短編:勇者と姫と魔王と国王と賢者、そしてニート

のいげる

勇者と姫と魔王と国王と賢者、そしてニート

 村へ帰ると次の仕事が待っていた。

 へらへら笑いながら村長が揉み手をしながら近づいて来る。

「南の村でワイバーンが出たそうです。それと東の村でもオークの集団が出たとの話です」

「少しは休ませてくださいよ。もう何か月も休んで無いのですよ」

 勇者はぶちぶちと文句を言った。その何か月の内訳も野宿が連続した辛いものだった。まともな支援も無く、北の果てでの魔王軍との果てしない戦いからようやく解放された所でこれだ。

「とは申しましてもどの事件も緊急でして」

「それぐらいの怪物なら王国軍に頼んでくださいよ」

「おお、何と情けない。それが勇者たるものの言葉ですか」

 村長の咎めるような言葉にさすがの勇者もかっとなった。言わないでおこうと思った言葉がつい口を突く。

「最近、奇妙な噂を聞いたのですよ。何でもある村長が勝手に勇者のマネージメントをやって儲けているって。まさかとは思いますが」

 これを聞くと村長は明らかにおどおどし始めた。

「や、そんな馬鹿なことが、あるはずもないでしょう。わ、わかりました。今日は休みとしましょう」

 逃げるように去っていく村長を疑惑の目で見ながらいつも使っている粗末な宿屋へと向かう。


 部屋に戻って休んでいると、扉にノックがあった。返事も聞かずに扉を開けて、騎士が一人入って来た。

「勇者さまですね。王の使いで来ました。最近、隣の国境近くで魔王の軍勢が活動しているようなので、ただちに向かってくれとのことです」

「あれ? 王国軍は?」

「先月、軍の予算の削減がありまして、兵が半減しており対処できません」

「魔王軍との戦争が激化しているのに予算を削減だって!」

「それはその、勇者様が来られましたので兵はもう要らないだろうと」騎士はしどろもどろに弁解した。

 扉の横から宿の主人が顔を出した。

「勇者さま。ご来客中で悪いけども、仕事が片付いたら屋根の修理を頼めるかね」

「どうして僕が」

「あらあ、村長さんから困ったことがあったら全部勇者様に頼んでいいと聞きましただ」

 そこで騎士は自分の頭を軽く叩いた。

「忘れておりました。今度お城で姫さまの婚約式が行われるので出席してくれとのことです」

「え? いやに早いな。僕とお姫さまとの結婚は魔王を倒してからとの話だったのでは」

「あ、いえ、そうではありません。姫さまと隣国の王子様との婚約式です」

「え? 魔王を倒した者に姫をくれるという約束は?」

「私は存じません。というよりはまさかその布告を本気にしたのですか」騎士は直立不動のまま不思議そうに言った。「では確かにお伝えしました」


 一人になると勇者は深いため息をついた。

「なんでみんな身勝手なんだ。もう僕は勇者を辞めたい。それにしてもぽんぽんと誰かれ構わず結婚の約束をするお姫さまは気楽でいいなあ」



 気が付くと夕刻の時間が近づいていた。

 王女は読んでいた本から顔を上げた。たった今、自分が何かの白昼夢を見ていたことに気づいた。その夢の中では自分は勇者となっていて、ありとあらゆる難題を人々に押し付けられていた。

 嫌な夢だ。それでなくても現実はもっと酷いのに。せめて夢ぐらいは良いものを見たい。

「お嬢様。夕刻の会食の支度がもうすぐできます」お付きの侍女が時を告げた。

「今日のお相手の方はどなたでしたか?」

「アイギス国の第二王子様です。名前はアリアス様です」

「ああ、あの方」

 王女は思い出した。あのマザコン坊やね。何年ぶりかしら。人前でも構わずに親指をしゃぶる癖は直ったのかしら。

 心底軽蔑している男だが、決してそれを顔に出してはならない。結婚候補の一人なのだ。

 王女の結婚候補は大勢いる。いずれも他国の王族だ。中にはいくつもの国を股にかける大商人も含まれている。そのすべてが政略結婚の目標だ。

 そう言えば、あの勇者というのも候補の一人だった。ただし勇者と名がつく者は一人ではなく今までにも大勢がいた。その総てが魔王に勝てばお姫様を貰えるという甘い言葉に釣られて魔王退治に出かけ、そのまま消息を絶っている。

 今生き残っている勇者も私の好みじゃないしね。お姫さまは心の中で舌を出してみせた。心の中のどこかで誰かが絶望の叫びを上げたような気がした。


 今日で一週間連続でパーティだ。群がる結婚候補たちに万遍なく笑顔を振りまく。台本通りのジョークを展開し、シナリオ通りの機知に満ちた会話をして相手の気を引く。実際に誰が婚約者になるのかを決めるのはそれぞれの国との関係などで決まるのだが、それでも自分の魅力を振舞えばその分さらに交渉は有利になる。相手がお姫さまに惚れでもしたら、持っている金貨の最後の一枚までも取り上げることができる。

