第16話 君と水族館、そして私
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「ね、見て見て! なんかはじっこのほうにいる」
と、はしゃぐ彼女の後ろを、保護者のような気持ちで私は歩いた。
館内は比較的空いている。家族連れや、若い女の子たちの集団は見当たらない。私たちが今いるのは、ザ・水族館って感じの大水槽でも、イルカショーが始まろうとしているアクアスタジアムでもない。
南米、つまりはアマゾンに生息する淡水魚の展示コーナーだった。
そりゃ、人いないよな……。でも、どういうわけか小川さんはこのコーナーを気に入ったらしく、右側の水槽のピラルクーを真剣な目で見つめ、左側の水槽の長いヒゲの魚を見ては笑っている。あいつ、ナマズの仲間なのかな。
「……魚、好きなの?」
熱心に水槽を見る理由をそれなりに推察して、問いかけてみた。彼女はそのまま、
「好きでも嫌いでもないかも。でも、気になる」
と、言う。好きじゃないんかい、と心の中でツッコみながら、彼女の言葉を反芻する。ヒゲの魚は何をするでもなく、彼女にただ見つめられている。
「まぁ、よくわからないのに好きとか嫌いとか、言えないよな」
誰に向けたでもない私のつぶやきは、イルカショーの開始を告げる館内放送に上書きされる。水槽の前で、ただただ魚を見つめる彼女の背中は、学校で見る彼女の背中と何ら変わりない。なのに、どうしてだろう。
ピラルクーを見つめる小川さんの後ろで、私はヒゲの魚を見つめることにした。
「プラ……ニセプス?」
ふむ、こいつはプラニセプスというのか。プラスチックっぽい。
名前に続いて、生態や学名を読んでいく。今日知ったところで、明日にはキレイさっぱり忘れてて、思い出せやしないんだけど。まぁ、せっかくだし。
改めて、アマゾンに住むナマズの仲間……豊かなヒゲをたくわえたプラニセプスを見る。名前を知らなかったさっきよりも、少しだけかわいく見えるような、見えないような。今日の記念に、写真でも撮っておくか。
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店員さんに軽く頭を下げて、私はショップの出口に立っている相良さんに近寄る。
「お待たせ。……ガチャガチャ?」
どうやら、水族館限定のガチャガチャを見ていたみたい。振り向いた相良さんに、黙って百円玉を3枚渡すと、信じられないようなものを見た目で見られる。
「なんで?」
「やりたそうだったから」
「ただ見てただけだよ」
いいからいいから、と手に百円玉を握らせる。これは伝統的な手法で、私のおばあちゃんからお母さん、そして私に受け継がれている技なのです。なんちゃって。
「じゃあ、ありがたく」
と、若干嬉しそうな相良さん。うちの学校にバイト禁止というルールはないけど、自称進学校なだけあって宿題はやたら多いし、バイトしてる人は少ない。だから、小川家では遠出のたびに1日限定のお小遣いが支給される、と説明すると、相良さんは納得したように頷いた。
「それはいいシステムだね。私なら使わないで貯金するかも」
「おつりは返却するシステムなんだ。だから使ったもん勝ち!」
ぶい、とピースをかざしてみせると、相良さんは楽しそうに笑って、慣れた手つきでガチャガチャを回す。
「ペンギンだ」
カプセルを受け取って、ガチャガチャの上のかごに入れる。相良さんの手のなかには、ペンギンが描かれた布製のコースター。かわいい。
「そういえば見なかったね、ペンギン」
と、言うと、相良さんは一瞬不思議そうな顔をしたのち、
「たしかに」
と、頷いた。ペンギン見てないのに、せっかくの水族館のお土産がペンギンって大丈夫かな……。ガチャガチャのラインナップを見ると、イルカにピラニア、オットセイ、あとは水族館のマスコットキャラクター。むむ……どれも水族館で見た。見ていないのは、やっぱりペンギンだけ。あ、それなら。
「まさか見てないのが当たるとは……」
苦笑する相良さんの手から、ペンギンのコースターをちょっと拝借して、私は水戸黄門みたいにコースターをかざす。
「これで、水族館コンプリートだね! 全部見れたね!」
すぐに私の意図を察してくれた相良さんが、今日いちばんの笑顔になった。
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