第6話 失くした記憶

今度のは一瞬だった

だが、確実に意識が飛んだ

その証拠に、腕時計の針は祠に来たときから半周進んでいた


「起きたか?」

「何があったの?」


フフは細めた金色の目を指差し、

「この金色の瞳は、贄の精気を吸いとることができる。吸いとられた贄はしばらく昏倒してしまう」 

「ええ?!」

「昨日、手加減できなかったことは謝る。それだけ切羽詰まっていた」

「どういうこと?」

「俺は女の精気は吸わないが、お前の祖母も、その前もその前も、なぜか贄は女ばかりだった。あれらが持ってきたわずかな食べ物と月の光だけで生き長らえていた。やがて、神通力も弱り、めしい、記憶も薄れていったのだが…」


フフが駿太を見つめた


「お前のお陰で、少し思い出した。探している片割れのことを…」

「本当に?!」


駿太は両手をついてフフに詰め寄った

フフは、昨日のようにくるりと一回転すると、また白髪の少年の姿になった

気品に満ちていて、神々しいその姿に、駿太は見惚れた


「ん?またお前の精気が糖度を増した。なぜだ」


理由はひとつしかないと思った


駿太が、フフに対して心をときめかせているからー


「駿太、ここに来てくれてありがとう。お前の精気を一度もらえば、10年は生き永らえそうなほど、力が漲ってくる。その証拠に、俺はもうチルヒメを取り囲む結界が見えるようになった」

「じゃあ、今までは見えてなかったの?」

「一昨日までは、お前のことも、匂いと、気配と、姿形を象った光くらいしかわからなかった。お前が鳥居があると言ったとき、真っ暗な靄がかかって、それがどちらの方向にあるかもわからなかった。お前が持ってきてくれた絵も然り。昨日泣いたのは、そこにチルヒメの絵があるのによく見えなかったからだ」

