第6話 虹の雫
難しいことはわかんない。
だけど宇宙人の友だちと和菓子があればハッピーだ。
あたしがモアとはじめて会ったのは、お姉ちゃんが死出の旅から帰ってきて一週間後だ。
かんかん照りつけるお日様が気持ちいい休日の午後だった。テレビのニュースではオウムアムア三号が地球に接近しつつあると世界で話題になってるけど、あたしは世間で話題になっている新作きんつばを食べに家を出たところ。ワクワクしながら商店街へ向かって歩いていると、公園前の空間が渦を巻いたような銀河になって、そこから女の子が出てきた。
な、なにを言ってるかわからないと思うけど、あたしもなにが起きたのかわからなかった。白昼夢とか幻覚とかモルダーあなた疲れてるのよなんてもんじゃない、頭がどうにかなりそうだった――とかなんとか、モアならそんな感じの言いまわしをすると思う(彼女は昔のオタク文化ネタやネットミームが好きみたいだから)。
空間から女の子が出てきたこともビックリだけど、彼女の容姿はそれ以上にあたしのハートにドーンときた!
背格好はあたしとおなじくらい。でも、なんかきらきらした白銀の髪とみじかめのツインテールはとってもきれいで、肌はアルビノかと思うくらい色素が薄くて、SFアニメのキャラクターみたいな未来感いっぱいの服を着て、そして、なんといってもその目が――七色にきらめく虹の瞳が――すごく印象深くて、はっきりいうと、初見で胸がキュンとなる、いますぐにでも友だちになりたいと思う、そんな女の子だった。
彼女はあたしをじーっと見つめると、まったりしたドヤ顔で言った。
「しずく、わたしとともだちになろう。わたしはそのためにきみに会いにきた」
お姉ちゃんに負けないほどきれいな声だけど、とてもまったりした口調なのがはっきりちがうところだ。
そんなことより、展開が急すぎるってば!
「まってまって。なんであたしの名前知ってるの? なんでいきなり友だちになろうって言ってくるの?」
「必要なことは知ろうとすればだいたいわかる。わたしはしずくのことをひと目でお気に召した。だからともだちになりたい。ほかには?」
あんまり答えになってない気がする。
「てゆーか、あなたいったい誰なの?」
「
「意味わかんない! まず自己紹介してよ」
「してもいいけど、名前以外はしずくの記憶に残らない」
「いいから話を進めろー!」
「わたしは先行者を束ねる四賢者の議長――第四賢者アンゴルモア」
えっ? なんか、二言三言くらい口パクさせてたけど、ちゃんと聞こえたはずなのに……。
「名前以外よくわからなかった」
「だからそう言った。きみがいま知るべきでないことは頭に残らないようになってる」
ヤバイ。とっても非現実的な展開にもってかれてる感じがする。
でも気にせず会話する空気になってる。これ、この子の雰囲気なのかな。不思議と嫌な気分じゃない。
「えっと……アンゴルモアって名前、言いにくいよ」
「じゃあしずくの好きなように呼んでいい」
「そんなこといわれても。たとえばどんな?」
「イーノックとか」
「アンゴルモアと一文字も合ってないけど!?」
「だいじょうぶだ、問題ない」
なんですかその微妙にカメラ目線でキリッとした顔は。
「せめて元の名前に合ったものにしようよ」
「なら、あんころもち」
「語感と語呂が似て合ってたらいいってもんじゃなーい!」
和菓子は好きだけどっ。
「どんな名前でもわたしはわたしだし、わたしを知ってる者はわたしだとわかる」
「あーもう、それじゃあモアって呼ぶことにする! あたしがそう決めた!」
「うん、わかった。コンゴトモヨロシク」
モアがまったりほほえんで手を差し出してきた。握手すると意外にあたたかくて心地よかった。
くるっくー。くっくるゆー。
鳩の鳴き声が聴こえる。そうだ、ここは公園だった。
あたしはハッとして周囲をきょろきょろしたけど、誰も注目していない。モアの容姿はものすごく人の目を引きそうなのに。
「わたしのことはだれも気にしない。そういうふうになっている」
やっぱりちょっとヤバイ感じがする。でも悪い子じゃないと思う。なんでかわかんないけど胸がわくわくする。初対面なのに好感度高いっていうか。きっとこの子と一緒にいるとすごく楽しいにちがいない。
