第8話 即落ち系主人公
「あ、そのお肉もう焼けてますよ」
網の上でいい感じに焼けた牛タンをモナカが箸で示した。
学校の近くにあるなんか高そうな焼き肉屋である。
なぜ? それは今から説明する。
学校が終わった後、琥珀はモナカに自分がどういう人間か説明しようとした。
人目がある場所だとモナカの立場を悪くするので、どこか寂れた喫茶店にでも入ろうと思っていた。そしたらモナカがお腹空きましたとか言い出した。始業式なので、昼前に学校が終わったのだ。
で、がっつり焼肉って気分ですね。この前のお礼もしたいので奢りますよ。とか言われてこの店に連れて来られた。
そういうわけだった。
「……えっと。僕の話、ちゃんと聞いてた?」
尋ねつつ、琥珀は牛タンをネギ塩だれにつけて口に運んだ。霜の入った肉厚の牛タンは、今まで食べてきた牛タンが薄っぺらいゴムに思えるくらい美味しかった。ほんのり甘くジューシーで、噛むとむっちり舌に吸い付く。大人のキスってこんな感じなのかな……。そう思って琥珀はちょっとドキドキした。
「聞いてましたけど。だからどうしたって感じですね」
「えぇ……」
それよりモナカは、タレにつけたカルビをご飯にペタペタするので忙しいという感じだ。
なんなら店員さんを呼びつけて追加のお肉を注文している。個室だし、大人だって気軽には入れなそうな高級店という感じだが、支払いは大丈夫なのだろうか。
「だって僕、親友の彼女を寝取っちゃったんだよ?」
「寝取られ系のエロ漫画読んだ事あります?」
ジト目になってモナカは言う。
「えっと、その……」
ないと言ったら嘘になる。でも、一応未成年だし、女の子の前だし、絵柄が好みだっただけで、寝取られ自体は好きではないのだ。
「寝取られ舐めんなって感じですね。別にヤッたわけでもないし、ビッチに振り回されただけじゃないですか」
「そ、そうだけど……」
そんな風にズバズバ言われると言葉に困る。
「で、でも、僕のせいで二人が不幸になったのは事実でしょ? あの女だって、僕がいなかったらあんな事しなかっただろうし」
「イケメンの癖に考え方が女々しいですよ。一番悪いのはビッチ。二番はビッチを見抜けなかった彼氏。琥珀君もまぁ、そんな見え見えのビッチトラップに引っかかるのはおマヌケだと思いますけど。中坊ならそんなもんじゃないですか?」
お肉を焼く片手間にという感じで言ってくる。
酷い言い草なのだが、不思議と腹は立たなかった。
……正直に言えば、心のどこかで、これって僕が悪いの? という想いがないわけではなかった。文ちゃんだって、ショックなのは分かるけど絶交は酷くない? とちょっとは思う。でも、そんな風に思う自分はなんか嫌な奴みたいで嫌だ。
「……でも」
その先が続けられない。
言いたいが色々ありすぎて胸の中でこんがらがってしまう。
「琥珀君は難しく考えすぎなんですよ。別に裁判してるわけじゃないですし。適当に愚痴ったらいいじゃないですか。ここに丁度、都合の良い転校生がいるわけですし」
「……モナカさん」
気楽に言われて、なんだか琥珀はジーンとした。
本当はずっと、あの日の想いを吐き出す相手を求めていたのだ。
それだけじゃない。以前は文ちゃんが聞いてくれた、モテ問題の話だって。
「じゃあ話すけど……そもそもさ、僕だって好きでイケメンに生まれたわけじゃないんだよ……」
「そうですね」
「それにみんな誤解してるよ。イケメンだっていい事ばかりじゃないんだ――」
「――そうですよね。大変ですよね」
「それだけじゃないんだよ。例えば――」
「――うんうん。そうだそうだ。もぐもぐ」
こうなるともう止まらない。
あの日から溜め込んでいた黒い想いが次から次へと溢れ出す。
吐き出す事は快感だった。一つ愚痴を言う度に胸のもやもやがスッキリして、穢れた心が浄化されていくようだ。
「ていうか、僕だって普通に彼女欲しいし! みんなみたいに彼女とイチャイチャ青春ぽい事したいんだよ!」
「じゃあ私と付き合います?」
「……ふぇっ」
それまでお肉を食べながら全自動全肯定マシーンになっていたモナカである。
琥珀は完全に油断していて、不意を打たれた。
それに、こんな適当な告白をされたのも初めてだった。
だからなのかは分からないが。
トゥンク。
胸が鳴ってしまった。
やだ……僕、恋しちゃったの?
と、左胸を押さえてうっかり乙女チックになる程である。
今まで並み居る女子の告白を断ってきた僕が?
学校一の美少女、セクシーギャル、無口な図書委員、お金持のお嬢様、年上の生徒会長にツンデレヤンデレ、ロリにぽっちゃり、巨乳に貧乳、ありとあらゆる属性の女子にモテ、それを振ってきたこの僕が、こんなわけのわからない変な転校生に堕とされちゃうっていうの?
……ふ~ん。おもしれぇ女。
っと、混乱して琥珀はバカになった。
元々結構バカなのだ。
大体、今まで告白を断ってきたのは、諸々のトラウマで他人とは関わらないと決めていたからに過ぎない。そんな縛りさえなければ、琥珀は今まで告白してきたどの子とも付き合っていただろう。だってみんな可愛かったし。
そしてモナカは、割とあっさり琥珀の心のガードを潜り抜けてきた初めての女子なのだった。
「で、でも……僕みたいなイケメンと付き合ったら他の子にイジメられるし……」
全身が心臓みたいにドキドキしながら、琥珀は言う。
「私がそんなタマに見えますか?」
見えない。モナカなら逆にやっつけてしまいそうだ。
「私みたいな地味子じゃ物足りませんか?」
急にモナカが真顔になり、三つ編みを解いてメガネを外した。
たったそれだけの事で、モナカは黒髪ロングの清楚系美少女に変身した。
ねっとりと、憂いを帯びた視線を琥珀に投げかけ、両手で巨大な胸をゆさゆさ揺らす。
客観的に見ればアホみたいな光景だが、琥珀はアホなので見惚れてゴクリと喉を鳴らした。
「そ、そんなこと、ナイデスケド……」
思わず声が上擦った。
「私のお尻、どうでした?」
「す、スゴクオオキカッタデス……」
「大きいお尻は嫌いですか?」
「だ、ダイスキデス……」
「じゃあ私と付き合います?」
「……ヨロシクオネガイシマス」
言ってしまった。
その後の事は覚えていない。
なんだか夢を見ているみたいで、気がついたら家にいた。
記憶の端に、モナカがワニ革の財布から万札の束を取り出している光景がうっすら残っているくらいだ。
で、冷静になって琥珀は青ざめた。
「……どうしよう。とんでもない事しちゃった!?」
完全に一時の感情に流されただけである。
仕方ない。
だって男の子だもん。
こはく。
†
「イケメン、ちょれ~」
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