「言ってくれればよかったのに」

「言ってもどうにもならん。が、昨日お前の精気を得たら俺が見たいと願うものは見えるようになった」


駿太は膝を抱えてフフを見た


「…今は、俺のこと、見える?」


フフは目を細めて鼻を鳴らした


「ああ、見える」

「想像と違った?」


フフが首を横に振った


「お前はお前だ。想像も実像もない」


駿太はその答えが世界で一番だと思った


「それで、チルヒメも見えるようになったんだ」

「いや、チルヒメはまだ見えぬ。見ようとしているが、それを邪魔するのが結界だ。誰が張ったものか…」

「伝説には、蛇が出てくるけど、蛇から逃れるために、チルヒメ自身が張ったとかはない?」

「なんとも言えない…」


フフはまた寂しそうに神社の方角を見た

駿太に助けてあげたい気持ちとチルヒメへの嫉妬心が芽生えた


「フフはチルヒメが好きなの?」


怖くて聞きたくないのに、聞いてしまう自分が怖い

駿太は聞いた直後に後悔した

そんな駿太の心のなかを見透かしているかのように、フフはまたニヤリと笑い、

「駿太は妙な餅を焼くのう」

「?」

「…わからないならいい。好きにも色々ある。チルヒメに好意を寄せるなどおそれ多いことであるし、俺は男が好きな変わり者のようだし…」


フフが流し目で駿太を見た


「男が好きっていう記憶はあるんだ」

「本能だしな。それに、直近のことは大抵憶えている。浪のことも憶えていただろ?」


納得できるような納得できないような話だったが、駿太はノートを取り出し、フフの言ったことをメモった


3月の夜は寒い


一気に上がった熱が徐々に引いていって、寒さが体に染み込んできた       

駿太は犬に戻ったフフの尻尾に巻かれて暖をとった


「俺が調べてきたことで、フフが知っていたことってあった?」

「うーむ…」

「チルヒメがこの町?に来たとき、フフも一緒にいたんだよね?」

「憶えていない」

「フフは元から犬だったの?」

「それも憶えていない」


そっちの記憶の方は後回しにした方がよさそうだ


「さっき言ってた結界って何?」


フフが尻尾を振り、鼻を駿太にこすりつけた 

これもわからないらしい

駿太は切り口を変えることにした


「そういえば、片割れのことは思い出したって言ってたけど…」

「駿太、昨日見せてくれた絵はあるか?」


駿太はスマホで撮った掛け軸の写真をフフに見せた

フフは前脚の爪で大雑把に、チルヒメの膝に寄り添って座る犬を指差した


「こっちが俺だな」

「じゃあこっちのワンちゃんが片割れ?」

「うむ」


もう一匹の犬はチルヒメとフフから少し離れたところに座って、二人を見つめている


「我ら2匹は違う役割を担って野に放たれた…」

「チルヒメに何か頼まれたの?」


それ以降、フフは黙ってしまった

時計を見ると、もうすぐ8時になるところだった

駿太は空腹を感じた


「俺、そろそろ帰るね」


一言も喋らなくなったフフをそのままにして、駿太は階段を駆け下りた


夕飯に焼きそばを食べ、宿題をし、お風呂に入ったら10時を回ってしまい、帰宅した母親とバッティングした


怒られると思ったが、母親は「ちょうどよかった。話があるんだ」と言って、駿太を座らせた


「駿太、もうすぐ中3になるじゃない?」

「うん」

「どこの高校に入りたいとか決めた?」

「え?この辺だとどこなんだろう?」

「あんたの成績だと、南高とか駿府東とか?」

「そうなの?」

「昴流はどこだって?」

「知らない」


昴流に抱き締められた感触を思い出し、自然とぶっきらぼうな言葉遣いになった


「そろそろクラスの子とかにも聞いてみなさいよ。あと、塾の情報とか。でもこの辺にはちゃんとした塾がないから、お母さんは家庭教師がいいんじゃないかな、って思ってるんだけど…」

「家庭教師って?」

「友だちの息子さんが、国立大の理数学科に通ってるんだって。で、この辺で家庭教師のバイト先を探してて、あんたにいいんじゃないかと思って…」

「うーん…」

「とりあえず、週2で2時間ずつくらいやってみない?」

「まあ、いいけど…」


友子の顔が明るくなった


「よかった。じゃあ返事しておくね!」


友子は、話している間にすっかり冷めてしまった焼きそばをすすった


※※※※※※※※※※


翌日はフフと出会って初めての休みの日だった

駿太がいつもより1時間ほど遅く起きると、友子の姿はすでになく、食卓にホットケーキが3枚置かれていた

駿太は2枚を食べ、残りの1枚を皿にのせて家を出た


休みの日なら時間を気にせずフフと一緒にいられる

本当は家に来てもらって、人目を気にせずモフモフしたいが、フフが祠を離れられないなら仕方ない


皿を片手に階段の下まで来ると、数人の大人が階段の中ほどで話している姿が見えた

手には鎌や、草刈り機を持っている

そういえば今日は地域の美化活動の日だったことを思い出した


「駿太、おはよう。今日もお供えご苦労さん」


青年団の団長が、階段を上って来る駿太に声をかけてきた

メンバーの中には、自治会長の道成みちなりもいた

駿太は昨日役場の担当者に言われたことを思い出した


「道成さん、この上の祠って誰が管理してるんですか?」


道成は近所の初老の男性で、駿太どころか友子が小さい頃からよく知っていて、去年の4月から小谷地区の自治会長をしているのだ


「祠?それは駿太んちが管理してるんだろ?浪さんから何も聞いてない?」

「ばあちゃんからは、お供え物を欠かすなってことしか聞いてないんですけど…じゃあ、誰かが管理してるってわけではないんですね?」

「特にはいないなあ…今日みたいに美化活動の時に風通ししたりするくらいかな?」

「いつからあるんですか?」

「さあ…たけさん知ってる?」


岳は駿太の祖母の浪と同年代ながらも、現役で畑仕事に出ている元気な老人だった


「俺が子供の頃にはあったなあ」

「じゃあこの辺で白い犬って見たことありますか?」


すると道成が岳に向かって

「白い犬って、浪さんがよく言ってたやつか?」

と聞いた


岳もうなずいて、

「それなら、俺や浪さんが小さい頃にここらへんをうろついていた2匹のつがいの白い犬のことじゃないかな。あまりに大きくて外国の犬のようだったから、同じ歳くらいの連中はみんな覚えていると思うが…そういえば、浪さんが死ぬ前にも少し話したような…」

「つがい…」


駿太の胸に引っ掛かるものがあった


「そういえば、あの祠も空襲で焼けたんじゃなかったっけか?」


道成の言葉に誘発されたように、岳が

「そうだそうだ。思い出した!」

と声を張り上げた


「あの祠は空襲で焼けて、しばらくそのままになってたんだが、浪さんのじいさんが建て直したんだよ」

「ばあちゃんのおじいちゃんってことは…」 


なんて呼ぶのかわからないくらい遠い昔の話だ

フフとチルヒメの秘密に直接かかわることではないにしろ、後でメモを取っておこうと駿太は思った


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