 予め調査しておいたそれぞれの王子の性癖に合わせて違う性格を演じてみせる。ロリコンにはあどけなさを演じ、デブコンには服の間に詰め物をして太っているように見せる。金に汚い人間にはとっておきの宝石のネックレスをつけ、結婚すればこれらの富があなたの物と匂わせる。イミテーションの宝石でも鑑識眼の無い相手には十分に通用するのが面白い。

 それでも、国際政治専門の侍女がガイドしてくれなければ一体どうなっていたことか。

 最悪だったのはロハス国の第一王子だ。その正体は死体愛好家で、森の中でガラスの棺の中に保存されていた死んだ女性の唇にディープキスをかまして物議を醸した王子である。さすがにそのせいで結婚相手がいなくなり、こちらの王国に縁談が持ち込まれてきたという曰くつきだ。

 父である国王はひどく乗り気だったが、これだけは王女が泣いて拒んだのでご破算になったという経緯がある。


 すべてのパーティが済んでやっとベッドに倒れ込むことができた。ドレスを着たままだが、侍女は文句を言わなかった。

 一体いつまでこんなことが続くのか。だが王女との結婚という一大イベントをできるだけ高く他国に売りつけないといけないのだ。それが王族に生れた女性の務めというもの。

 もう、嫌。お姫様なんて辞めたい。こんな国、魔王に滅ぼされてしまえばいいのに。彼女は呟いた。



 闇の集う玉座にて、闇のさらなる結晶とでも言うべき魔王は、無数の角の生えた頭を上げた。何という不覚。作戦会議の最中に部下たちの眼前で居眠りをしてしまうとは。自分の失態を見ていた部下はいないかと周囲を目で探った。

 幸いなことに魔王は深い沈思黙考に入っていたと思われているようだ。

 それにしても奇妙な夢だった。よりにもよって人間の姫になるとは。自分は確かに雌雄同体の種族だが、それでもこんなことは絶対に部下に知られるわけにはいかない。魔王が人間に成りたがっているなどと噂が流れたら魔王軍の士気に関わる。

 声がかかりアンデッドの頭が玉座の広間に入ってくると魔王の前に跪いた。

「偉大なる魔王様」アンデッドの頭は言った。「生贄のストックが尽きました」

「この間千人ほど捕まえたばかりだぞ」どうしても不興が声に籠ってしまう。

「最近は人間たちの聖者の祈りが強くなり、アンデッドの維持に魔力を必要としています」

 アンデッドの頭は言い訳をした。

「では四番倉から予備を回そう」

 それに応じて、今度は獣の頭が前に進み出て、アンデッドの頭の横に跪いた。

「恐れながら偉大なる御方に申し上げます。四番倉は我ら獣の軍団の食料にございます」

「うむ。そうであったか」

 魔王は言葉を切った。今後のスケジュールを頭の中で反芻する。他に予備はなかったか。

 魔王の無数の角の間に電光が閃き、黒雲がその頭の周囲で渦巻く。その恐ろしい光景に周囲の魔物たちがたじろいだ。

「偉大なる魔王さま。実はもう軍費がありません」

 脇に控えていた財務官の悪魔が震える声で指摘した。

 肉以外には興味がない魔物たちの間でも一応であるが金は流通する。それに何より宿敵であるはずの人間たちとの裏取引でも金は物を言う。

「この間襲った商人の財宝はもう尽きたのか」

「はい、とうの昔に。暴ける遺跡もほとんどが空っぽです」

「実は魔王さま」

 ここは遅れじと中央魔王軍の将軍が進み出た。悪いニュースは固めて言うに限る。報告が遅れれば遅れるほど最後に報告した者が憎まれる。

「極東方面で人類軍の侵攻が始まっております」

「なに!」

 普段は使われていない魔王の四つの目が見開かれた。その眼に睨まれたが、怯むことなく将軍は続けた。

「早急に援軍を」

「いったい何故? あの方面の人類軍はもう虫の息だったはず」

「勇者のせいです」

 最後まで言い終えた将軍は崩れ落ちた。魔王の無言の圧力で、心臓が動くのを拒否したのだ。

 魔王は頭を抱えた。どうしてこう魔王軍の統率はうまくいかないのだ。


 ああ、人類側に亡命したい。心の底から魔王はそう思った。



 書類の山の中から国王は顔を出した。居眠りの際に大事な書類に涎を垂らしたのではないかと慌てる。

 よりによって魔王になった夢だって!?

 それにしてもあちらもこちらと同じような状況とは。国王は苦笑した。人間と魔物、違いはあっても上に立つ者の苦悩は同じか。

 実に示唆に富んだ夢だ。だがそろそろ現実に戻る頃合いだ。

 国王は立ち上がると隣国の使節に会う支度を始めた。

 国王が謁見室に着いてしばらくしてから使節が入って来た。約束の時刻に遅れて来れば来るほど、相手より自分が上だと自覚している証拠になる。隣国はこちらの国よりも遥かに大国だ。その国の使節程度でもこちらの国王より上ということか。