だから、こうして、あたしはモアと友だちになった。
行きつけの和菓子喫茶「ノーストリリア」の新作きんつばはいまいちだった。やっぱりこの店は定番のサンタクララ羊羹とストルーンどら焼きがイチ押しだと思う。モアは最後に柏餅をもぐもぐぺろりとたいらげた。最後に、というのは、彼女は全メニューを注文してひとりでパクパクあっさり完食したの。あまつさえ「なかなかおいしかった」とまったり笑った。
食事中にモアが席を外したのでトイレかなと思ったんだけど、戻ってきた彼女が見せたのは電子マネーだった。
「無銭飲食も可能だけどきみを失望させるのはいやだし、自然物を貨幣に変質させて特異点の理をいじるのも悪影響なので、まっとうに宇宙塵から金塊を生成して電子マネーに換金してきた」
よくわかんないけど、なんかすごそうなこと言ってる。
あたしはどうしても気になったことをきいてみた。
「モアって、宇宙人なの?」
「ワレワレハ ウチュウジンダ」
なんで扇風機に向かって声を出したようなイントネーションなんだろう。
わけがわからず首をかしげるあたしを見て、モアは人差し指を立てた。
「宇宙に存在する知的生命はみんな宇宙人だよ」
なんか、ちょっとイラっときた。お姉ちゃんみたいな返答なんだもん。
「地球以外の星から来たのかってきいてるの」
「そういうことなら宇宙人と思ってくれてさしつかえない」
「ほんとに!? どこの星? 地球人そっくりなのはなんで? なにしに来たの?」
「我々が発祥した星はもう存在しない。我々に肉体や性別はない。この容姿と性別は地球人に合わせただけ。飲食や睡眠の必要はないけど、たのしいから趣味でやってる。わたしの来訪理由はいまは答えられない。しずくとともだちになるのは目的のひとつ」
本物の宇宙人! あたしの家系の遠い先祖が宇宙人と交流したらしいことや、お姉ちゃんが異星と地球を往復してるくらいだから、いるのは間違いないと思ってた。でも、実際に会って話ができるなんて夢にも思わなかった。
「ともだち記念として、しずくになにかしてあげる。わたしになにしてほしい?」
これはすごいことなんだけど、このときのあたしは深く考えずにパッと思いついたことを口にしていた。
「モアはお姉ちゃんより頭いい? 物知り? なんでもできる?」
「わたしが知らないことやできないことはあんまりない」
「じゃあ、じゃあ、それなら頭脳勝負でお姉ちゃんをコテンパンにしてみせてっ」
「わたしはまだとうぶん、つゆと直接会うことはできない」
えー、残念。お姉ちゃんが得意分野でボロ負けするとこ一度でいいから見たいんだけどなあ。
『アンゴルモア様、危急ご相談したいことが』
あたしは「わっ」と声をあげて目を見開いた。いきなりモアの横に水色のオオサンショウウオみたいな生き物の立体映像があらわれて日本語をしゃべったから。ううん、正確には、よくわからない言語と同時に日本語が耳に流れてくる感じ。
周囲のお客はみんな無反応。たぶんあたし以外はなにも見えない聞こえないんだろう。
『三百連天井系の滅亡を回避するためクッキーの星で開発された
モアがチッと舌打ちして指パッチンした。
「危機は去った」
『はっ? おお! 感謝の極み!』
「わたしを信じるきみの信仰がきみを救った。もっと精進しなさい」
水色オオサンショウウオがぺこりと頭を下げた。映像が消えると、モアは追加でおはぎを注文して、あたしのほうを向いた。
「かれは地球から三〇〇億光年離れた三百連天井系という連星系を統治する山椒星に棲む支配種ヌ・オーの皇帝。物質生命のなかではかなりいいところまで進化の次元階梯をのぼっているがんばりやさん」
「そんな遠い星なのにリアルタイムで通信できるの?」
「できてあたりまえ。つゆもそのうちできるようになる」
モアってお姉ちゃんとなにか関係あるのかなあ。
「さっき舌打ちしたのはなんで?」
「たいしたことない用件で、だいじなともだちとの会話を邪魔されたから」
わー。あたしは嬉しさで胸が熱くなった。こんな喜びは学校の友だちと一緒にいても感じたことがない。おはぎをおいしそうに食べるモアを見てるだけでこっちまで気持ちよくなるし、まったりしたほほえみが向けられると幸せがこんこん湧いてくる。
