第38話 力を合わせて、君と

相良日夏さがらひなつ#38】


「あ」


 ちょうど偶然にも、部室棟で小川さんを見かけて足を止めた。……ペットボトルを回収ボックスに出して、リサイクルしようと思っただけであるからにして。彼女の部活について探ろうと思ったわけではなく、と頭の中で勝手に言い訳が発動した。


 彼女は驚いたように、私を2回見た。キレイなまでの2度見。これがドッキリ番組なら、間違いなくリプレイされるくらい。


「……お疲れ様。部活、どう?」


 ねぎらいの言葉をかけながら、さりげなく現状を訊く。彼女は子どものように唇を噛み、頬を膨らませた。その表情で、なんとなく察する。「部活が忙しい」は私を拒む嘘じゃなくて、本当のことらしい。ほんのり、まばたきの回数も多い気がする。


「えっと、学食行く? ……忙しいか」


 自分で口に出してから、すぐに保険をかけた。目の前にいるのは私とは違う、部活に励んでいらっしゃるお方だ。私のような暇人のお誘いなど、受ける暇はないはず。


 そう思っていても彼女を誘ったのは、きっと。


「……相良さん、手伝ってほしいの」


 彼女がそう言う前から、助けを求めていたように見えたからかもしれない。



小川真愛おがわまい#38】


「もうどうにでもなれという、お気持ち……」


 と、話すと、相良さんは笑うこともなく頷いた。不思議だった。レナちゃんは笑って「そういうお気持ちですか、閣下」と、ツッコんでくるのに。自分でも変なことを言っている自覚は、もちろんある。


 相良さんは紙コップを傾けて、水を飲んでから言う。


「純粋に人手が足りないなら、手伝えるんだけど……」


 ありがたい申し出に、私は首を振った。


「人手は足りてるの。足りないのは……」


 部室を思い浮かべる。なかなか締め切りを守らないレナちゃん。人見知りでコミュニケーションがとりにくい橘ちゃん。マイペースで橘ちゃんと折り合いが悪いミキミキ。製本作業について右も左もわからないだろう新入部員は佐原さんと、辞める宣言をしている清水さん。あと、生徒会と兼部していて、忙しそうな子……。


「常識人が、足りないっ……!」


「なるほど」


 これには相良さんも苦笑している。3年生の部長と佐々木先輩はれっきとした変人のうえに、模試やら受験勉強やらでほとんど顔を出さないと聞いた。ちなみに文芸部における「変人」は「独特で個性強めの物語を書ける」という意味での褒め言葉です。決して悪口ではないので注意!


 卒業してから知る、先輩の偉大さ。思い返せば、先輩の「お前らは腐ってるか?」のおかげで皆のことを知れたし、当時の部長のおかげで一致団結して製本していたな。すごいな……。


「私の力も足りない……」


「力が欲しいの?」


「欲しい……」


「なんか、魔王を討伐する勇者みたいなセリフ」


 相良さんが笑う。心から嬉しそうな、楽しそうな笑み。それを見て、少しだけ心が軽くなる。紙コップの水を飲んで、ぼんやりと窓の外に広がる中庭で目を休ませた。


「あ」


 彼女の声に、意識を引き戻される。相良さんは小さな声で「そうだ、そうだよ」なんて言いながら、目を輝かせて私の両手を握った。


「小川さん、私と一緒に遊んでくれない?」

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