第4話 朴山神社
登校すると、すぐに昴流がやって来た
「駿太、今日は暇?」
「ごめん、今日は神社に行こうと思ってるんだ」
「お前、昨日も図書室行くとか言ってさあ…何か隠してる?」
「ちょっと調べものがあって…」
フフのことは、荒唐無稽すぎてきっと昴流にも信じてはもらえまい
駿太はしばらく自分一人の胸のなかにしまっておこうと思った
「何しに行くか知らないけど、お前が行くなら俺も行こうかな。どうせ暇だし」
「え?!無理しなくても…」
「いいよいいよ。その代わり神社にアイスの自販機あったよな?おごれよ」
「それ、なんかおかしくない?」
「そう?」
その時、赤石が声をかけてきた
「鋏くんと越野くん、神社に行くの?」
「うん」
さっきまで駿太に絡んでいた昴流が急におとなしくなった
「2組に神社の子がいるよ。
「え?!」
駿太の食いつきに、赤石は少し戸惑いを見せた
「わたし、小学校も同じだったから。朴山
「男?女?」
昴流が聞いた
駿太も昴流も山間部の分校出身で、町の小学校から来た生徒のことはほとんど知らない
「女の子だよ。わたし、5年と6年で同じクラスだったの」
「赤石さん、仲いいの?」
「すごく仲がいいわけじゃないけど、たまに一緒に帰ったりはするよ」
駿太は赤石に朴山を紹介してもらうことにした
※※※※※※※※※※
「
赤石が2組の教室の入り口で手を振ると、一時間目の授業の支度をしていた朴山が、わざわざ手を止めて駆け寄ってきてくれた
「これ、同じクラスの越野くんと鋏くん。なんか神社のことが知りたいみたいで、連れてきた」
朴山は、二人をチラッと見て「はじめまして」とうつむきがちに言った
「はじめまして。僕ら第二小で町のことあまり知らないから、次の在学生のために町の歴史とか地理とか調べてて…」
自分の口からこんなにスラスラと嘘が出るとは、駿太は思ってもいなかった
赤石が「本当だよ」とでも言うようにうなずいた
それで安心したのか、朴山は顔を緩め、
「わたしでわかることなら…」
「今日放課後に実際に行ってみようと思ってるんだけど、朴山さんが神社のことで知ってることを先に聞けたらなって」
「うちの神社の歴史は古くて何百年も前からあるって、おじいちゃんは言ってる。来月お祭りもあるよ」
「じゃあ、祀ってある神様って知ってる?」
「コノハナチルヒメ。うちに絵があるよ」
コノハナチルヒメの名前を聞いて、駿太の胸が高鳴った
「絵って見れる?」
「うん。うちにあるし、掛け軸だから」
「見せてもらえない?!」
駿太と朴山のやりとりを見ていた赤石が
「鋏くん、わたしもついていっていい?」
と聞いた
神社のことも収穫だが、コノハナチルヒメの絵の写真があれば、フフはもっと喜ぶだろう
その後の授業は身に入らず、駿太はずっとそわそわしていた
放課後、駿太は、昴流、赤石、朴山と朴山神社に向かった
朴山神社は小高い山の上に建ち、そこまでのルートは、急な階段か揺るやかな坂道が選べる
いわゆる男坂と女坂というものだ
健康な中2ともなれば、当然選ぶのは男坂と呼ばれる階段だ
運動部の昴流と赤石が1段飛ばしで駆け上がっていく背中を眺めながら、駿太はゆっくりと階段を登った
朴山も駿太のペースに合わせてくれた
「お祭りは4月の中旬なんだね」
階段の途中の掲示板に、お祭りのポスターが張ってあった
「コノハナチルヒメの“コノハナ”は桜のことなんだって」
「だから桜が散る季節にお祭りをするってこと?」
朴山がうなずいた
「あとね、聞いた話だと、コノハナチルヒメの神社は珍しいんだって」
「そうなの?」
「お姉さんのサクヤビメはたくさんあるみたいなんだけど」
天孫と結婚して炎の中で三神を出産した神様の名前だ
「そういえば、朴山さんの名前も“サクヤ”だね。そこからとったの?」
「そうだと思う。“チル”じゃあんまりだから」
「確かに」
駿太は朴山と顔を見合わせて笑った
そのはにかんだ笑顔を見て、朴山は“チル”の方が似合いそうだな、と駿太は思った
境内に上がると、視界が開け海が見渡せた
真っ先にフフの祠を探す
フフの祠がある高台はすぐに見つかった
駿太が手を振っていると、赤石が近づいてきた
「何してるの?」
「え、家の方向に手を振ってた」
「誰かいるの?」
「いないけど…」
赤石は不思議そうに首をかしげた
「鋏くん、こっち」
朴山が手招きした先は社務所だった
「ここが家なの?」
「ううん。家は階段の下にあるんだけど、家には誰もいないから、学校が終わったらこっちに来てるの。チルヒメの掛け軸もこっちにあるんだよ」
賑やかな足音を聞き付けて、入口右手の部屋から白い袴姿の年配の男性が顔を出した
その男性は朴山の祖父で、神主ということだった
「お友達?」
「うん。第二小から来た子達。町のこと調べてるんだって。チルヒメの掛け軸見せてもいい?」
「神話に興味があるの?」
ぽかんとする昴流の分まで、駿太は力強くうなずいた
「こっちにおいで」
神主は先頭に立ち、部屋へと案内してくれた
チルヒメの掛け軸は、表装こそ大きかったが、本紙は小さくすすけていて、虫食いの跡もあり見るからに古そうだった
駿太はその絵を見た瞬間、ドクンと胸を打つ音が聞こえた
掛け軸には、桜の花びらが流れる川縁に座るチルヒメの傍に、2匹の犬の姿が描かれていた
「この犬…」
「どういういわれがあるのかは定かじゃないんだけど、この神社には犬にまつわる逸話があってね」
「逸話?」
「その2匹の犬は、チルヒメを守る犬たちなんだけど、いまはチルヒメが失くした大切なものを探しに行っていて、それでこの神社には狛犬がいないんだそうだよ」
絵の中のチルヒメが優しく犬たちに微笑みかけているように見えた
フフは、やはりチルヒメの犬なんだ
フフは自分の役割を忘れていなかった
自分の主がこんなに近くに祀られていることに、フフは気づいているのだろうか
「犬たちは何を探しに行ったんでしょうか」
「詳細は古事記にも書いてなくてね。言い伝えみたいなものだからなあ…」
探しに行ったものがわかれば、フフがあそこにいる謎も解けるのではないかと思ったのだが、神主も詳しくは知らないようで、
「気になるなら町の郷土資料館に行ってみたらどうだい?何かわかるかもしれないよ。神社にはない資料もあるし」
と教えてくれた
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