なんだろう、これはきっと、モアが「あたし」を求めてくれるからだ。お姉ちゃんのことを知っていて、それでもあたしを一番に選んでくれたから。だからあたしはここまで嬉しいんだ。
「しずくは、つゆのことをどう思ってる?」
歓喜の矢先にお姉ちゃんのことをきかれて、水をかけられた気分になった。
「べつに。お姉ちゃんはものすごく顔と頭がいい以外はなんのとりえもないし」
「地球人の大半はそのふたつを望んでいるよ」
「でも、お姉ちゃん髪の手入れ雑だし服のセンス微妙だし料理ヘタだし、あと、なんでもわかったふうな言い方するのすっごいムカつく」
「そういうわりに、しずくの言葉から嫌悪は感じられない」
「そ、それは、べつに嫌いってわけじゃないから……もーっ、いいでしょ、そんなことよりこれから映画観にいこうよ!」
頬をふくらませて話を打ち切ると、あたしは話題の新作映画をチェックした。あ、この『宇宙からの来訪者』っていうの面白そう。あらすじを目で追って、ぞくりとなる。主人公のもとにあらわれたのはとても友好的な宇宙人。たちまち意気投合してすぐ仲良くなった。楽しく幸せな日々が続く。ところが、実は宇宙人の目的は地球侵略だった――
あたしはスマホから目を離しておそるおそる正面を見た。七色の瞳がじっとあたしを見つめていて、背筋がびくっとふるえた。
「なにかいいのあった?」
まったりした友好的な態度。そばにいるだけで心地いい感じ。喜びと幸せ。とても危険な存在には見えない、けど……。
「あっ、えっと、やっぱり映画は今度にして、アパレルショップに行こうよ」
モアとたあいない雑談を交わしながら目的地へ向かう。あたしの心はうわついた空をさまよっている。モアは地球侵略に来た危険な宇宙人なのかな。だって出会いからして都合がよすぎる。初対面でいきなり友だちになろうって言ってきて、一緒にいるだけで心地よくてウキウキ気分で楽しくて嬉しくて、それを当たり前のように納得して受けいれちゃうなんて、普通に考えてそんなことある? モアがそんなふうにあたしの認識を操作しているんだとしたら……。ああ、やだな、新作映画のチェックなんてしなければよかった。
不意に、ぎゅっ、ときた。
あたしの手が白い手にぎゅうっとにぎられた。うわの空だった意識がとなりの少女に引き戻される。
まったりした優しい笑顔があたしのハートを以下略。
「しずくと手をつないで歩きたかった。ともだちだから、いいよね?」
「い、いいとも!」
よし決めた。モアが悪いエイリアンかどうか、あたしが見極めてやる!
杞憂だったらそれでよし。もし、万が一、侵略者だったら……あたしが信頼できる相談相手はお姉ちゃんしかいない。結局お姉ちゃん頼りになるのは、なんか、いやだ。なんでかな。あたしはべつにお姉ちゃんのことが嫌いじゃない。面と向かってはぜったい言わないけど、むしろ好きだ。じゃあ、なんだろう? お姉ちゃんのなにが、こう、あたしの心をくすぶらせるんだろう。
モアへの猜疑心とお姉ちゃんに対するはっきりしない不快感とが心の天秤に上下しながら、あたしは友だちデートを楽しんだ。
「あっ、そこのゲームセンターに寄ってみない? ゲームしようよ」
「わたしはやらない。しずくがやるのを見るならいい」
「モアはゲーム嫌いなの?」
「運に左右されないゲームは完璧にこなせてしまう。俺TUEEEはつまらない」
うーん、必ず勝てる、完全クリアできるっていうのはたしかにつまんないかも。それじゃ仕方ないなあ……と思ってたら、なんかモアが前言撤回してゲームやり始めた。
「わーっ! それ脱衣麻雀だよっ!?」
「おお、いきなり天和されて負けた。これはおもしろい」
「やめれー!」
あたしは必死に彼女を脱衣麻雀の席から引きはがした。つ、疲れた……なんて宇宙人だ。
そのあともハプニング連続だったけど、なにがあったかはご想像にお任せします。
変わったことといえば、ちょっとのあいだ空をながめていたモアが、気取ったマジシャンみたいに右腕を垂直にあげて指パッチンしたくらい。仲間の宇宙人への連絡だったとか?
