第9話 最強系ヒロイン

 翌朝。


「……あの、モナカさん」

「よ、琥珀。今日もイケメンだな」


 やっぱり昨日の話、なかった事に出来ないかな?

 そう言おうと思った矢先、モナカが距離感ゼロの挨拶を放ってきた。


 昨日散々目立った後だ。クラスの女子がなんなのよこの女は!? と壮絶な視線を向けている。


「あ、あの……そういう挨拶はどうかと思うんだけど……」

「私もそう思ったんですけど。彼氏って初めてなので、距離感が掴めなくて」

「ちょっとモナカさん!?」


 なんて事言うんだこの子は!?


 ハッとして周りを見ると、クラスの女子が次々殺意の波動に目覚め、暗い炎を瞳に宿して立ち上がる。


「ちょ、待ってみんな!? これは誤解だから!? モナカさんとは別に、そういうんじゃなくて――うわぁ!?」


 慌てて弁解する琥珀の胸倉をモナカが掴んだ。


「人の事ぬか喜びさせて騙すつもりですか?」

「こ、これはモナカさんの為を思って……」

「余計なお世話です。ていうか、ここで告白をなかった事にされたら嘘告って事になって大恥なんですけど」

「それは……」


 その通りだ。

 そんな気は全くなかったのだが、構図としては同じである。


 あぁ、僕のバカ!

 今まで必死に我慢して来たのに、雰囲気に呑まれてオッケーしてしまうなんて。


 でも、仕方ないじゃないか!

 なんか高そうな焼肉屋さんに連れて来られて浮足立ってたし。

 モナカさん、普通に地味可愛いし。

 そのくせメガネを取って髪を解いたら別人みたいに綺麗系になっちゃうし。

 これまで誰にも言えなかった愚痴を全部聞いてくれて、うっかり心を許してしまったのだ。


 なによりあのお尻……。

 いや、他のお尻を触った事なんかないけれど、それにしたって国宝級の大きさだった。


 そんな子に「じゃあ私と付き合います?」なんて言われたら、誰だって頷いてしまうに決まっている。そうじゃない奴なんかいない。異論は認めない!


 別に琥珀だってモナカと付き合いたくないわけじゃない。むしろ付き合いたい。変人だけど、それを補うなにかがある。お尻とか、頼もしい感じとか。琥珀はリードされたいタイプなのだ。


 だからこそ、そんな子を不幸にしたくない。モナカは中二病と笑ったが、現実問題として、今まさにモナカ対二年一組の女子との全面戦争が勃発しようとしている。


 いや、それだけでは済まない。

 戦火はあっと言う間に拡大し、学校中に広がるだろう。


 いくらモナカがぶっ飛んだ転校生とはいえ、多勢に無勢だ。

 勝ち目なんかあるわけない。


 だからやっぱり、たとえ嘘告になって彼女に恥をかかせる事になったとしても、あの話はなかった事にするべきなのだ。


 そして琥珀は改めて思った。

 やっぱり僕は、一生一人でいるべきなのだと。


 そんな事を考える琥珀の目をジト目で見つめて、モナカは言う。


「私の事を見くびってますね。まぁ、知り合ったばかりなので仕方ないですけど」


「ちょっとあんた! 琥珀君から手を放しなさいよ!」

「そうよそうよ! メガネブス! 彼女じゃないって言ってるじゃない!」

「なに勘違いしてるのか知らないけど、あんたみたいな冴えない女を琥珀君が彼女にするわけないでしょ! バーカ!」


 一人の女子が火ぶたを切ると、他の女子が次々便乗する。


 あぁ、始まってしまった。

 だから嫌だったんだ。


 こうなるの初めてじゃない。

 以前にも、同じような事があった。


 私は大丈夫だからと強気な事を言っていた女の子が、コテンパンにやられてイジメられてしまった。その子はクラスの人気者だったのに、あっという間に嫌われ者の除け者だ。


 そんな光景見たくない。


 モナカがイジメられるのは勿論のこと、普段は良い子のはずの女子達を狂わせてしまうのも琥珀は嫌なのだった。


 自分がいなければ、みんな仲良く平和でいられるはずなのに。


 絶望する琥珀から手をはなすと、モナカはウォーミングアップでもするように肩を回し、おもむろに自分の机を拳で打ち抜いた。


 あり得ない光景に、ヒリついていた教室の空気がコチンと凍りつく。


「で? 文句があるなら相手をしてあげますけど」


 ヒェッ。


 モナカ以外の全員が喉を鳴らした。


 面白がっていた男子は青ざめて関係ない振りをはじめ、女子は首が飛んでいきそうな勢いで左右に振った。


 琥珀は開いた口が塞がらなかった。

 モナカの鼻が勝ち誇ったように笑う。


「これでもまだ、私がチンケないじめに遭うと?」


 琥珀はブルブルと首を横に振った。

 縦に振ったら、自分も机と同じ目にあう気がした。


「よろしい。では、先程私に暴言を吐いた方は謝って下さい」


 モナカの声が冷たく響く。


 言ったのは強気な女子ばかりだ。

 なんなのよこの女と、悔しそうに顔を見合わせている。


「嫌なら結構。粛清です」

「「「ごめんなさい!」」」


「声が小さい!」

「「「ごめんなさい!!!」」」


「頭を下げろ! 這いつくばれ! 二度と私に逆らわないと誓いなさい!」

「「「二度と逆らいません! 本当にごめんなさい! 勘弁してください!!!!」」」


「よろしい。次は有りませんよ。分かったら、とっとと新しい机を取って来なさい」

「「「えぇぇ……」」」


 モナカが拳を掲げると、三人の女子は転がるように教室を飛び出して行った。


 ……この子、本当になんなんだろう。


 唖然として見つめる琥珀に、モナカは言った。


「机は弁償するので問題ありません。私、お金持なので」


 そんな事は聞いちゃいない。

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