第10話 まんざらでもない二人
「こう見えて、私はイケメンの彼氏が出来て喜んでいます」
「……はぁ」
いや、そう言って貰えるのは嬉しいのだが。
なんかもう、凄まじすぎて感情が追いついていない。
昼休みになっていた。
モナカと机をくっつけて……というか、向こうが勝手にくっつけて来るのだが。
ともかく昼食を食べている。
いつも通り、母親の作ってくれたお弁当だ。
いつも通り美味しいはずなのだが、ろくに味がしない。
それどころではないからだろう。
今朝の一戦で一組の女子を物理的に征服したモナカだが、彼女らの不満が消え去ったわけではない。モナカの見ていない所で、凄まじい形相で死ね死ねオーラを放っている。
琥珀からは丸見えだから、生きた心地がしない。
一方で、イケメンの呪いに苦しめられていた自分がこうして女の子と一緒にお昼ご飯を食べれるなんて、夢みたいだと琥珀は思った。
それが人外の力を持つ変人の転校生だとしても、普通に嬉しい。
ていうか、めっちゃうれしい。
そこまでして僕の事を彼氏にしたいなんて……。
と、琥珀は内心キュンとしていた。
やっぱりこれって恋なのかな、と初めて抱く感情を胸の中で転がしている。
イケメンの呪いによってトラブルが起こるので、今まで琥珀は女子の好意に真面目に向き合ってこなかった。ただただ、どうやって傷つけないように断ろうかと苦心するばかりである。
それを、何の心配もなく受け入れられるというだけで、ものすごく幸せな気分だった。
やっと僕にも春が来たんだぁ……と、思う。
結果、光と闇の感情が対消滅を起こして、ぽけ~っという感じになっていた。
「なので、お弁当を作って来ました」
「お、お弁当? モナカさんの手作りの?」
光が勝り、琥珀の胸はキュンとした。
だってそんな漫画みたいなシチュエーション、男だったら誰でも憧れる!
「いえ。私は全く料理が出来ないので、出来あいを詰めただけです」
「お弁当を作ってくれただけでもうれしいよ!」
即座に琥珀はフォローした。実際、どっちでも嬉しいのだ。余計な事を言ってしまったと後悔したくらいである。
モナカが取り出したのは以前見たパンツの柄と同じ、クマさんの絵がプリントされた小さなお弁当だ。サプライズなので余らないようにという配慮だろう。
「わぁ! すごい! ご馳走だ!」
弁当自体は小さいが、中には一口サイズのステーキやうなぎの蒲焼、角煮やマツタケ、プリプリの蒸しエビやアボカドなんかが升目状の仕切りの中に入っている。
「こういうのはよくわからないので、とりあえず美味しそうな物を片っ端から詰めてみました」
「でもこれ、高かったんじゃない?」
「平気ですよ。私、稼いでるので」
「え?」
「おっと」
モナカがぷっくりとした唇に指を当てる。
「それより、取り寄せた料理の処理の方が大変でしたね。色々頼んで一口分だけ取り分けたので。いくら食べ盛りの女子高生でも、焼肉の後だと胸焼けしました」
「いや、今稼いでるって――」
ていうかこれ、普通の料理から一口分ずつ集めてくれたんだ……。
好奇心と感動がぶつかって、琥珀の頭はショートした。
「はい、あーん」
「あむ」
そこにステーキをあーんされて、何も考えずに食べてしまった。
ボキボキボキボキ!
ぎょっとして振り向くと、女子の半数ぐらいが握った箸をへし折っていた。
……ふぇぇ。……やっぱり怖いよぉ……。
なんて思っていると、モナカに顔を掴まれ、正面を向かされる。
「気にしないで、私との時間に集中してください」
「……は、はひ」
く、くそう。
変人なのに、なんてイケメンなんだ!
受け身気質の琥珀はメロメロである。
ていうか、あーんされちゃった。
そんなの、あーんて感じじゃん。
と、遅れて胸がドキドキした。
一方モナカはしっくりこない様子だ。
「ふむ。どうしてこの手のヒロインは出来もしない料理を作って恥を掻こうとするのか謎でしたけど、今理解しました。出来合いじゃ食べて貰ってもそんなに嬉しくないですね」
「そんな事ないよ! ぼ――」
ボキボキボキ! 残りの半分の箸も折れて、琥珀はビクリと肩を揺らした。
そちらを見たくなる衝動をグッと堪えて、クラスの女子を刺激しないように声を潜める。
「僕は嬉しいし、お弁当も美味しいよ?」
「いや、私の気持ちなので」
そう言いつつ、モナカの顔はほんのり赤くなっていた。
「まぁ、琥珀君みたいなイケメンにそう言われるのは悪い気分じゃないですけど。さらなる快楽を求めて、料理を勉強してみます」
照れ隠しだろうか。モナカはちょっとムスッとしていた。
そして、あーんしろとばかりに口を開く。
……おいおい。なんだよ。普通に可愛いが?
ヤバい変人というイメージが強かった分、琥珀は萌えた。
よく見れば、モナカの身体はちょっと震えている。
こんな天上天下唯我独尊みたいなオーラを出して、緊張しているのかもしれない。
でも、あーんなんかしたらクラスの女子が騒ぐだろうな……。
一瞬そう思ったが、琥珀は気にしない事にした。
だってもう、彼女を作ってしまったのだ。
じゃあ、ちゃんと彼氏にならないと失礼だろう。
「あ、あーん……」
一応小声で、自分のお弁当の唐揚げをモナカの口に運ぶ。
「決闘の時間だオラァ! 地獄谷モナカ! 表に出やがれぇ!」
「ひぃっ!?」
いきなり他クラスの女子が殴りこんできて、驚いた琥珀は唐揚げを落としてしまった。
閉じていたモナカの目がゆっくり開く。
「屋上に行きましょう……。久しぶりにキレてしまいました……」
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