第37話 めぐりめぐって、問題

相良日夏さがらひなつ#37】


 地獄の水曜日が終わりを迎えようとしている。すばらしいことだ。


 相変わらず無駄に長くて説教くさい担任の話を聞き流しながら、私は迫りくる放課後に思いを馳せている。そう、今日から私の好きなソシャゲでイベントが始まるのだ。しかも、イベントに登場する新キャラが私の好み、ド・ストライク。


「はい、じゃあ今日はこれで終わりにします」


 日直の「起立! 礼!」に合わせて立ち上がり、礼をした。よし、あとは自由だ。急ぐこともない、イベントは午後5時から。のんびり図書室で時間を潰そう。


 礼をした勢いのまま、廊下へ飛び出していく運動部の男子と文芸部の彼女を横目に、私はのんびりと机の中の教科書をリュックに詰めていく。定期考査を少ない労力で制するのは、その日のうちの復習。ちょっと荷物は重くなるけど、まぁ仕方ない。


 教室掃除の班が緩慢な動きでモップをかけ始める。慌てて床に置いていたペットボトルを回収して、バッグに無理やり突っ込んだ。さ、図書室に行こう。


 ……その前に、ペットボトルの中身を飲み切って、部室棟の回収ボックスに捨ててこよう。リサイクル、大事だからな。


小川真愛おがわまい#37】

 部室に入る前から、予想はついていたことだった。


「あ……真愛まい……たすけ……」


たちばなちゃんが死んだ! このひとでなし!」


「勝手……に……殺すな……」


 ドア付近でわちゃわちゃしている新入生をかきわけてレナちゃんの所へたどりつくと、たちばなちゃんがレナちゃんの腕の中でぐったりとしていた。汚い床の上で、ふたりして何をやっているんだか……制服が汚れそう。


「よいしょっと。新入部員、紹介するね。ヘイ、うちの1年生! 来たまえ」


 レナちゃんがスカートをパタパタとはらいながら立ち上がって、1年生を呼ぶ。支えを失った橘ちゃんは、そのまま床に寝ころんでいた。汚いよ……?


 おとなしそうな女の子がひとりと、活発そうな女の子がひとり。もうひとりは、生徒会と兼部しているらしくて、今日はいないみたい。ついに文芸部にも生徒会役員が所属するとは……これを機に生徒会とも仲良くなって、部室を広く……。


 なんてよこしまな考えは置いておいて、


「副部長、2年の小川真愛おがわまいです。よろしくね」


 と、無難な挨拶。そう、最初はあくまで普通に挨拶しないと。私たち2年生が入部したときは、当時の3年生に「お前らは腐ってるか?」なんて尋ねられて、そのあとは阿鼻叫喚あびきょうかんの性癖暴露大会になって、ミキミキと橘ちゃんの対立が始まったんだよね……。


「よろしくお願いします。1年の佐原さはらです」


「1年、清水しみず。すぐ辞めるつもりです」


「ふたりとも、待って」


 思わず、ストップをかけた。


「えっと、お名前が?」


「はい、佐原です」


 なるほど。一瞬、相良さがらに聞こえて焦った。


「佐原さんね、オッケー。それで、清水さんは……辞めるの?」


 活発そうな女の子、清水さんは「はい」と、やや冷たさを含んだような声音で肯定する。入ってすぐ辞めた人が、いないわけじゃないと話には聞く。1年生はどこかに入部するのがルールだから、ある意味「入部さえすれば、すぐ退部してもいい」わけで……。


「えっと、たしかにすぐ辞めるのも大丈夫だけど……よかったら、前期の部誌に小説、載せてみない?」


「そういうの、結構です。興味ないので。それに、すぐ退部できるって、そこの先輩に聞いたから入ったんです」


 と、清水さんが指さす先には床に横たわる橘ちゃん。あの子か、原因……。


「今日は帰ります。邪魔になったら申し訳ないですし。それでは、失礼します」


 引き止める間もなく、清水さんはさっさと部室を出て行ってしまった。「あの、なんかごめんなさい……」と、なぜか謝り始める佐原さんに、「小説を書くんだ! お前らならできる!」と、新入生に力説するレナちゃん。ピクリとも動かない、床の橘ちゃん。がしょんがしょん鳴ってるプリンター。テーブルの上に散らばった部誌。


 なんだかもう、涙が出そうになって、私は慌てて部室を出た。

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