そうこうしているうちに目的のアパレルショップに到着した。あたしはさっそく流行のコーデやアクセサリーの吟味を開始したが、そのたびにモアがぴったりついてきて、まじまじとあたしを観察してくる。
「モアも好きなの物色したら? なんか気に入ったのあったら試着すればいいし」
「じゃあ、しずくがわたしに似合うと思う服をチョイスして」
これでえらいことになった。張りきって選んだ服をモアに渡したら、彼女はその場で自分の服を脱いで着替えようとしやがりましたので、あたしはパニくり絶叫してやめさせた。モアが不特定多数の人がうごめく店内で着替えをしても、人に見られてマズい事案はあたし以外の誰も認識しないのはわかるよ? だからって目の前で裸になるのは刺激が強いから勘弁してほしい(モアはその気になれば瞬時に衣服の着脱ができるそうで、普通に着替えるのはただの地球人合わせなんだって)。ちなみに彼女のアンダーウェアは光沢のある青いレオタードで、ものすごくドキドキした……。
試着室でいろいろなコーデを試したモアはどれも可愛かった。でも彼女は「わたしに衣服は必要ない」と言って購入しなかった。
あたしはふと店内の鏡に映る自分を見た。薄茶色のストレートロングヘアー、西欧の血が濃くあらわれた青い目、全体的に均整のとれた顔立ちときたら、当然、なかなかの美少女だ。小学生時代からクラス学年を問わず評判がいい。……でも、あたしがどんなにがんばってオシャレしても、なんの努力もしてないお姉ちゃんに負けるのはくやしい。なによりお姉ちゃんが自分の綺麗さをなんとも思ってないことが腹立つ!
「しずく、ちょっといーい?」
まったりした声があたしを呼んだ。黒い感情に沈みかけていたので助け舟はありがたい。
振り向くと、モアがラッピングリボンのついた包装紙を持っていた。
「あれっ、衣服は必要ないって言ってたのに。なに買ったの?」
「ふふふ。わたしからしずくへのプレゼント」
「えっ、あたしに?」
モアが包装紙を破いて箱を開けた。オシャレなデザインのベレー帽が見えた。彼女はそれを、なんだか変に芝居がかった手つきであたしの頭にかぶせた。あたしは妙にどきどきして姿見に目をやった。……おどろいた。鏡に映るあたしは、恥ずかしいほど喜んでる!
「うん、よく似合ってる。しずくにはそのベレー帽がはまると思ってた」
わああああああああ。
ダメだー。もう、いいや。なんだっていい。こんなに嬉しいんだもん。
だから正直に打ち明けることに決めた。
「ごめん! あたしはモアのことを地球侵略に来た悪い宇宙人じゃないかって疑ってたの」
モアはきょとんとした顔で「おお」とつぶやいた。
「気にするなとジュラルの魔王も言っている。それに地球は宇宙の特異点だから、じつはいろんなものがやってくる。さっきもオウムアムア型の宇宙戦艦に乗った宇宙人が地球を侵略しに接近してたから、わたしがさくっとあぼーんしておいた」
なにそれこわい。てゆーか、あぼーんってなんですか?
「で、しずくはわたしをどう判断したの」
「わかんない。でも、これだけははっきりしてる。もしモアが悪い宇宙人だったとしても、あたしはかまわない。モアと一緒にいて楽しかった。ほんの半日遊んだだけなのに、すっごく幸せで、たとえそれが操作された雰囲気や感情だったとしても……モアになら殺されたって我慢できる!」
これがあたしの結論。ぐうの音も出ない完璧な理屈。えーい、どうにでもなれ!
モアはぽかーんと虹の瞳を丸くしていた。
やがて、ポンと手を打った。
「わかった。わたしも正直に言おう。わたしは嘘ついてた。しずくに近づいたのは、つゆが目当てだから」
「えっ?」
なに、それ……。いま、なんていった?
「わたしの目的はしかるべき時がきたらつゆと接触すること。わけあってまだ直接関与できないし、遠隔監視することもできない。しずくとなかよしになることで間接的なラインをつなげられる。だけど――」
あたしのなかで、なにか、プツッと糸が切れた。
「アンゴお前もかぁーーーーーッ!」
「おお、ブルータスの胸像を頭のうえまで持ち上げそうな剣幕」
「またお姉ちゃん! もういい加減にしてよ! みんな、みんなそうだ、あたしよりお姉ちゃんのことばっかり! あたしを見てよ! モアだけは信じてたのに、嬉しかったのに……。嫌い、きらいきらいきらい、だいっきらい!」
お姉ちゃんはずるい!
……あ。なんでここでお姉ちゃんのことが頭に浮かぶんだろ。ああ、そうか、不快感の理由がわかった。そうだよ、お姉ちゃんはずるいんだ。努力も苦労も全然せずに顔と頭がすごくよくて、その代償だった短命もなくなって、星さんっていうステキな恋人が半年も前にできてて、おまけに不老不死になっちゃうなんてずるいずるいずるい!