 国王は自嘲した。小国の国王になどなるものではない。

 議題は国境近くにある銀鉱山の帰属だ。この鉱山をどれだけ高く売りつけるかでこの国の未来は決まる。

 勇者の戦力を計算に入れることで軍を半減することができた。だがそのお陰で隣国がいい気になってしまった。勇者は魔王軍への最大の対抗手段だが、人間同士の戦いには関与しないことを失念していた。軍事力が半分になれば、当然ながら隣国の圧力は倍になる。

「ではこの鉱山の所有権は我が国の管轄ということで宜しいかな」

 使節は尊大に言った。

「代わりの穀物はいつ頂けるのかな?」と国王。

 飢饉がすぐ間近にまで迫っていることは賢者からの報告で分かっている。

「穀物? 何のことです?」

 それが使節の返事であった。

 こやつとぼけるつもりか。国王の体を怒りが駆け上がる。だがそれは決して表には見せてはならないものだ。

 ここはハッタリの一手だ。

「ああ、ところでご存じかな。このたび余の娘とロハス国の王子との婚約が成立しそうでな」

 それを聞いて使節はぎくりとした。

「ロハスの王子というとあの第一王子のマーニャ殿下ですか」

 あの変態王子という言葉は飲み込んだ。まさかあの王子との結婚を了承するとは。だがこれは政略結婚なのだから何でもありだ。例え相手がヤギでも十分な利益があれば結婚は行われる。それに比べればただの死体愛好家など何ほどのものという所か。

 使節は思わず困ったことになったという顔をしてしまった。その婚約が成立してしまえば鉱山をただ取りするどころか、下手をすればロハス国に戦争を吹っ掛けられるきっかけに成りかねない。

 使節は立ち上がった。目の前の国王が最前までとはうって変わって大きく見える。

「それはいけません。是非とも早く本国に知らせねば。贈り物の用意などもありますので本日の会合はこれまでとさせて頂いてよろしいでしょうか」次の言葉まで少し間を置いた。「陛下」

「うむ。それが良いであろう。ではまた後日」


 執務室の椅子に座り込み、ふうと国王は息を吐いた。毎日が綱渡りだ。一手でも対応を間違えれば、どの国との戦争になっても不思議はない。

 国王なんてなるもんじゃない。しみじみとそう思った。

 毎日静かな部屋の中で本でも読んで過ごすことができたら、どれだけ素敵だろう。



 周囲にうず高く積みあがった本の山の中で、賢者は目を覚ました。

 いけない、いけない。いつの間にか寝てしまった。ここ三日ろくに寝ていないせいだ。

 それにしても国王になった夢を見るなんて、ろくでもない。自分が今落ち込んでいる原因となったのがその国王だというのに。


 探しているのは王国の新しい産物。何か金になるもの。何でもよい。破産しかけた今の王国を救うもの。

 探しているのは王国の軍隊を強くするもの。そして魔王軍に対抗できる武器。軍の予算は限りなく削られている。せめてタダで働いてくれる勇者が後百人もいれば何とかなる。

 探しているのは街で流行している病への特効薬。疫病の広がりを隠し続けて来たがもうそろそろ公になる頃合いだ。そしてその後は収拾のつかない大パニックが始まる。


 来年の今頃は、ここには王国ではなく瓦礫の山だけが残るだろう。

 答えはすべてこの本の山のどこかにある。あるに違いない。あって貰わないと困る。

 そしてそれを探し出せるのは自分だけだ。

 どうすればいい?

 手当たり次第に本のページをめくる。


 錬金術の本。駄目だ。材料が手に入らない。

 悪魔召喚の本。駄目だ。取引する元手となる清らかな魂が無い。

 神への祈祷書。もう何度も試した。神からは一切返答が無い。

 経済学の本。これも役に立たない。書いた学者は全部破産して首を吊っている。

 王国建国の歴史。綺麗ごとばかり並べた歴史などいったい何の役に立つ?


 文字が周囲で踊っている。そのどこにも救いは無く、ただ絶望だけがあった。

 だがその中に一つだけ役に立つ本がある。

 毒薬の作り方の本だ。

 生まれ変わったら賢者にだけはなるまい。そう覚悟した。



 目が覚めたとき、すでに外は昼だった。昨日は遅くまでネット仲間とのゲームに没頭してしまった。わずかに開けた扉の隙間から廊下に置いてある食事を掴むと汚部屋の中に引き込んだ。

 変な夢だった。部屋の中を埋めるガラクタが本に変わっただけであったが、それでも夢の中の賢者は大勢に期待をされていた。それに比べて自分はどうなのだろう。そう思ってから慌ててその考えを取り消した。真実に真っすぐ向き合えばこの繊細で優美な心が壊れてしまう。

 自分はニートではない。優秀な自宅警備員なのだ。そしてネット社会の中でひたすら消費を行うことでも世界の経済に寄与しているのだ。


 もう何日も風呂に入っていない。

 もう何か月も家族と話をしていない。

 もう何年も外に出ていない。

 だがそれがどうした。


 彼は今日もネットに向かって会話を打ち込む。

「君は仕事をしないの?」

 会話相手から質問が飛んで来た。

 返すのはいつもの答えた。

「仕事をしたら人生の負けだと思っている」


 頭の中のどこかで、大勢の人間が拍手をした。

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