第36話 輪郭、はっきりと

相良日夏さがらひなつ#36】


 図書室のドアが開く。反射的にそちらへ目をやると、何の変哲もない普通の子が本を1冊、抱えて入ってくる。「返却お願いします」と、差し出されたそれを受け取ってスキャンすると、ピッと小気味よい音が鳴った。


 本日の図書室も、また平和である。私は読みかけの本を開いた。


 最近読んでいるのは、授業でいずれやるであろう夏目漱石の『こころ』……ではなく、前期三部作として有名な『三四郎』。大変失礼ながら、夏目漱石に興味があるわけではなく、ただ単に名作を全部読んでやろう! という思いつきで借りた。


「……あの」


「あ、すいません。貸出ですね。学年、クラスと番号をお願いします」


 つい、読書に没頭してしまった。慌てて貸出表を差し出すと、その人は慣れた手つきでパラパラとめくり、2年1組12番を指さした。……斉藤じゃん。


「何してんの」


 と、本を借りようとしている人に思わず言ってしまってから、斉藤が差し出す本のバーコードをピッとして、2年1組12番のバーコードをピッとする。


「本、借りに来た」


「これ読むの?」


「まぁ」


 斉藤にその本を渡す。それはとにもかくにも分厚い単行本で、なんとか神話大全? だとか、そんな感じの怪しいタイトルがついていた。全体的に黄ばんでいる。


「面白い?」


 と、私が言うと、斉藤は首をかしげた。「これから読むから」に、たしかにその通りだなと半ば自分に呆れて、私は話すこともなく斉藤を眺めた。


 去年部活で一緒だったときと比べて、また背が伸びた気がする。去年一緒だったとは言っても、たった3か月だけの話。1年生は入学したら部活に入らなきゃいけないし、1つの部活には最低3か月所属するルールだから、それに従っただけだけど。


「じゃ、失礼」


 と、律儀に別れの挨拶までしてくれる斉藤に、ひらひらと手を振った。なんか、斉藤ってあんな顔だったっけな。ま、なんでもいいか。私は本に視線を戻した。


小川真愛おがわまい#36】


「こいつぁ、ダメだぜ」


 と、プリンカスタードパンを頬張ったレナちゃんが言った。もぐもぐして、飲み込んで、ペットボトルの麦茶をごくごく飲んで、さらにひとこと。


「こんなの食べたら、太っちゃう」


「ああ、おいしかったのね……」


 やっぱり購買に並ぶだけあって、味のほうは保証されていたみたい。ヨモギ揚げパンも、別に食べられなくはないという味だし。まぁ、毎日食べたいかと言われれば……うん、季節限定メニューとしての務めを果たしてほしい。


 がしょんがしょんと紙を取り込んでは吐き出すプリンターの横で、私たちはお昼ごはんを食べていた。私が購買という名の戦いにおもむいているとき、レナちゃんはちからづくでプリンターを起動させて、さくさくと印刷の準備を進めてくれた。そのパワー、小説を書くことにも使ってほしい……。


「ま、なんにせよ動いてよかったわ。これで壊れてたら、マジ大変すぎる」


「ね。部長はあんまり来れないって言うし……本当、よかった」


 あとはプリンターがじゃんじゃん印刷してくれたものを、作者ごとにまとめて置いておけばいい。副部長たる私は、新入生(と、レナちゃん)に締め切りをせっついたり、製本作業を教えたりする仕事が残っているけど、まぁなんとか……。


「あれ、なんか色が薄いわ」


「インクなくなったかな? 予備はたくさんあるよ、そこの段ボールに」


 ……なんとかなる、と。信じたい。


「げ、これ結構前から色が薄くなってる。刷りなおしだな」


「……なんとかならない!」

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