「ごめん、しずく。きいてほしい。わたしはじぶんの気持ちを把握した。しずくはわたしの――」
「うるさい、だまれ! モアなんか大嫌いだ!」
モアが誰かにあやまるのは全宇宙レベルの驚天動地みたいなんだけど、もちろんそんなことあたしにはわからなかった。てゆーか今もわかんない。
「あたしがあなたのなんだっていうの? お姉ちゃん目当ての道具なんでしょ? 違うんだったらあたしを一番に見て、あたしを不老不死にしてみせてよ!」
あたしは泣いてわめいた。こんな癇癪起こして子どもみたいなのはわかってるけど止められない。中学生はやっぱり子どもなんだから、泣きわめいて怒ってもいいでしょ?
涙でにじむ視界のなか、いつの間にか目の前にいたモアが、あたしをぎゅうっと抱きしめた。
「わたしはしずくのことがだいすき」
あ、あぁ……。
たったひとことで、ただそれだけで、あたしの激情は溶けた。
モアの胸の鼓動があたしの鼓動と重なり合う。ハートが七色に輝いて共鳴する。
「しずくはわたしの唯一無二。しずくはわたしのたったひとりのだいじなともだち。わたしがきみを不老不死にすると約束しよう。具体的には、きみが中学生でいるあいだに」
抱擁をといたモアが――まったりした真面目なドヤ顔で――両手をあたしの両手と合わせて指を絡めた。
「きみに宇宙の秘密を見せる。これはつゆでもまだ知ることも到達することもできない」
一瞬のうちに世界が変わった。
あたしとモアは両手をつないだままどこかに浮いていた。……だって浮いてるんだもん!
周囲に目をやると、ものすごく現実離れした景色が広がってて、いや、ムリ、これをちゃんと説明しろっていわれても無理!
何層にも分かれた裂け目が無限に螺旋を描いて、裂け目のひとつひとつは蒼穹と宇宙といろいろな世界で、その全部を虹の柱が貫いてるっていったら少しはわかってもらえるかな?
「ここは〈
「わあ、わあ、わあーーーっ! すごいすごいすごい!」
モアの言ってることはまるでわかんないけど、あたしは目をキラキラさせて(たぶんそう見えるはず)歓喜の声をはずませた。躍動する心に身をまかせ、モアと手をつないでクルクル回りながら、飛び跳ねる恋輪のようにはしゃいだ。
あたしはこのまえ読んだ「虹」というワーズワースの詩の冒頭を声に出した。
この胸が高鳴るは
この目で空に架かる虹をとらえし
そしてあたしはモアを引き寄せて抱きしめると、めいっぱいの笑顔で彼女に頬ずりした。
「ありがとう、大好きだよモア。ずっと一緒にいてね!」
三週間後――あたしとモアは世界の動物テーマパーク帰りに和菓子喫茶でくつろいでいた。
「ううーん、ここのどら焼きはほんとおいしい!」
どら焼きをほおばり幸福を満喫していると、先に食べ終わったモアが玉露入りの緑茶をぐびぐび飲んで、意味深にあたしを見つめた。
「じつは数日前までのきみは洋菓子と紅茶が好物だった」
「えっ? またわけわかんないこと言ってー。あたしは小学生のころからずっと和菓子と緑茶が好きだよ」
数日前といえば帰宅したお姉ちゃんが家の中を調査してたけど、結局なにが起きたのか教えてくれなかったっけ。
「テーゼが裏で関与したとはいえ、パラドックスの微小な漏れを見逃すとはつゆも詰めが甘い。精神レベル上昇と差し引きしても
モアがぶつぶつ口パクしてる。あたしが知れないことなんだろう。
「てゆーか、なに? 洋菓子が好物だったあたしがいて、和菓子が好物のあたしに過去ごと変わったってわけ? やめてよ、あたしホラー苦手なんだから」
「わたしはしずくが希望するならしずくをもとにもどせる。洋菓子か和菓子、どっちがいいかえらんで」
なにその選択肢。えー、そんなのどっちでもいいよー。
「モアは洋菓子と和菓子どっちが好き?」
「どら焼きには無限の可能性を感じる。よって和菓子」
「じゃあそれで決まり。もとにもどす必要なし。和菓子が好きなあたしこそ真実のあたし」
話は終わった。そのあと、和菓子スナック「ク・メルの山」と「ト・ルースの里」で好みが分かれてちょっとした戦争になったのはまた別の話。
ーーー
※ワーズワース「虹」一節の翻訳・モトマチ店長
原文 My heart leaps up when I behold
A rainbow in the sky :
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