七夕の夜の出会い [side 文彦]
[side 文彦]
7月7日、七夕の日。俺は仕事を終えて、転勤先の職場から住んでいるアパートに帰ろうとしていた。
駅前に着くと、そこには色とりどりの七夕飾りが飾ってあった。
(こっちでも、七夕祭りがあるんだな……。)
俺は、ふと姫井さんのことが頭に浮かび、彼女のことを想ってしまう。
(姫井さん……。今頃、何しているかな……?元気でやっているだろうか……)
ぼんやりと夜空を見上げる。少し寂しくなってしまった俺は、ため息をつく。
すると、後ろから声をかけられた。
「お兄さん、どうかしたのかい?何か悩んでいるみたいだけど……?」
振り返ると、1人の女性が立っていた。
見た目は中性的で、声を聞かなければ男性だと勘違いをしていただろう。彼女は俺の隣に来ると、話しかけてきた。
「お節介だったらごめんね。あたしで良ければ話を聞くよ?」
「えっ……でも……」
「そう言わずにさぁ!ほら、あたしの店が近くにあるから、そこで話をしようよ!」
……そう言われると断りづらいし、それに彼女からは何か惹きつけられるものを感じたのだ。だから、俺は彼女に連れられていくことにした。
「さ、入って入って!狭い店だけど……」
彼女は苦笑いしつつ、俺を店に招き入れた。看板には『Bar Milky Way』と書かれていた。
中へ入ると、そこは落ち着いた雰囲気のある空間だった。カウンター席とテーブルが2つあり、客は誰もいなかった。
「適当に座って待ってて!」
俺は、彼女に言われた通りに椅子に座って、店内を眺める。
(綺麗な店だな……)
内装にも拘っているようで、とてもセンスが良いと感じた。
しばらくすると、彼女が戻ってきた。
「はい。これ、サービスだよ」
「ありがとうございます……」
グラスを受け取り、一口飲んでみる。すると爽やかな味が口の中に広がり、気分が落ちついた。
「美味しいですね……。これは、なんというカクテルですか?」
「『MILKY WAY』っていう名前なんだ。七夕をイメージして作っているんだよ」
「そうなんですね……」
確かに今日は七夕の日だ。……姫井さんとは離ればなれになってしまったが、このカクテルを飲むことで少しだけ寂しさが紛れるような気がした。
「ところで、お兄さんはどうして浮かない顔をしていたんだい?」
「実は俺……恋人を置いて、こっちに転勤してきちゃったんですよね……」
「なるほど……。それは寂しくなるね……」
「えぇ……。そのせいか、最近になって姫井さんのことばかり考えていて……」
「へえー……。その恋人はどんな人なのか聞いても良い?」
彼女から聞かれて、俺は姫井さんのことを思い浮かべた。
「そうですね……。優しくて、可愛らしい人で……いつも笑顔が絶えなくて……」
……姫井さんは、俺の転勤が決まっても、笑って送り出してくれた。でも、できることなら傍にいたかった……。
そこまで考えて、俺はハッとする。
(そうだ……。俺は姫井さんと一緒にいたかったんだ!離れたくない!ずっと一緒に居たい!!)
……気がつくと目頭が熱くなり、涙が出そうになった。すると、彼女は微笑みながら言った。
「そっか……。そんなに素敵な人なんだね……。やっぱり、寂しいかい……?」
彼女の言葉に、俺は思わず本音を漏らしてしまった。
「はい……。とても寂しいです……。本当は、一緒にいたかった……」
俺はカクテルを呑み干すと、涙がこぼれてしまった。すると、彼女は優しい声で言った。
「……うん。わかるよ。好きな人と会えないのは辛いよね」
「はい……。でも、姫井さんは頑張っていると思うので、自分も負けずに頑張りたいと思います……」
「そうか……。お兄さんは強いね……」
「いえ……。自分は弱い人間です……。結局、自分の気持ちを押し殺して、彼女を困らせないようにしたんです……」
思っていた言葉が口から溢れてしまう。
「でも、やっぱり寂しかった……。もっと彼女と過ごしたかったんです……」
「…………」
彼女は何も言わずに、静かに俺の話を聞いてくれていた。
しばらくして、俺は落ち着くことができた。
「……すみません。急に泣き出してしまって」
「ううん。大丈夫だよ」
「あの……、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「いいけど……。あたしの名前は『
「『カササギ』ですか……。珍しい苗字ですね」
俺の言葉に、彼女は苦笑いしながら答えた。
「よく言われるんだ……。まぁ、あたしのことは苗字で呼んでもらって構わないよ」
「わかりました。俺は星野文彦といいます」
「よろしくね。星野さんでいいかい?」
「はい。大丈夫です」
「わかった。……それじゃあさ、何かあったらいつでも相談しに来てくれていいからね!」
そう言って、カササギさんはニッと笑った。
「そんな……悪いですよ……」
さすがにそこまでしてもらうのは申し訳なく思ったのだが、「いいからいいから!こうやって会えたのも何かの縁だしね!」と押し切られてしまったので、遠慮せずに甘えることにした。
「……それでは、また来ます」
「はいよ〜!いつでもどうぞ〜」
そして、俺は店を後にした。
(なんか、不思議な人だったな……。でも、おかげで元気が出た気がする!)
足取りも軽くなり、家に向かって歩き出す。
(明日からも頑張るか!……でも、俺はどうしてカササギさんに着いていこうと思ったんだろう?)
ふと疑問に感じつつも、俺は家に帰って行ったのだった―――。
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