七夕の夜の出会い [side 沙織]

[side 沙織]


 7月7日、七夕の日。街はお祭りで賑わっている。

 ……そんな中、私は1人で歩いていた。星野さんは、転勤先に旅立ってしまったのだった。


(星野さん……。元気にしているかしら……?本当は、一緒にお祭りを回りたかったな……)


 彼とはメッセージのやりとりを続けているが、実際に会うことはできない。

 私は1人でお祭りを回る気にもなれず、家に帰ろうとしていた。


 そこで、ふと店の看板が目に入った。

 看板には『Bar 天の川』と書かれている。



(こんなところに、バーがあったのね……。今日くらいは、お酒を呑んでもいいかも……)


 私は、なぜかその店に惹かれて入ることにした。中に入ると、カウンター席とテーブルが2つほどあるだけのこじんまりとした店内だった。


 私は空いているカウンターの椅子に座った。すると、マスターらしき人が話しかけてきた。


「いらっしゃいませ……。ご注文は何にいたしますか?」


 その人は、中性的な見た目をしており、パッと見は女性にも見えるが、声を聞く限り男性であることがわかった。


「えーっと……。オススメとかありますかね……?」


 ……私は適当に質問する。


「そうですね……。お客様の好みにもよりますが……。甘いカクテルなんていかがでしょう?」


「えっと……。それじゃあ、それをお願いします……」


 私は、少し迷ってから答える。すると彼は、テキパキと準備を始めた。



(この店……内装も素敵だし、落ち着いた雰囲気がするわ……。こういう場所は、あまり来たことがないから新鮮だな……)


 ……私はボーッとしながら待っていると、目の前にグラスが置かれた。


「どうぞ……」


「ありがとうございます……」


 出された飲み物を一口飲む。すると、とても飲みやすくて甘かった。


「……美味しい」


 思わず呟くと、彼は微笑みながら言った。


「それは、よかった……。ところで、何か悩み事でもありましたか……?」



 予想外の言葉だったので、私は驚いてしまう。


「どうして、そう思ったんですか……?」


「いえ……。ただ、何か思いつめたような顔をしていたので……」


「……そうだったんですか。すみません……」


 私は彼に謝罪をする。すると、彼は優しい声で言った。


「……僕でよろしければ、お聞きいたしますよ?」


「えっ……?」



 ……私は少し戸惑った。初対面の人に話すような内容ではないと思ったからだ。


 しかし、彼の優しさに心が動かされた私は、つい話してしまった。


「実は……。私の恋人が転勤になってしまって……。遠距離恋愛になってしまったんですよね……」


「そうだったんですか……」



 ……私は星野さんとの思い出を振り返る。彼と過ごした日々は楽しかった。そして、これからもずっと彼と一緒に居たいと思っていた。


 でも、私のわがままで彼を困らせてしまうわけにはいかない。私は星野さんに迷惑をかけないように、笑って送り出したのだ。


「……でも、星野さんも頑張っていると思うので、私も負けずに頑張りたいと思います」


 私は笑顔で答える。しかし、彼は心配そうな顔で見てくる。


「本当に、それで良いのですか……?」


「え……?」


「貴女は無理をしているように見えます……。恋人と離れて暮らすのは、辛いはずなのに……。それでも、自分の気持ちを押し殺してまで、頑張って笑う必要はないんじゃないですか……?」



 彼の言葉に、張り詰めていた気持ちが緩んでしまう。

 そして、私はグラスに入ったカクテルを一気に呑み干す。すると、視界が涙で滲んだ。


「うぅ……。ひぐ……。やっぱり、辛くて……。ひっく……。寂しいですよぉ……。」


 今まで我慢していた感情が爆発してしまった。


 ……私の前世は織姫。星野さんの前世は彦星。私たちが惹かれ合ったのは運命かもしれないけれど、離ればなれになる運命まで前世と同じなんて……悲しかった……。


「今日は、七夕の日なのに……っ!神様は意地悪です……。私が何をしたっていうの……!?」


「……」


「せっかく、付き合えたのに……。やっと幸せになれたのに……。離ればなれになっちゃうなんて……」


「……えぇ。その通りですね……」


 彼は、優しく相槌を打ってくれた。

 ……それが嬉しくて、余計に泣いてしまった。


「……星野さんに会えないのは嫌です。もっと一緒に居たかったです……」


 次々と言葉が溢れてきてしまう。それを、彼は黙って聞いていてくれた。



 しばらくして、私は落ち着くことができた。


「すみません……!急に取り乱したりなんかして……」


「いいえ。気にしないでください」


 彼は優しく微笑んだ。



 私は、ここまで親身になって話を聞いてくれた、彼の名前が知りたくなった。


「あの……。もしよろしければ、貴方の名前を教えてもらえませんか?」


 すると、彼は答えてくれた。


「僕ですか?僕は『鵲翔助かささぎ しょうすけ』といいます」


「『カササギ』さん……。珍しい苗字ですね……」


 思わず口にしてしまうと、彼が苦笑いをしながら言う。


「よく言われます……。まぁ、僕のことは苗字で呼んで下さって結構ですよ」


「わかりました。えっと、私は姫井沙織と言います」


「では、姫井さんとお呼びしても……?」


「はい。構いませんよ」


「それでは、姫井さん。こうして出会えたのも何かの縁ですし……。何か相談したいことがあれば、いつでもここにいらしてください」


 そう言って、カササギさんは優しく笑った。


「あ、ありがとうございます……!」


 私は感謝の言葉を伝え、代金を払ってから店を後にした。



(不思議な人だったなぁ……。でも、おかげで元気が出た気がする……!)


 足取りも軽くなり、家に向かって歩き出した。


(明日からも頑張ろう!……でも、私はどうしてあの店に入ろうと思ったんだろう?)



 そんな疑問を抱きつつも、私は家に帰って行ったのだった―――。

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