第2話 海沿いの町
(神様神様、ばーちゃん、死にました。これ、祓いの席のお寿司です。よかったらどうぞ)
葬儀の翌日からも、当然のように日々はめぐる
小さな祠の前には、前日に駿太がお供えしたおにぎりと卵焼きがほぼそのままの形で残っていた
アリの行列の先頭の部分だけ残し、残りは持参したビニール袋に入れて持って帰る
駿太は役目を終えると、祠から見える海を眺めた
海は好きだ
小学生の頃に、父親の単身赴任先のスペインに遊びに行ったことがある
父親は久々に会う駿太と母親のために、休暇を取って、レンタカーでスペイン全土を回ってくれた
父の赴任先はマドリード
独特の暗さと、陰鬱さと、閉塞感のある街
駿太は、空港から父親のアパートに向かう車の中でさえ、恐怖を感じていた
翌々日、母親のたっての希望で、バルセロナにある有名な建築を見に行った
バルセロナは、マドリードと全く違った
独特の明るさと、華やかさと解放感のある街
同じ犯罪者が闊歩する大都市でも、マドリードよりバルセロナの方が怖くない
あくまで主観だが、駿太はそう感じた
そして、それは海のおかげだと思った
駿太と母親が遊びに行った直後、父親は、
母とどんなやりとりがあったかは知らないが、それから少し経って離婚して、駿太は母親の実家であるこの海の見える町に来た
朝から晩まで働く母に代わって、祖母が駿太の面倒を見てくれた
だから、祖母が毎朝祠にお供えすることも知っているし、それを続けろというなら、自分が祖母に代わってやってあげようと思った
ただ、祖母がどんなものをお供えしていたか知ってる身としては、自信を持ってこう言える
「ばあちゃんよりは、まともな物を持ってこれると思うな」
「それは楽しみだ」
駿太の独り言に返事があった
声のした方を振り向くと、祠の前に一匹の犬が座っていた
「あれ?いつの間に。君、いつからいたの?」
駿太は犬に近づいた
首輪はしていないが、毛並みはきれいそうだ
飼い犬だとしたら、近所の犬ということになるが、あいにくこんな犬は知らない
「どこから来たの?この辺のコ?」
駿太がしゃがんで頭を撫でていると
「お主、犬に向かって本気で喋りかけておるのか」
という声が聞こえた
駿太は周りを見渡した
「こんな所に、誰も来ん」
そうは言っても声ははっきりと聞こえる
「だ、誰?!」
「俺だ、俺」
駿太は声のする方を見た
犬が口を広げて笑っているように見えた
「どこ?!」
「だーかーらー」
その時、スマホがブルブルと振動した
駿太はおにぎりと卵焼きを入れたごみ袋をつかむと、滑るように一本道を駆け降りた
残された犬は、鼻で寿司詰めの蓋を開けると、ハグハグと食べた
※※※※※※※※※※※※※
学校帰りに百均に寄って、小さなお子さまランチのプレートを2枚買った
祠にお供えするときに、お皿がないと片付けが大変だと思ったからだ
洗い替え用に2枚
湯飲みもほしい
駿太が棚を回ろうとすると、一緒に買い物に来ていた友だちの
「お前、そんなん買ってどうするの?」
手にはペットボトルとお菓子を持っている
「それ、入れていいよ」
駿太が言うと、昴流は首を横に振って、
「遊びに行かせてもらう御礼だから」
と言った
同じ町内と言っても広く、小学校は分校があった
しかし、中学校はひとつしかない
駿太と昴流は、分校出身者で、どちらも家が遠く、自転車通学を許可されていた
「知ってた?俺んちとお前んちって、山の方回ると近いって」
「そうなん?!」
百均のある町の中心部から、駿太の家にいくまでは、ほぼ上り坂で、後半はずっと立ち漕ぎしなくてはならない
「じゃあ今日はそっちから帰るの?」
「どうすっかなー」
中2の男子にとって、立ち漕ぎなんて、朝飯前である
お陰で二人とも、足は速かった
「そういやさ、朝、お供え行ったら犬がいたんだよな」
「野良?」
「それが、結構きれいな毛並みだったから飼い犬じゃないかなーと。この辺の犬じゃないなら、昴流んちの方から来たってこともあり得るよな」
「犬飼ってるうちは多いけど、いなくなったなんて話しは聞いてないなあ」
自宅の前に自転車を止めて、家の中に入った
「あ」
昴流は、床の間の祭壇の前で立ち止まった
「四十九日はまでそうしておくんだってさ」
駿太は、買ってきたコーラをペットボトルのまま祭壇に置いて、手を合わせた
昴流もそれに倣う
「…ばあちゃんにコーラかよ」
「ばあちゃん、コーラ好きだったんだよね」
「マジ?」
そんな会話をしながら、2階の駿太の部屋に向かった
駿太の部屋からも海が見渡せる
駿太は窓を開けて海の匂いを嗅いだ
その日の匂いで、風向きや、風の強さや、波の高さがわかる
目線を左に向けると、祠がある山が見えた
中央にはまたひとつ高台があって、お祭りが開かれるような大きめな神社がある
「で、毎朝お供えするんだ?なんでだろうな」
「それな。ばあちゃん何も言わないで死んじゃったから」
「信心深いのはわかるけど、何の神様かわかんないってのはちょっとな」
そんなことを考えたこともなかった駿太は
「明日母ちゃんに聞いてみるかな」
と答えた
※※※※※※※※※※※※
昨日買った百均のプレートに、自分の弁当用のおかずとご飯を盛り付けた
犬がいるかと思い歩きながら探したが、来る途中にも祠のある広場にもいなかった
しかし、寿司詰めは食い散らかされていて、確かにいた痕跡はある
駿太は、
その時、
「うまかったぞ」
またも昨日の声がした
「こっちだ。ここ」
祠の向こうに犬の尻尾が見えた
朝日に照らされ、毛の一本一本が輝いて見える
駿太が祠の上から反対側を覗き込むと、そこに、昨日の犬がいた
「あ!」
犬は先ほど供えたばかりのご飯を一粒残らず平らげ、長い下でペロリと口の周りを舐めた
「あ、ワンちゃん、それ、お供え物。もう食べちゃったの?」
探していた犬に会えた嬉しさで、先ほど聞こえた声のことなどすっかり忘れていた
「せめてもう少し待っててよ~。餌がもらえるとこだって覚えちゃったかな?てかやっぱり野良?」
駿太はしゃがんで犬の背中を撫でた
手が埋もれてしまうくらいフサフサだ
撫でると、手にお日様と、土の匂いが移った
「野良でもないし、餌やりスポットだと思ってるわけではない。これは正当な権利の行使だ」
「・・・」
「クゥン」
「まさかねえ」
駿太は立ち上がって制服のズボンについた犬の毛を払った
「また見なかったこと、聞かなかったことにするのか?一体いつになったら俺の言葉を信じるんだ」
駿太は立ち止まって振り返った
犬が駿太見つめていた
駿太も犬を見つめた
駿太が犬を指差すと、犬がうなずいた
「やっとわかったか」
「えー?!」
駿太の声が、朝の町にこだました
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