


『ごめんなさい!』


 それで終わりだ。仕方ない。付き合ったら相手を不幸にしてしまう。だから琥珀は、相手が誰だろうときっぱり断ることにしていた。


 ファイトクラブ同好会の部室は改造した空き教室だ。家具は最小限で、床は弾力のあるクッションシートで覆われている。棚にはグローブやプロテクター、大量の格闘漫画が並んでいた。


 部屋の真ん中では、モナカと真姫がバチバチ火花を散らしている。


「てめぇこの! 転校生のくせに天吹君の事をかっ攫いやがって! 鷹峰高校全女生徒を代表してこのオレが成敗してやる!」

「御託は良いから始めましょう。食べ物の恨みがどれ程怖いかその身に刻んであげます。物理的に」

「やっぱりだめだよ! お願いだから僕の為に争わないで!?」


 琥珀は勇気をだして割って入った。

 二人が全く引かないので、向き合った胸の間に挟まれる。


 おっと。これは中々……。

 と、鼻の下を伸ばしている場合ではない!


 モナカの強さは今朝見たばかりだ。

 真姫だって相当強いだろう。


 そんな二人がガチで喧嘩をしたら大変な事になる。

 割とマジで自分のせいで怪我なんかして欲しくない。


「邪魔です」


 モナカに押し出される。


「それに、勘違いしないで下さい。私達は琥珀君の為に戦うわけじゃありません」

「そうとも。これは女のプライドをかけた戦いだ。男は引っ込んでな! あ、天吹君でもな……」


 チラチラと、恥ずかしそうに真姫が視線を向ける。


「半田さん……」

「えっ! 天吹君、オレの名前覚えててくれたの!?」

「そりゃ、告白してくれたわけだし……」


 話したのは短い時間だが、それでも自分なんかに告白してくれたのだ。琥珀は告白してきた女の子の名前は出来るだけ覚えるようにしている。せっかくの好意に応えられない琥珀なりの精一杯の誠意である。


 琥珀としては当たり前の事なのだが、真姫は胸を押さえて涙ぐんだ。


「あ、天吹君がオレの事認知してくれてた……。やべぇ、超うれしい……」

「…………浮気者!」


 ムスッとしたモナカがこちらに歩いてきて、いきなり琥珀にビンタした。


「えぇ!? う、浮気なんかしてないよ!」

「いいえ。女の子が浮気だと感じたらそれはもう浮気です。こう見えて、私は嫉妬深く独占欲の強い女なんです」

「そ、そうなんだ……」

「いやですか?」

「いいんじゃないかな? 僕も一途なタイプだと思うし……」


 モナカがちょっと赤くなった。


「……まぁ、折角イケメンに生まれたのに非モテぶってる時点でそうなんでしょうけど。見ず知らずの壁尻を助けて名前も名乗らずに去るような人ですし。明らかに無自覚ハーレム系です。まったく安心は出来ませんね」


 恥ずかしそうにモナカがフンと鼻を鳴らす。

 そんな事言われてもという感じだ。


 なんにせよ、琥珀には二人の戦いを止める事は出来なかった。


「ラウンドワン、ファイ!」


 部員がゴングを鳴らすと同時、真姫が低く構えて高速タックルを繰り出した。


「でたーーーーーーっ! 真姫部長の伝家の宝刀、〇キブリタックルだー!」

「ぬううっ。あれが世に聞く誤奇武理多苦流〇キブリタックル……!」

「知っているの、花ちゃん!?」

「ううん、知らない。適当言っただけだ」


 その辺の部員がよくわからない茶番をやっているが、無視だ。

 それよりモナカである。


「モナカさん! 危ない!」


 普段喧嘩なんかしない琥珀である。なにがどう危ないのか分からないが、勢いで叫んでみた。


「よっ――」


 モナカはあっさり真姫のタックルを受け止めると、そのまま背中側から抱きかかえた。


「――こい、しょっ! っと」

「ふがっ!?」


 綺麗なパイルドライバーが決まった。

 この時点で真姫の負けは決まったようなものだったが、まだ意識はあった。


「ま、まだまだぁ……」


 がくがくと床に這いつくばりながら、必死に立とうともがいている。


「えぇ。私もこの程度で許すつもりはありませんので」

「え」


 倒れた真姫を仰向けに転がすと、今度は正面から抱えてパイルドライバーを決める。


「むぎゅうううう!?」


 ……いや、違う!

 これはただのパイルドライバーではない!


「名付けて。モナカ式顔面騎乗ヒップドライバーです」


 ニコリともせずモナカが告げる。


 その名の通り、モナカは真姫の顔面を巨大な尻で押しつぶしていた。


 モナカは尻フェチの琥珀が国宝級と認める程の立派な巨尻の持ち主だ。そんな尻に潰されたら脱出は絶対に不可能。呼吸も無理だ。真姫は必死にモナカの尻をタップするが、あぁ無情! モナカが許すわけはなく、やがてがっくりと力尽きた。


「ケーオー!」


 部員がゴングを鳴らす。

 目の前の光景に、琥珀はゴクリと喉を鳴らした。


 恐ろしかったからではない。

 羨ましかったのだ。


「危険なので、良い子は真似しないように」


 大盛り上がりの部員をビシッと指差し、モナカは言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る